HOKKAIDO
北海道
「温泉に入りたい」「美味しい魚を食べたい」
目的を持って旅行先を選ぶ経験は、誰しも一度はあるはずです。
人を惹きつける『体験』とは、ひとつの施設だけでなく、地域全体が共通のゴールを目指してこそ生まれるのではないでしょうか。
舞台は北海道の南に位置する十勝・帯広市。今ではサウナを目的に多くの人が訪れるまちですが、かつては観光客の少なさから『素通り地域』とも呼ばれていたそうです。
「夏は人が訪れますが、11月から4月の間は集客に課題がありました」
そう語るのは、北海道ホテルの代表取締役であり、十勝のサウナブームを牽引してきた林克彦さん。
北海道ホテルに導入した“フィンランド式”サウナでは、十勝の地域資源をサウナに掛け合わせました。それはやがて多くのサウナ施設を巻き込み、十勝に人を呼び込む体験価値へと成長していきました。
各施設の個性を活かしながら、サウナという共通項で協働する十勝。仲間とともに地域の価値を編み直すプロセスと、林さんの実践を支える組織づくりについて伺いました。
取材の冒頭、林さんから飛び出したのは「サウナが嫌い」だったという意外な一言でした。

「フィンランドの観光地・ルカに行って感じたのが、まるで十勝。雪があって、白樺の木があって、景観が十勝と全く同じだなと思いました」
しかし、林さんを驚かせたのは景色だけではありません。
「日本では、サウナは温泉やお風呂の延長にあるものじゃないですか。でも、フィンランドではサウナを目的に複数の施設を回って、それぞれの施設にはサウナの特徴や歴史を説明する案内があるんですよ。
サウナがツアーになるんだってことには、びっくりしましたね」
十勝と同じ環境のフィンランドでは、サウナを「旅の目的」として、年間で人を集めています。
「現地のスタッフから『世界中からサウナツアーに参加する人がいて、若い人たちの参加も多い』と聞きました。景観も十勝とフィンランドは似ていて、サウナもたくさんある。もしかすると、十勝や帯広でもサウナツーリズムをやれば、若い人たちに注目されるんじゃないかなと思いました」
フィンランドでの体験は、十勝の地域課題を解消するためのヒントになりました。帰国からわずか2か月後、北海道ホテルのサウナを『ロウリュ(熱した石・サウナストーンや壁に水をかけて湿度をあげること)』が楽しめるように改装しました。


そして、十勝の地域資源であるモール温泉をロウリュに取り入れた『モーリュ*』が誕生します。
*モーリュ:モール温泉でのロウリュを意味する造語。モール温泉は、太古に地中に埋もれた植物が、黒炭に変化する過程で生じる有機物が地下水に溶けだし、温泉となったもの。
「友人にロウリュを試してもらったら『今までのサウナと違う』『すごく気持ちいい』と言ってもらえて、これはいけると確信しました」
結果はすぐにデータとしても表れます。ロウリュの導入以降、日帰り入浴客の売上は約6倍増。宿泊客も以前は60代以上が中心でしたが、若い世代も増えました。
フィンランドで見た「サウナ=旅の目的」を十勝に置き換え、地域資源とサウナを掛け合わせて再編集する。これが十勝のサウナの出発点になりました。
宿泊客の客層が変わったことを、ホテルで働く従業員はどう感じたのでしょうか。今までの顧客対応の方法を見直し、順応することは容易なことではないように思います。
「来館されるお客さんが変われば、そのお客さんに対して、満足度を高めるためにどうもてなすかとか、どうリピートいただけるか考えることを実践し続けていました。だからお客さんの変化に対して、違和感なく受け入れられたんじゃないかなと考えています」
林さんが変えることに挑戦できる背景には、その変化を支えられる組織がありました。

基盤ともなっている組織づくりは、林さんが社長に就任した時に遡ります。
「僕が社長に就任して、従業員には『今までのトップダウンのやり方を変えます』と言いました。トップダウン型で指示を出す組織では、一人に依存した決定になったり、情報の偏りで他部署が羨ましく見えたりしてしまうんですよ」
続けて「プレゼン方式の戦略発表を3ヶ月に一度行っています」と。これを実現するためには、従業員自らが「考える」仕組みが必要になります。考えることを日常化するために使われたのが、一枚のホワイトボードでした。
「ホワイトボードに僕の考え方、組織の考え方、意思決定の仕方を全部書いています。会社の理念は日常的に使えるものが必要だと思います。僕は毎日、1%分の時間をマネージメントに割くようにしているんです。従業員にも『10分考える努力をしてほしい』と説明しています」
ホワイトボードは、いつでも目に入る場所に。そこから従業員へ浸透するまでに2年の月日を要したといいます。
「従業員それぞれに、やり方やスピード感があるので、急かすようなことはしませんでした。無理強いもしません。僕が社長になってから、常に変化の連続でしたけど、その中でも『本人のやる気が出てから変える』 ということは、変えずに大事にしていますね」
変化に挑み続ける林さんですが、「変わらないこともありました」と声を和らげて話します。こうした個への配慮が、変化への心理的な負担を下げるために必要なことだったのかもしれません。

「考える組織になっていくと、宿泊率も高くなって、従業員も『なぜ今までと違った客層のお客さんが来るのか』ということが分かるようになります。そういったお客さんの変化に対して未来予測をできるようになりましたね」
急いで変わることを求めるのではなく、一人ひとりのペースを尊重する。その安心感が、従業員自らが考え、変化を受け入れる組織を育てていったのです。
従業員自らが『考える』ことは、従業員の意思決定にも繋がります。
「ウェディング事業で出す料理のコースを決めるのは、現場で働く従業員です。実際に試食してもらって、全体のバランスや味を決めてもらっています」

もちろん、従業員の試食を実現させるには、経営者のフォローも必要だといいます。
「料理長には僕から『試食会を開いてください』と伝えています。試食会の決定だけはトップがすることで、料理長も納得してくれます」
「従業員がコースを決めたことで、新郎新婦がコースに悩むときに料理の特徴を伝えたり、アレンジやアップグレードを勧めたりすることができますよね」
顧客が求めるものを考え、望んでいる情報を届けることは、新郎新婦と接する従業員だからこそできることです。
意思決定者を決めるときにも、林さん独自の視点がありました。
「過去の経験と未来を想像する力を数値化したときに、その数値が高い人が意思決定をするべきだと思っているんです。
ウェディング事業なら新郎新婦と近い世代の従業員に。サウナについては、本場フィンランドのサウナを知っていて、一番サウナに入っている自分が意思決定をしていますね」
経験年数や役職だけに頼らず、数値が高い適任者に任せる。個の強みを活かしたチームワークが築かれていました。

そんな林さんへ、サウナで意思決定するときに大事にしているポイントを伺いました。
「大事なのは個性です。ユニークさというか、他にはないものを大切にしています。温度と湿度のバランスは、他のホテルにはない個性ですね。男性は温度83度・湿度50%、女性は温度77度・湿度50%にしています」
「サウナに入ったお客さんはみんな『一度入ったら、もう他のサウナには入れなくなっちゃう』といいます」と自信にあふれた表情を見せます。
「お客さんは感覚的に『気持ちいい』と感じているんですが、実は論理的にいいものを提供しているんです。
温度や湿度のバランスは、サウナを研究している医師と一緒に『ととのう』仕組みを解明しながら検証しています。教えていただいた温度設定を試すなど、根拠を持って癒やされる環境をつくっています」
データや研究の根拠で裏付けながらもユニークさを追求する姿勢には、林さんらしさが表れていました。

北海道ホテルのサウナは、冬場の集客という課題を解決するだけでなく、地域の観光資源としての可能性を秘めていました。そこで林さんが立ち上げたのが「十勝サウナ協議会*」です。
*十勝サウナ協議会:2020年発足。十勝のサウナ施設が連携し、サウナツーリズムの推進を通じて、観光振興に取り組む団体です。(https://tokachi-sauna.com/)
「他の施設を巻き込もうとして、いきなり10施設、20施設に声をかけると時間がかかってしまうので立ち上げが難しいと思います。これまでの経験から、スタートは5施設ぐらいがちょうどいいと思っています。
立ち上げは、早く決めることが大切です。いろいろ決まった後で、連携する施設を増やしていけばいいんです」
「最初からみんなの意見を取り入れようとしなくてもいいんですよ」と、はじめに全員の合意を目指すのではなく、スタートを切ってから仲間の輪を広げていくことが重要だと教えてくれました。
協議会の規約は全部で10項目あります。フィンランド式サウナであることに加え、「十勝の自然素材を取り入れていること」など、地域らしさを活かす条件もそのひとつ。

「本場のフィンランドを見た立場で僕が10個の規約を作りました。入会したい施設を募集して、その施設が規約に合うか判断します」
最初は、帯広市内の宿泊事業者を中心に声をかけたといいます。
「2代目が現場を担うホテルや、本社に経営判断を仰ぐホテルでは、社長や本社への交渉に北海道ホテルのデータが材料になりました。改装費の回収や集客アップの実績を数字で示すと、『じゃあ、やってみようか』と言ってもらえましたね」
数値で客観的なデータを提示したことで安心材料が生まれ、協働者の背中を押す役割を果たしていました。さらに今後の顧客戦略を立てるためにも、新たなデータを集めることは有効だといいます。

顧客データを取る目的で、協議会を発足してすぐ、サウナを半額で体験できる周遊型のチケットを1000枚限定で販売しました。
「お客さんはお得にサウナを巡れて、施設には新しいお客さんが流入するという仕組みです。同時に若い世代の利用が多いことや、各施設での男女比も分かりましたね。お客さんの特徴が明らかになったうえでメディアの活用や施策を行ったからこそ、サウナ人気にも拍車をかけられたと思います」
発足から6年が経ち、協議会には11の施設が加盟しています。
イオン水や地下水を使い、温泉にこだわる施設。
十勝川の景色を望む外気浴や、氷に穴をあけた湖で水風呂など、立地を活かした体験をつくる施設。
ワイン樽やコンテナを使って、オリジナルサウナを展開する施設。
地域の自然を活かした個性あふれるサウナは、全国から十勝に人を呼び込み、訪れるお客さんを癒しています。
それぞれの施設が個性を発揮しながらも、「十勝でサウナ巡りを楽しんでほしい」と共通の目的を持つ。それはどの地域にも通じる協働のために必要な要素ではないでしょうか。

林さんは次なる挑戦として、2028年開業予定のホテルの建設にも取りかかっています。
目指すのは、市街地にありながら、モール温泉やさまざまなサウナを取り入れた、くつろげる「体験」を提供するリゾートホテル。帯広駅前の再開発プロジェクトのひとつでもあります。
「他のホテルにはないユニークさを出していきたい」と驚くようなサウナのアイデアを教えてくれました。
「登山をするのに、最初からエベレストは目指さないじゃないですか。近隣の山、富士山と経験を積んで次のステップを目指しますよね。今までのチャレンジが次の挑戦に繋がっています」
ホテルが完成した先に、どんな十勝を見せてくれるのか。林さんの挑戦はこれからも続いていきます。
写真・資料提供:北海道ホテル、十勝サウナ協議会
Editor's Note
「毎日1%の時間をホワイトボードマネージメントに使う」
溜まった仕事を目の前にすると、たった数分でも時間を抽出することが惜しいと思ってしまうことが幾度とありました。意識的な時間を持った分だけ変わる伸び代ができる、そう気付かせていただきました。
SAORI SUZUKI
鈴木さおり