複業
「副業元年」と呼ばれた2018年から5年。副収入を得ることを主な目的とした「副業」だけでなく、複数の仕事を掛け持ちする「複業」という概念も新たに浸透しつつあり、働き方はますます自由で多様になっています。
そこで今回は、副業元年に先駆けた2016年から“複業家”として活躍している田村悠揮さんを取材。働く領域を開拓する方法や、モチベーションを保つ秘訣についてお話をうかがいました。
2023年5月現在、エバンジェリストとして3社、プロデューサーとして1社、アンバサダーとして1社と業務委託契約を結び、講師や相談役といった個人活動も含めると、合計6枚もの名刺を使い分けているという田村さん。
まずは「複業」という働き方を選んだ経緯についてお話をうかがいました。
「2005年に新卒でサイボウズ株式会社に入社し、営業、法務、マーケティングと部署異動を経験しました。最後は『kintone(キントーン)』という業務改善プラットフォームの事業責任者を務め、2014年にサイボウズを退職するまで、エバンジェリストとして『kintone』の普及活動を任されていました」(田村さん)
サイボウズを退職後、飲食店向けビジネスの立ち上げ責任者としてグルメサービスベンチャーへ転職した田村さん。その後、立ち上げが落ち着いて退職するタイミングと、ご家庭の事情とがちょうど重なったことで、ひとまず短期でできる仕事を探すことにしたそう。
「そこで出会ったのが、株式会社トラストバンクでのセミナー講師の仕事でした。当初は短期のつもりだったのですが、やり始めたら思っていた以上に仕事が楽しくて。講師以外の仕事も含め、トラストバンクで長期的にお手伝いさせてもらっていたところに、前職のサイボウズからも復職の打診をいただきました」(田村さん)
2社から同時に仕事の依頼を受け、最終的に、どちらの会社とも業務委託契約を結んで仕事を引き受けることにしたのだそう。
こうして“複業家”としての道を歩み始めた田村さん。講師やエバンジェリストとしての役割を深堀りしつつ、徐々に働く領域を開拓していきます。
サイボウズに籍を置いていた10年間を振り返り、幅広い業務に携わりながらも、突出した専門スキルを持っていないことがコンプレックスだったという田村さん。グルメサービスベンチャーへの転職を機に、その考え方にも変化があったといいます。
「スタートアップ企業の場合、少人数組織であるがゆえに、どうしても一人で複数の役割をこなさなければならない場面が発生します。そのため、たとえばプロジェクトを立ち上げる局面においては、多くの経験やスキルを持っている人のほうが、より幅広く役割を担うことができるんです」(田村さん)
「サイボウズで始めたエバンジェリストの仕事も、トラストバンクで携わらせてもらったCM制作やイベント企画の仕事も、自分がコンプレックスとして抱えていた部分を最大限に活かせる環境でした。
想像力を働かせて、『誰にどんなバリューを提供するか』を考え抜くのが好きだし、少し得意でもあるので、あとはアウトプットの違いに応じ、必要なスキルを持った仲間と一緒に形にしています」(田村さん)
特定の企業に属さない複業家は、自分が提供するバリューの中に軸を作る必要があると語る田村さん。物事を俯瞰して捉え、可視化と明文化を繰り返して自分の強みとなるスキルを洗い出すことは、「複業」という生き方を続けていく上での1つ重要なスキルなのかもしれません。
スキルを活かし、さまざまな領域で活躍する複業家たち。好きなことを仕事に繋げ、いきいきと働いている様子がメディアに取り上げられているのをしばしば見かけますが、田村さんもそのうちの一人。
「僕は昔から、興味をもったら全部やってみたくて。たとえば小学生のときは4つの塾に通ったし、大学生のときもアルバイトを4つ掛け持ちしていました」(田村さん)
片っ端から手を出すけれどすぐ飽きる、いわゆる “熱しやすく冷めやすい” タイプの人も多いなか、田村さんは “一度やると決めたらとことん突き詰めたい” タイプだといいます。
「僕はコーヒーが趣味で、エバンジェリストやアドバイザーとして働く傍ら、バリスタとしても活動しています。家の近くに行きつけのお店があって、『コーヒーが好きなんです』『フリーランスなので何かあれば手伝います』と店主に言い続けていたら、イベント出店のときにバリスタとして手伝わせてもらえるようになりました。
コーヒーが好きという人は多いと思うけど、僕みたいに焙煎機を買って自分で豆を炒ったり、チャートを作って味わいの研究までする“ヘンタイ”はなかなかいないと思います。加えて、お店に立ってたくさんコーヒーを淹れているので、バリスタとしての腕も自然と上達しているはず」(田村さん)
「それぐらい突き詰めた先で出会う人たちって、だいたいみんな “ヘンタイ” なので、話をしていてすごく面白いんです。趣味も仕事も、突き詰めた先にこそ本当の面白さがあると感じています」(田村さん)
『誰にどんなバリューを提供するか』を考え、物事を構造化・言語化することを得意とする田村さんにとって、難しいITの技術を人にわかりやすく伝えるエバンジェリストという仕事は、バリスタの仕事同様ほとんど趣味そのものなのだとか。
とはいえ、仕事に責任は付きもの。フリーランスで働く人にとっては、とくに気を配るところではないでしょうか。田村さんは、ミスマッチを防ぐためにも独自の基準を設け、メリハリをつけて依頼を引き受けているといいます。
「僕は基本的に、自分が面白いと思うことじゃないとやりたくないし、無理をしてまで続けたいとは思えなくて。だからこそ、相手に対して自分がバリューを提供できているかどうかはすごく大切にしています。
たとえば新しく仕事を請け負うときは、相手の求めるニーズに自分が提供するバリューがマッチしているか、自分が仕事をしていて楽しいかどうかの2点を必ずチェックするんです。
『委託料なしで試しに1ヶ月間一緒に働いてみて、お互いにマッチするか確かめましょう』と持ちかけることもあります。フィットしないとわかっていて協働し続けるのは、お互いにとってメリットがありませんから。
そうしてマッチングを見極めつつも、その短い期間に相手が自分にバリューを感じてもらえているという実感があれば、本契約のときに自信をもって単価を提示することができるんです」(田村さん)
さらに本契約後も、提供したバリューによって相手が満たされ、フェーズが変わってきたと感じれば、田村さんの方から契約更新をお断りすることもあるとのこと。相手からの「6ヶ月毎の自動更新」という条件に対して、「3か月や1ヶ月毎の更新でよいのでは?」と交渉することもあるのだとか。
せっかく軌道に乗ったプロジェクトを自ら手放すのは勇気が要りそうですが、タイミングを見誤らないためにも、先を見越した対策をしていると田村さんはいいます。
「契約更新を断る際、1つの仕事に依存していては、収入面の不安が残って、なかなか判断が下せませんよね。とはいえ、ずるずると惰性で仕事を続けていたら、お互いに楽しくなくなったりストレスになったりする可能性がある。
なのでフリーランスでいる以上、選択肢はいつも複数もっておけるように意識しています。収入源が分散できていれば、不安によって選択を迷うという事態は避けることができるんです」(田村さん)
複業家としていくつもの仕事を同時並行的にこなすためには、深い思考力や自己管理能力が必要不可欠。仕事は趣味そのものと言いつつも、6つもの仕事をこなすモチベーションはどこから湧いてくるのでしょうか。
「趣味にしても仕事にしても、最終的には、家族に話したときに面白がってもらえるネタになれば、僕はそれで十分なんです。子どもの頃に学校のテストでいい点数を取ると、家族が喜んでくれたじゃないですか。僕って、あの頃から全然成長していないんですよね」(田村さん)
「やっぱりある程度は結果を出すほうが面白いし、格好つけたい。だからそのためにも、達成したら『すごいね!』って驚いてもらえるような、インパクトのある目標を立てて、そこに向かって戦略的に取り組むようにしています」(田村さん)
複数の仕事に取り組むぶん、多くの人たちと関わる機会も多い田村さん。その関わり方にも、日頃から意識していることがあるといいます。
「たとえば『あの会社面白そう』と思ったら、社員になりたいとか一緒に働きたいとか関係なく、とりあえず企業の採用ページから連絡をとって、社員さんに直接話を聞きに行くんです。カジュアル面談のような感覚で話をして、最後は仲良くなって帰ってきます。
僕はこう見えて実のところ人見知りなんです。でも、アクションを起こせば起こすほど面白いことが起こる可能性は高くなるとも考えているので、興味がわいた人に対しては思い切って飛び込むようにしています。
もちろんアクションが不発に終わってしまうこともありますが、ユニクロ代表の柳井正さんも『一勝九敗』と仰っていたし。『それなら10個いけば1個は当たるじゃん』という気持ちで、これからもトライを続けていきたいですね」(田村さん)
「僕の一番の強みは、『楽しく生きること』ばかり考えてることかもしれません(笑)」と話す田村さん。
働き方も、働くモチベーションも人それぞれ。専業、兼業、副業、複業……と、多様化する働き方のなかから、自分の生き方やフェーズに合うものを都度チョイスすることができたなら、仕事は今よりもっと自由に面白くすることができるのかもしれません。
Editor's Note
テニス上達を目的にテニスコーチを副業にしたり、Bean to Barのチョコレートを買うためだけに福岡県まで足を伸ばしたり。次々と繰り出される目を見張るエピソードからも田村さんの「ヘンタイ性」が漂っていて、わくわくとした気持ちになる取材でした。物事の面白がり方、極め方、その心持ちをお手本にして、田村さんのような奥の深い人物になれるよう、私もアクションを起こし続けます!
MAYA YODA
依田 真弥