GUNMA
群馬
心惹かれる地域で、人と人がつながる場所をつくってみたい。
けれど、これまで築いた人間関係や仕事の基盤がない場所に飛び込んで、どのようにアクションを起こしたらよいのかわからない。
そう思って、なかなか最初の一歩が踏み出せない方も多いのではないでしょうか。
東京駅から上越新幹線で約70分。車窓から見える景色が、立ちならぶ建物から深い山々に移り変わったところにある群馬県みなかみ町。ここで、自身も移住者でありながら、人と人がつながる場をつくっている方がいます。
温泉街の真ん中にある「ゲストハウス&コワーキングスペース ほとり」の運営を担う田宮幸子さん(以下、たみーさん)。東京でITエンジニアとしてのキャリアをスタートし、国内外でのノマドワーカー生活を経たのち、2020年末にみなかみ町へIターン移住をしました。
コロナ禍で都市部を離れて多拠点生活をしたことをきっかけに、「自然とつながりながら暮らしてみたくなった」と話すたみーさんが、地域でどのように場づくりを実践しているのか、その取り組みに迫ります。
たみーさんをみなかみ町への移住に導いたのは、もともと好きだった旅暮らしの体験が育んだ「自然の中での暮らし」への興味でした。
東京のIT企業でエンジニアとして勤務した後、たみーさんは海外を巡りながら仕事をするノマドワーカーを経験。
「旅をするのは好きだったので、東京に戻ってからもまた海外に行きたいなと思っていたんですが、そうしているうちにコロナ禍になってしまって…」
コロナ禍が始まった頃は、東京都内を転々としながら働いていました。しかし、緊急事態宣言などを背景にだんだん都内でも動き回るのが難しくなっていきます。そこで、多拠点居住サービス「ADDress*」を利用して、比較的人の少ない日本全国の地域を訪れるようになりました。
*ADDress(アドレス)…会員になることで全国各地の空き家・シェアハウス・ホテル等を利用できるようになる民間サービス。
訪れた地域で綿花の収穫をしたり、樹木を土台にした小屋であるツリーハウスを建てる体験をしたりするうちに、たみーさんは自然との共生に興味をもつようになります。
「東京で働いていたころから、トマトを育ててみたり、動物を飼いたいなと思っていたり。無意識ながら自然との共生に対する興味の片鱗はあったと思うんです。そういう興味関心の種をもった状態で旅をして、自然との暮らしを全力でやっている人たちに出会ったことで、その種が自分の中でどんどん育っていきました」
自然の中で暮らすことへの関心が高まっていくのにともない、実現してみたい生活の在り方についてもイメージが深まっていきます。
「ずっとITエンジニアとして働いてきたからか、“アプリと連動できる村”みたいな場をつくって、みんなで畑を耕したり、ものづくりをして暮らせたらおもしろそうだと思っていて。リアル『どうぶつの森*』みたいな妄想が広がっていきましたね」
*どうぶつの森…任天堂株式会社が開発・発売しているコンピュータゲームのシリーズ。 動物たちが暮らす村にプレイヤーキャラクターが移り住み、住民たちとのコミュニケーションなどを通して、ほのぼのとした生活を送ることができる。
リスクをあれこれ並べ立てて考えるよりも、「まずは飛び込んでやってみる性格」だというたみーさん。ふくらんでいく村構想を実践するためにも、「とりあえず自然に近い場所に住んでみよう」と、いわゆる地方への移住を決断します。
移住先の検討にあたっていくつかの自治体の窓口に相談をしたところ、最もこころよく迎えてくれたのがみなかみ町の担当者でした。たみーさんの「アプリと連動する村」というアイデアにも、一番良い反応を示してくれたといいます。
移住候補地として、みなかみ町を視察するために訪れたたみーさん。そこで、平日は会社員としてリモートワークで働きながら、週末は狩猟に出かけるというユニークな生き方をしている女性に出会いました。
「こんなにおもしろい人がいるなら、もっといろんな人に会ってみたいという気持ちが強くなって。当時は固定の家も契約してなかったし、もう住んじゃえ!と、勢いで移住先を決めました」
こうしてたみーさんは、元々携わっていたITエンジニアの仕事をそのまま続けながらも、みなかみ町に生活の拠点を移すことを決めます。
リアル「どうぶつの森」ともいえる村づくりの構想を抱きながら、みなかみ町に移住したたみーさん。自然と暮らす術を身に着けるには、「自分も地域に入り込んで人とつながり、人から学ぶことが必要」だと感じていました。
その足掛かりとして、まずはみなかみのまちでゲストハウスの運営をしようと考えます。
「いきなり自然の中で居場所づくりをするには、知識も経験も足りなくてハードルが高い。でも、ノマドワーカーとして生活していたときによく利用していたゲストハウスであれば、運営していくイメージがついたんです」
ちょうどたみーさんが移住したころ、現在の「ほとり」の2階にあたる場所が空いており、リノベーションの企画案が公募されていました。
「ほとり」創業メンバーの内の2名が、「ゲストハウス&コワーキング」案の企画を提出。企画は見事採択され、たみーさんに「一緒にやらないか」という声がかかります。
こうして、たみーさんを含む4名で合同会社bottleKeepを設立し、ゲストハウス&コワーキング事業が始動しました。
「ゲストハウスを開業したい人が、初期によく直面する壁は物件探しです。いい物件が見つからなくて何年も探し続ける例もあるので、よいご縁とタイミングに恵まれたと思います」
地元に根をはり、素晴らしい人脈を持つ3人の創業メンバーの力もあり、立ち上げはとてもスムーズにに進みました。しかし、3人はすでにみなかみ町でさまざまな事業に携わっており、多忙をきわめていました。
そのため自然と、コワーキングスペースを自身も利用し、現場にいることの多いたみーさんが中心となって「ほとり」を運営していくことになります。
「人と人をつなぐ場所」をコンセプトに運営されている「ほとり」。その名前も、豊かな自然の中で、静かな水辺に人が集まっている様子をイメージしてつけられています。
たみーさんがつながりを生み出す場づくりに取り組む原動力は、一体何なのか。最初は「自分がみなかみの人とつながりたい」という動機から始まったといいます。
「自分の居場所がみんなの居場所にもなったらいいな、と思いながら活動していました」と、なんでもないことのようにたみーさんは語ってくれました。
「誰ともかかわらずに黙々と作業をする過ごし方は、絶対に向いていないタイプなんです。自然の中で暮らすにしても、ひとりでひたすら自然と向き合うんじゃなくて、人とも関わりながら、みんなで助け合っていきたい。
まず自分がそういう暮らしをしたいから、人とつながるっていう発想が自然と出てくるんだと思います」
「ほとり」では、多種多様なイベントの開催をはじめとして、人がつながる仕掛けが多くなされています。
中でも代表的なものが「活動Share!会」。やってみたいことのアイデアを大小問わず共有し、応援しあうというイベントです。今では地元住民だけでなく、仕事や研究で訪れた人、旅行者、移住検討者など、さまざまなバックグラウンドをもつ人が集まる会になっているそう。
さらに、集まったメンバーのやってみたいことをテーマにしたイベントを「ほとり」で開いたり、イベントのSNS発信を見た人からのリアクションがあったりと、人や活動の輪が広がっていきます。
こうした「ほとり」の場づくりを通して、仕事上のコラボレーションや、異なる文脈で活動していた人同士の交流も多く生まれました。
「鉄工所で働くお兄さんと、自然保護活動に取り組んでいる女の子が「ほとり」を通して知り合ったんです。同じみなかみで活動しているといっても、お互いの仕事や活動の間には、もともと交わりそうな点がありませんでした」
そのふたりは「ほとり」で出会ったことをきっかけに、お兄さんが自然保護活動に参加したり、逆に女の子が鉄工所へ見学に行ったりと、交流を深めます。
後日、鉄工所のお兄さんはたみーさんに「草刈りは面倒だし、自然なんて敵くらいに思っていた。けれど彼女が取り組んでいる活動について話を聞いたことで、捉え方が変わった」と話してくれたそう。
「つくった場がきっかけで、接点のなかったふたりが出会って、化学反応みたいにお互いの価値観に影響を与えている。こうしたシーンを目の当たりにすると、場づくりはすごくやりがいがあるなって思いますね」
「これからやりたいことは、ありすぎて脳内が渋滞しているくらいです。その中で今は、移住してからみなかみの人にたくさん機会をもらって、助けていただいた分、自分もこのまちで挑戦を始めようとしている人の後押しができるものをつくりたいと思っています」
村構想をきっかけにみなかみ町への移住を決めたたみーさんですが、まずはみなかみのまちや、そこで挑戦したいと思っている人を応援する仕組みづくりに「ほとり」の場を通して取り組んでいます。
誰しもの中にある「やってみたいこと」や「興味があること」という種。しかし、実現にたどり着くまでに立ちはだかる壁は多い。
そうした心の中にあるアイデアの種を外に出して、芽を出すまでみんなで育てていくための場が、先ほど紹介した「活動Share!会」です。
また、実現したいことのイメージが具体的に描けてきても、事業を立ち上げるためには人手や資源、資金集めというハードルを越えなければいけないこともあります。
たとえば、地域で事業を立ち上げる際の資金調達によく使われる手段の1つとしてクラウドファンディングがありますが、「利用するには敷居がまだまだ高い」とたみーさんは感じていました。
「有名なクラウドファンディングサービスって、けっこう勇気がいるというか、気合を入れてやらなければいけない印象が強くて。自分も掲載したいプロジェクトがあるんですが、半年以上前から考えているのにまだ実行に移せていないんですよね。
実際に、クラウドファンディングサービスを利用して資金を集めた後、出資してくれた人へのリターンを返すのに苦労したり、プレッシャーでしんどくなったりしてしまう人も見てきました」
せっかく想いをもってやりたいことを実現しようとしているのに、準備段階の活動が重荷になって、エネルギーを削がれてしまったらもったいない。やりたいことに賛同してくれる人の協力を、もっと気軽に呼びかけられる場をつくれたらーー。
「コワーキングスペース内の貼り紙というリアルな場と、アプリというバーチャルな場の両軸で、ヒト・モノ・カネを気軽に募集できる”まちの掲示板”みたいな役割を果たせたらと思っています*」
*2024年11月30日に「TEGAMIYA」Webアプリβ版を公開。みなかみ町で事業に取り組んでいる方の活動内容や協力者募集を掲載中。「TEGAMIYA」として取材を行った活動は、「ほとり」のコワーキングスペースにポストカードとして掲示されている。(詳細はこちら)
「ほとり」利用者によるメッセージが貼られているボード。各々の活動内容や、メッセージを見た人と一緒にやりたいことの募集が書き残されており、たみーさんが取り組む「まちの掲示板」とのつながりも感じる
本格的な事業計画のプレゼンをしても良し、飲みながら小さな思いつきを喋るのも良し。そんな「活動Share!会」の空気感が、日にち限定のイベントの場にとどまらず、いつも在るような仕組みをつくりたいと、笑ってたみーさんは語ってくれました。
自分自身が「つながりたい」と心から思ってやっていることだから、たみーさんの場づくりには嘘や虚飾がない。そして今は、自分がこれまでに地域の人からもらったつながりや機会を、これからみなかみ町を訪れる人たちに向けて差し出すべく動いています。
「人とつながる」というのは、一方的に与えたり、与えられたりするだけの関係性じゃない。何かをもらった人に直接返すわけじゃなくても、他の人や、これからみなかみ町を訪れる人に別の形で差し出すことで、地域コミュニティ全体を豊かにしていく。
たみーさんがみなかみ町で実践する場づくりの姿勢は、飛び込んだ地域でつながりをつくっていく上でのヒントになりそうです。
Editor's Note
取材後にお会いした際に「東京で働いているときには、会社が自分にとってのコミュニティだった」と話してくださったたみーさん。みなかみ町への移住をきっかけに場づくりへの想いが生まれたわけではなく、もともとつながりの中で生きている感覚が強い方なのだと感じて、その会話が印象に残りました。
自分がほしい場所や物事をつくることで、同じように感じていた他の誰かが共鳴してくれて、広がっていくことはきっとあると思います。
「地域で仕事やつながりをつくる」というときに、自分がどんなふうに周りの人とかかわって生きたいか、どんな取り組みであれば自分ごととして取り組めるのか、まずは今いる場所で見つめてみることが大切かもしれません。
MAHO KATO
加藤 真穂