YAMANASHI
山梨
「お客さんが来る空間で、家族はどうやって暮らしているんだろう」「子どもたちが小さい頃はいいかも知れないけど…」
職住一体の暮らしに憧れを持つ一方で、そんな疑問や不安を持っている方は少なくないと思います。
シェアハウスのように、いつでも出ていくことができる「他人と空間を共有する暮らし」に身を置くことと、自分で場をつくり運営していくことは、まったく別のものです。
一度踏み出せば簡単には引き返せないのではないか——そんな不安がつきまといます。
山梨県富士吉田市・上吉田(かみよしだ)地区。富士山麓に残る「御師(おし)の家」*と呼ばれる、富士山信仰の参拝者を迎え入れていた歴史的な住居を舞台に、大鴈丸一志(おおがんまるひとし)さんと妻の奈津子さんは2016年から木工ショールームとカフェを併設した複合型の宿「御師のいえ 大鴈丸 fugaku × hitsuki」を営んでいます。
宿泊客が泊まる部屋も、家族が食事をとるコミュニティスペースも、すべてが一つ屋根の下。
3人の子どもを育てながら、時にゲストと食卓を囲み、猫と一緒に暮らす——そんな日常を10年間続けてきた二人。そこから見えてきたのは、職住一体の暮らしがどのように成り立ち、形を変えながら続いていくのかという現実でした。
*「御師の家」伝承のストーリーはこちら(https://localletter.jp/articles/fujisan_oshinoie/)


「昨日も、一番下の子がお客さんと一緒に遊んでいました」
奈津子さんがそう話す通り、この家では家族の暮らしとお客さんが過ごす時間のあいだに、はっきりとした境界はありません。
夫婦と3人の子どもたちが暮らす築450年の歴史的建造物。御師の家をリノベーションした空間には、昔の佇まいを残しながらも、二人の感性が随所に重ねられています。
木工業を営んでいる夫・一志さんによる、アップサイクルした木材でつくられたカウンターをはじめとした空間づくり。どこか懐かしさを感じさせながらも、今の暮らしに寄り添うかたちに整えられています。

コミュニティスペースは、そのまま家族にとっての居間でもあり、子どもたちが遊び、ゲストがくつろぐ場所です。トイレやシャワーも、家族とゲストで共有しています。地域で開催するイベントのためにこの場所を開放することも。
食事の提供は朝食のみですが、タイミングが合えば「一緒に食べる?」と声をかけて、夕食を一緒にとることもあるそうです。「お鍋を一緒に囲んだこともありましたね」と奈津子さん。
ゲストハウスの宿泊客は海外からのゲストも多く、子どもたちはさまざまな人たちと関わりながら育っています。

「子どもたちもこの家が好きです。いろんな人がいるんだなっていうのは、すごく感じてると思います」(奈津子さん)
たとえば、こんな場面もあります。
「一番下の子が『“遊ぶ”って英語でどうやって言うの?』と聞いてきて、教えると、そのままゲストのところに行って、一緒に遊んでもらったりしていました」(奈津子さん)
子どもがいて、旅人がいる。
この家での時間は、どこかホームステイのような感覚を伴いながら、ゆるやかに流れていきます。

最初からこの場所でゲストハウスを始める予定だったわけではありません。
この場所で生まれ育った一志さんは、代々続く「御師の家」の18代目。木工の修業もかねて全国を旅する中で、いずれ自分が継ぐのだという意識が固まり富士吉田に戻ります。当時は別の場所で木工の仕事と暮らしを営んでいましたが、さまざまな事情が重なり、工房や住まいを離れることを余儀なくされました。
一方で、奈津子さんには、以前から、いつかゲストハウスをやりたいという気持ちがありました。
「世界中に友達をつくりたいと思っていたんです。異なる国や文化の人たちと出会い、関係を築いていくこと。それ自体が、自分なりの平和活動になると考えています」
そうした出来事や想いが重なる中で、「じゃあ、全部ここでやればいいんじゃない?」と、木工の工房と住まい、そしてゲストハウスとカフェを、この場所に集約させるかたちが生まれました。
この家で人を迎え入れる暮らしは、かつて御師が担っていた役割を、今のかたちで引き継ぐものでもあります。

御師とは、富士山信仰*の巡礼者を迎え入れ、祈りや宿泊の場を提供してきた存在のこと。この家もまた、その歴史を受け継ぐ一軒です。
*富士山信仰……日本には昔から、木や岩、山などの自然を神さまとして祈り敬う習わしがあります。富士山もその象徴で、仏さまと神さまが宿る山として大切に信仰されてきました。この信仰が特に広まったのは江戸時代(1603〜1868年)です。(御師 大鴈丸リーフレットより引用)
江戸時代、この場所には多くの参拝者が訪れ、祈りと滞在の時間を過ごしていました。そうした背景を持つこの家で、二人は今、訪れる人たちを迎え入れています。
家と宿が同じ空間にある暮らしは、自然と仕事と生活の境目も曖昧になります。
「オンオフは、正直あまりないですね。ずっとオンに近い状態かもしれないです」
暮らしと仕事が地続きである以上、ゲストがいる間はどこかスイッチが入った状態になります。

境目がない暮らしでは、ついやりすぎてしまうのはよくあることです。
奈津子さんは、やりたいと思ったことはすぐに行動に移すタイプ。そうした性格も相まって、以前は無理をしてしまうことも多くありました。
「気づいたらやりすぎていて、体調を崩してしまったこともありました。私が体調崩すと家族に負担がかかるので、今は気をつけています。やはり体は資本ですね」
その経験をきっかけに、運営の仕方も少しずつ変えてきました。
「ゲストハウスに併設されているカフェは毎週営業していた時期もありましたが、今は予約制にしました」(奈津子さん)
ゲストハウスの掃除も外部に委ねるようになりました。
「新しいスタッフだと、ついつい一緒に手を動かしてしまう自分がいるんですが、そろそろ人を頼って、ちゃんと循環を生むことも大事だなと思っています」(奈津子さん)
そうやって、すべてを自分たちで抱え込むのではなく、手放す部分をつくることで、続けていくためのバランスを整えています。

「日々生きていれば色々なことがありますが、気持ちを引きずらないことも心がけていることの一つです」と一志さん。
また、一日の中でオンとオフを切り替えるのではなく、季節単位でリズムをつくっているのも二人の特徴です。築450年の家なので、冬季は寒すぎて営業できず、12月から3月の間は宿を閉め、しっかりと休む時間に充てています。
「冬は完全に宿は閉めています。そこで少しリセットして、また春から始めるという感じです」(奈津子さん)
「場所を整えることだったり、お客さんがいない間にできることは少しずつやっていますね」(一志さん)
こうした暮らしでは、ゲストとの距離感で難しいこともあるだろうと思われがちですが、実際には大きなトラブルはほとんどないといいます。
「本当にいいお客さんが多くて」
奈津子さんは、そう言って笑います。ゲストには、この建物がどういう場所かについて、チェックインの際に直接案内をしています。
「ルールは特に設けていませんが、これまで問題が起きたことはありません。子どもが大泣きしてしまって申し訳なく思ったことはありますけど。そのときも、ゲストの方は『全然問題ない』って言ってくれてました」(奈津子さん)
また、お風呂も家族とゲストで共有していますが、日々の中でうまくやりくりしているといいます。
「入れる時に入っています(笑)。夕飯の提供をしていないので、ゲストがご飯を食べに行ったタイミングでパッと入っちゃいます。たまに温泉に行くこともありますね」(奈津子さん)

「ただ…」と奈津子さんは続けます。
「子どもが成長してきたこともあり分けた方がいいのかなとは思っています。それで去年シャワールームを増やしたんです」
さらに泊まるゲストにとっても、一般的なホテルとは異なる昔ながらの住まいの環境を体験することになります。
「現代的な生活からすると不便な面もありますが、それも含めて昔の日本人の家の体験を提供していると思っています。ゲストの方たちも、そうした価値を理解した上で来てくださる方が多いですね」(奈津子さん)
自分たちの宿で何を大切にしていきたいのか。その想いが、言葉の端々から伝わってきました。
「ゲストの中には静かに過ごしたい人もいれば、会話を楽しみたい人もいます。そのような空気を感じ取りながら、ゲストごとに距離を調整していく必要があると思っています」
と奈津子さんは話します。あえて細かなルールを設けず、宿主のさりげない気配りによって、この場所ならではの心地よさが生まれているのかもしれません。
暮らしというものは、一度形を決めたとしてもそのまま続けられるものではありません。
職住一体の生活なら尚更のこと。
家族の変化に合わせて、そのあり方も少しずつ変わっていきます。
「自分の中では、どこも完成していないんですよ。完成がないというか」
夫の一志さんは、自身で手がけ続けている家を見渡してそう微笑みます。建物も、そしてそこで営まれる家族のあり方も、その時々の状況に合わせて少しずつ形を変えてきました。

そして今、大鴈丸家には子どもの成長という新しい変化が訪れています。
「小学4年生の長女は、自分の部屋が欲しいと言い出しました。ごく自然なことですよね。また長男はもうすぐ中学生になるので、一人でいたい時間も出てくるんじゃないかと思っています」
成長とともに、家族が必要とする広さや距離感も少しずつ変わってきました。
「子どもたちの体も大きくなって、寝るスペースが狭いんです。広いスペースでぐっすり寝たいというのが本音です(笑)」(奈津子さん)
そこで二人は現在、スペースの拡張や近くへの住み替えなど、暮らしをより良くするための選択肢をいくつか検討している最中だといいます。
そして、もしこの家に新たな余白が生まれたなら、そこには以前から温めてきた構想もあります。
言葉だけでは伝えきれない御師の文化や富士山の魅力を、アートを通じて感じてもらう場をつくりたい——アーティストがこの地域に滞在しながら制作し、その作品を発表できる場所の構想です。その実現のための一歩として2025年、「一般社団法人 One drop」を立ち上げました。

子どもの成長という家族の変化も、新しい活動への構想も、すべてを楽しみながら形にしていきたい。そんな二人の姿勢を象徴するように、一志さんはこう話します。
「生活していくには稼ぐことも大事ですけど、長く続けていくには自分が楽しむことが一番だと思っています」
「全部を一気にやろうとすると大変なので、どこを整えていくかを今ちょっと模索中です。ようやくそこが考えられるようになりました」と奈津子さんが話すように、二人はその時々の暮らしに合わせて、無理のない形を選び続けています。
決められた正解はありません。
「その時の暮らしに合わせて、ずっと変わっているんです。やりながら、模索しながら、実験しながら進んでいる感じです」(奈津子さん)
職住一体の暮らしに必要なのは、完璧な準備ではなく、変わり続ける柔軟さなのかもしれません。その時々の暮らしに合わせて形を変えながら、これからも二人はここでゲストを迎えます。
Editor's Note
お二人の素敵な生き方と素敵な空間。私もお話を聞きながら、この家の空気を実際に感じてみたいという気持ちが膨らみ続けました。いつか行ってみたいと思います。
Amizo
あみぞう