生涯学習
※本記事はLOCAL LETTERが開講する『ローカルライター養成講座』を通じて、講座受講生が執筆した記事となります。
自分らしく生きたい。豊かな人生を送りたいーー。
そんな風に思ったことが誰しも一度はあるはず。
なんとなく、このままではいけない気がする。
けれど、何かやりたいことがあるわけでも、これといって好きなことがあるわけでもない。
現実は日々の仕事に向き合うことで精一杯。
そんなモヤモヤを抱えるアナタに知ってもらいたい場所が、北海道東川町にあります。
今回、お話を伺ったのは『School for Life Compath』の共同代表である、安井早紀さん。北欧デンマークから始まった“フォルケホイスコーレ”をモデルにした学び舎を北海道旭川の隣町に位置する東川町で営んでいます。
そもそも、日本ではあまり馴染みのない“フォルケホイスコーレ”。デンマークでは約70校ほど存在し、17.5歳以上であれば誰でも学ぶことができる教育機関です。成績や評価がなく、様々な体験を通して、自分と社会を探究する「人生の学校」とも言われています。
当時、東京の企業で人事としてバリバリ働いていた安井さんは「働きすぎているから休むように」と、会社から数週間のお休みをもらったことをきっかけにデンマークを訪れます。
「共同代表である遠又とは、大学時代からの付き合いなのですが、社会人になってからも1年に1度は集まっていて。いつものように会って話をしていたら、偶然休みが合うことに気づいて。『せっかくなら面白いところに行きたいよね』って話になったんです。」(安井さん)
二人とも大学時代に教育関係の活動に熱中していたこともあり「せっかくだから教育の面白い国を見に行ってみよう」となったのだとか。
なんとなく旅行のテーマが決まると、そこからはトントン拍子。二人でポストイットに面白そうな国を書き出し「デンマークが気になるね」と話が進みます。
デンマークへの旅行が決まった後「フォルケホイスコーレ」という言葉に出会い、探究の旅が始まりました。実際に現地を訪れ、初めて抱いた感想として浮かんだのは「これは“合法的”なお休み、“合法的”な余白だ」だったそう。
「デンマークでは『フォルケホイスコーレに通う』と言うと、『“何もしない”をしに行くんだね』『何か好きなことを没頭しに行くんだね』『これからの人生について考えにいくんだね』など、人それぞれ捉え方はあるんですが、フォルケホイスコーレに行くことに対し、前向きな社会の雰囲気がめちゃくちゃ良いなと感じたんです」(安井さん)
「当時、会社員として『とにかく前に進まなければ』『上に上がらなければ』と、目に見えないプレッシャーを感じながら、がむしゃらに働いていた」という安井さん。 人生の休憩場所のようなフォルケホイスコーレに出会い「これは日本にも必要だ」と感じたと言います。
そんな安井さんたちが、フォルケホイスコーレをモデルに、日本ならではの形にカスタマイズした学び舎『School for Life Compath(以下、Compath)』には、大学生から60代まで、様々な年代・バックグラウンドを持つ方が集っています。
「参加する目的も様々で。『忙しさから離れてリフレッシュする時間が欲しい』という人もいれば、『これからの人生、今のキャリア・暮らしの延長線で進んでもいいのだろうか』と、生き方を模索するための時間を求めている人もいます。
あとは『東川町だから』っていう人もいて。『一般的な観光目的の旅行ではなく、一つの地域に留まって、その地域の文化に浸ってみる体験がしたい』と言う人もいますね。」(安井さん)
フォルケホイスコーレは“豊かな人生を送るための学び舎”。自分の人生を真剣に考える方が多く参加されているところだと考えると、敷居が高い場所のようにも感じますが、
「Compathに来るみなさんは、きっとこの記事を読んでいるみなさんと同じような悩みを持つ方々だと思います。」と、安井さんは言います。
「Compathは、仕事や学校生活が忙しくて、少し休みたいな、ゆっくり考える時間が欲しいな、と思った時に、立ち寄る場所。
社会で生きていると、周りからの期待だったり、プレッシャーだったり、心がぎゅーってなる瞬間がありませんか?でも自分だけで心をほぐそうとすると、こんがらがってしまうことが多いと思うんです。」(安井さん)
「そんな時、いつもいる場所から少し離れて、東川町の自然の力だったり、東川町のひとたちと出会ったり、話したりして、ゆっくりとほぐしていくんです」と安井さんは言葉を続けます。
東川町の大自然と多様な仲間たちとの関わりが、人生にもたらすパワーの大きさを感じながら、安井さんから見た参加者の変化について尋ねると「多分変化はしていなくて」と予想外の返答。
「緊張の糸が和らいだり、等身大でいられたり。本来の自分の気持ちに気づく、素の自分に戻る体験をする、と言う方がしっくり来ますね。
そんな体験の上で『やっぱり自然の中で暮らすのが好きだな』という気持ちに従い、住む場所を変えて新しい生活を始める人もいれば、『違う仕事にチャレンジしてみたい』と思い立ち、転職に踏み切った卒業生もいます。
逆に『私の職場、今の私に合ってるじゃん』と思って、今の仕事や暮らしをそのまま続ける方もたくさんいます」(安井さん)
Compathでは、多様な参加者と関わる際「肩書きを外して出会うことを大事にしている」と安井さんは語ります。
「自己紹介となると、すぐ名刺を出したくなりませんか?(笑)。
分かりやすく自分を伝える手段なので、もちろん私も名刺は使っているのですが、どうしても肩書きに目が行ってしまう。結果、その人自身を本当に知ろうとしなくなってしまうきっかけにもなり得ると思うんです。
だから、Compathのコースでは、最初のプログラムとして「森のMEISHI」を入れています。
森にあるどんぐりや葉っぱを使って、自分ってこんな感じ。と自己紹介をするんです。その表現に、その人らしさが溢れていて。そのままの自分と相手で、お互いを知り合える時間だと感じています。どんな会社や学校で、どんなことをしているかは、プログラム終了後に、実はそういう人だったんだ!と知る感じなんですよ(笑)」(安井さん)
ここまで安井さんにお話を伺い、私も「ぎゅーっと固まった心をほぐしたい」と、Compathへの期待が高まってきました。一方で、もし自分が参加者だったら「参加してみて何も気づきや変化がなかったら、どうしよう」と、不安に思ってしまう気がする。
そんな気持ちを素直に安井さんに伝えてみると、やはり同じような気持ちで参加を悩まれる方もいると言います。
「よく言われますね。例えば、以前会った大学生の方に『インターンシップとCompathどっちを選んだらいいか』と相談されたことがありました。
インターンシップなどは、得られる成果がとても分かりやすいと思います。一方、Compathでの体験は、参加後にどうなるか? 成果がすごく分かりにくいんですよね」(安井さん)
それでも、参加を決めた人たちの中には、過去に参加した卒業生からの紹介も少なくないと言います。
「自分ひとりでは、成果がわからないものには投資できなくても、信頼できる友達が『すごい良かったよ』と言っていると、それなら行ってみようかなって思えるんだと思います。
そんな風に、大切な人の背中を押してくれる卒業生のおかげで、Compathに参加してくださる方も少しずつ増えています」(安井さん)
「1週間のワーケーションコースだと、土日にプログラムがあって、平日は参加したい人だけが選択授業に参加できるようになっているので、平日は何をやっていてもいいんです。
デンマークのフォルケホイスコーレでは、一番短いコースが4ヶ月なのですが、Compathでは『日本人に合う期間ってどのくらいなんだろう』と考え、1週間、1ヶ月コースも開講しています」(安井さん)
「やっぱり期間が長ければ長いほど、受講したいという人が集まりづらい現状があって。だからそこは、超試行錯誤中ですね(笑)」(安井さん)
と、フォルケホイスコーレを日本で作る難しさについても、繕うことなく教えてくれました。
改めて、Compathが作りたい学び舎はどんなものかを尋ねてみました。
「フォルケホイスコーレを営むと決めた時点で、正解がないと思っています」と切り出す安井さん。
「これを作ればフォルケホイスコーレです」という基準が発祥地のデンマークにも明確にあるわけではないのだとか。
「フォルケホイスコーレ自体が、何か正解を学ぶための場ではなく問いを大事にすることそのものが学びと捉えているんですよね」と、その理由を教えてくれました。
そんな正解がないフォルケホイスコーレ。それでも、Compathの活動の中で、大切にしている指針(コンパス)はあるはず。さらにお話を伺ってみると、そこには、安井さんご自身も含め、Compathを必要としている人たちに届けたい想いが詰まっていました。
「私たちが理念として掲げているのは、“私のちいさな問いから社会が変わる”という言葉。
この言葉には2つの意味を込めていて。まずは、自分への問いや違和感、大事にしたいことを大事にできる世の中であって欲しい、という想い。
そして、もし何か違和感があるんだとしたら、それは社会が変わっていく、自分たちで変えていける兆しのようなものです。私たち1人1人が欲しい社会を自分たちで作っていけるんだ、というパワーが溢れる場でありたいと願っています。」(安井さん)
さらに、安井さんは言葉を重ねます。「自分自身や社会に対して『このままで良いんだっけ』と違和感を感じた時に、立ち止まる余裕がないと自分が蝕ばまれていくし、社会も蝕んでいくと思います」(安井さん)。
「忙しい現代社会では何か違和感を抱えていても、多くの人が走り続ける選択しかできなくなっているように感じます。足をつってしまった(身体・精神的に走れない状態になってしまった)時には『社会に戻れなくなってしまう』という表現をする人もたくさんいて」(安井さん)
「社会に戻れない社会って何?つまづいて立ち止まってるここは社会じゃないの?」と、社会の在り方に危機感を感じていると言います。
そのような危機感に対し「私には、フォルケホイスコーレがそれを変えることができる“希望”に見えた」と話す声には、柔らかい雰囲気とは裏腹に、安井さんの力強さを感じました。
最後に、Compathのコースへ参加することにためらってしまう人には「“休む練習だと思っておいで” と伝えたい」という安井さん。
「もう休みを取れたってだけで、大方達成されていると思っていて。休めたね!東川までこれたね!お疲れ様!と思うんですよ」(安井さん)
その言葉には、休みを取ることへのハードルが高くなっている日本社会に対する想いがありました。
「休むとなると、『人に迷惑をかけてしまう』『なんかすみません』という気持ちがよぎっちゃいますよね。休みのために各所と調整が必要だったりもする。いろんなことをくぐり抜けて休みを取らないといけないのが、今の日本社会の在り方なんですよね」(安井さん)
休むことへの難しさに共感した上で、安井さんはさらに続けます。
「休むことで、休みにもっと寛容な組織・社会になるための貢献を果たしてると思ったらどうでしょう(笑)。これから徐々にでも、休みの在り方・概念を変えていきたいですね」(安井さん)
正解も不正解もないフォルケホイスコーレだからこそ、自分が何を感じ、何を捉えるのかは「自由自在」。
大自然の中で、仲間と過ごす余白の時間が、一体人生に何をもたらすのか。
アナタもそれを確かめに東川町へ足を運んで体感してみませんか?
Editor's Note
私自身も“豊かな人生”を送りたい。と漠然と思っていましたが、何をもって“豊かさ”とするのかは、まさに正解・不正解がないもの。その答えを一人で見つけるにはちょっと大変だけれど、誰かと一緒だったら見つけやすくなるかもしれない。もちろん、先が見えない中で、立ち止まることの怖さもあるけれど、その怖さや不安もひっくるめて包み込んでくれる安心感がCompathにはあると、安井さんへの取材を通じて強く感じました!
YUNA TAMURA
田村 結奈