HOKKAIDO
北海道
札幌から車で約2時間半、千歳空港から約1時間と道央のほぼ中央に位置する北海道清水町。民泊プラットフォーム「Airbnb(エアビーアンドビー)」と提携し、町内に点在する遊休不動産などを民泊として活用する「まちまるごとホテル」の取り組みで知られています。(まちまるごとホテルについてはこちら)
酪農家の上田大志さんがオーナーを務める「ビヨンドホルスタイン」も、清水町の宿泊施設のひとつ。ここでは、改修したトレーラーハウスに宿泊し、酪農体験や牧場内を走るバギーの乗車体験など、十勝の雄大な自然を存分に生かしたアクティビティを堪能できます。
多忙な酪農業務の合間を縫って多くの来訪者を迎え入れている上田さん。今回は、ふるさと清水町と酪農の未来を拓こうとしている上田さんの活動から、「シェア」の視点を活かした、まちと一次産業の活性化という新たな可能性に迫ります。
「ビヨンドホルスタイン」は、 自然の中に溶け込むように設置されたトレーラーハウスに宿泊できるキャンピング施設です。
こちらのトレーラーハウスはもともと、オーナーの上田さんご家族が、多忙な生活の中でも、国内旅行などの家族団欒の時間を楽しむために購入したものでした。
「酪農をしていると、いつ休めるかを事前に把握するのが難しい。当日になって『あ、今日は休めるな』という感じなんです。だから事前にホテルを予約しづらくて。そんな自分たちの状況に合った旅行スタイルにフィットしたのが、このトレーラーハウスでした」(上田さん)
しかし、お子さんが大きくなり、家族よりも友人と過ごす時間が増えると、トレーラーハウスの活用の機会は徐々に少なくなっていきました。その後もしばらくは、農場の事務所としても使っていましたが、それでも出番は月10日ほどで「もったいない」状態でした。
そんな折、2022年6月に清水町がAirbnbとの提携を開始。もったいない資産をシェアすることでまちを活性化する取り組みに、上田さんは強く共感したといいます。特に印象に残っているのが、シェアリングエコノミー協会の石山アンジュさんの講演だったそう。
「これからの人生、場所も体験も、1人で独占するんじゃなくて、みんなでシェアすればいいじゃんって。まさにそうだなと共感しました」(上田さん)
そこで、上田さんは2023年3月に、「もったいない」状態だったトレーラーハウスをシェアするべく、「ビヨンドホルスタイン」をオープン。1人1万1000円で最大4名を同時に受け入れ、酪農体験やバーベキュー、バギー体験など、大自然に囲まれた十勝ならではの体験を数多く提供しています。
また、清水町が運営する「保育園留学*」の取組みにも、受け入れ先として参画しており、スノーモービルを使ったアクティビティや仔牛への哺乳体験などが好評を集めています。
*「保育園留学」…都市部の子どもを一定期間町内の保育園で受け入れる制度。
「ビヨンドホルスタイン」は、清水町に外からの人の流入を生み出す1つの起点となっているのです。
トレーラーハウスという「もののシェア」を通して、まちに新たな価値を生み出す上田さんの取り組みの背景には、ふるさとである清水町の将来に対する想いがありました。
「自分が子どもの頃は同級生が100人いたけれど、息子の同級生は30か40人。まちの祭りの規模も年々縮小して、清水町から人が減っていくのを肌で感じていました。人口が減ればまちが廃れてしまう。それでは子どもたちが可哀想だとずっと思っていました」(上田さん)
清水町の魅力を発信し、移住者を増やすことに貢献できればと感じていたという上田さん。滞在型の観光を推進するために、町が開始した「まちまるごとホテル」の取り組みがきっかけとなり、想いが形になりました。
開業当初は年間5名程度だったという宿泊者も、キャンプブームの追い風もあって、いまでは宿泊台帳がいっぱいになるまでになりました。「ビヨンドホルスタイン」への滞在自体を目的に、町外からも多くの人が集まります。
上田さんは、酪農家の本業でも休日が月3日ほどしかとれないなど多忙を極めていますが、民泊事業は副収入としてだけでなく、気持ちの面でも支えになっているといいます。
「色々なお客さんと話すのは息抜きになるし、なによりも、搾りたての牛乳を飲んで、美味しいと言ってもらえることがやりがいになっています」と笑顔で語ります。
「まずは子どもたちにこの場所を好きになってほしいというのが1つある。清水町の魅力をもっと道外の人に知ってほしいですね」(上田さん)
「ビヨンドホルスタイン」では、宿泊業で得た収益の大半を設備への再投資に充てているそう。1人でも多くのお客さんにまちの魅力を届けるため、上田さんの挑戦は続きます。
また「ビヨンドホルスタイン」は、清水町のファンだけでなく、酪農のファンを増やすことにも一役買っています。酪農体験で牛と直に触れ合い、朝には搾りたての牛乳を飲むなど、牛乳が食卓に届くまでの過程を体感できます。
上田さんは清水町で酪農家を営む家系の4代目。大好きな動物と触れ合い、自分の頑張り次第で収入を上げていける酪農の世界に面白さを感じる一方、業界として見ると多くの課題があると話します。
例えば、休みが取りづらい、泥臭い仕事といったイメージもあり、年を追うごとに担い手不足が深刻になっていること。必要な設備投資の額が莫大であることや、酪農業の知見を学ぶ機会の少なさなどにより、新規就農のハードルが高いこと。
昨年、北海道で酪農を辞めた牧場数は約150戸。ご自身が誇りをもって従事している酪農の仕事が斜陽化していくことに葛藤する中、ここでも突破口となったのは「シェア」の観点でした。
2017年に酪農ヘルパー会社を設立した上田さん。3名のスタッフと2名のアルバイトとともに、人材不足の牧場で搾乳作業をお手伝いするというサービスを始めました。
これにより、家族経営が当たり前で休みが取りにくかった酪農業において、牧場主も作業を離れて経営に集中できる環境を生み出したのです。まさに労働力のシェアです。
また、アルバイトやヘルパーという新たな関わり方が生まれたことで、酪農に興味のある人が様々な現場を経験し、経営の手法を学ぶ機会も増えました。まさに経験のシェアです。
一次産業を取り巻く環境について、「世界的に見れば人口は爆発的に増えている。戦争や災害など有事が起こることもある。お金を出しても食料が買えなくなる時代が来るかもしれないからこそ、農業や酪農は本当はもっと大事なんだと伝えたい」と語る上田さん。
「シェア」という切り口から、ふるさとである清水町に、生業である酪農業に、活気を取り戻すべく挑戦を続ける上田さん。今後の展望についても明るく語ってくれました。
「今やっている宿泊業と酪農業とを繋げて、関わっていない人たちの流入と、経営者を育てるという2つの軸を、もっと広げていけたら面白いなと思っています」(上田さん)
「ビヨンドホルスタイン」を訪れる人の中には、牛が好きで酪農に興味があるという方も一定数いらっしゃるそう。そうした方々に向けて、長期でお手伝いが出来る仕組みを整えたいといいます。
「自分もアメリカに1年半酪農の実習に行っていた時期があります。その時に学んだのは、作業だけできるようになっても、経営ができなかったら意味がないということ。だからこそ、作業だけでなく経営までできる新たな担い手を育てることもしていきたい」(上田さん)
また、酪農の継業形態についても、興味深いアイデアが飛び出します。
「牛舎の貸出制みたいなことも、面白いんじゃないかな」と上田さん。
現在、酪農を辞める人は牛や牛舎を売ってしまうことが多く、新規就農をしたい人は、土地や牛をゼロから買い集めなければなりません。ここにかかる莫大な費用が新規参入の足枷になっているといいます。
「それなら、辞める人が新しい人に土地などを貸し出して、新しい人は持ち主に利用料を収めるような仕組みがあってもいいんじゃないか」(上田さん)
こうした仕組みは、資産のシェアによりWin-Winの関係が生まれる可能性を秘めています。リスクを抑えた新規参入を可能にするだけではなく、辞める側にとっても、一括売却にかかる税金を削減し、定期的な収入を得られるようになるというメリットがあるからです。
既存の枠に囚われず、「シェア」の切り口から多様な打ち手を模索する上田さん。最後に、ご自身の理想の継業についても生き生きと語ってくれました。
「アメリカだと、牧場を持つというのがステータスになっていることもあって、血縁関係がなくても牧場を譲渡するようなことが結構あったんですよ。
だから、いつか日本でも、牧場を持つことがある種のステータスになってほしいですし、自分自身も家族間に拘らず、本当に欲しいという人に継業していけたら嬉しいですね」(上田さん)
上田さんの取り組みは今後どのように広がっていくのか、それにより清水町は、酪農は、どのように変化していくのか。「シェア」が拓く未来が楽しみでなりません。
Editor's Note
趣味で援農ボランティアに行くたび、担い手不足の話を必ず耳にします。そこに「シェア」という手法で切り込む上田さんの取り組みは非常に興味深いと感じました。どうしようもないと思っていた課題を、新たな可能性に変えてもらって、上田さんのワクワクが自分にも伝播してくるようでした。
HONOKA MORI
盛 ほの香