SAGA
佐賀
農業を続けるために必要な仕事は、畑や田んぼの中だけにあるわけではありません。
書類を書くこと。写真を整理すること。期限までに申請を終わらせること。
誰かが担ってきた、外からは見えにくい仕事があります。その負担を、地域の外と分け合うことはできないだろうか。
そんな現場の問いを背景に、内閣府「令和7年度 関係人口創出・拡大のための対流促進事業」の一つとして立ち上がったのが、『ジムボノ』プロジェクトです。
農業を支える事務に光を当て、地域の外にいる人が、その一部を引き受ける。『ジムボノ』は、事務を入り口に、地域との新しい関わり方をひらこうとしています。
ジムボノは、農業そのものではなく、農業を支える書類仕事に光を当てるところから始まったプロジェクトです。
「農業の事務作業に関する課題や現実を知っていくなかで、何かできることはないか、ずっと社内でも模索をしていました。
パソコンを使ってできる事務作業のサポートであれば、その地域の住民でなくとも、遠隔で手伝うことができるだろう。そんな仮説の下、農業に必要な事務を支える『ジムボノ』を始動させたのです」(横道さん)
そう語るのは、『認定NPO法人サービスグラント(以下、『サービスグラント』)』で地域支援に携わる横道亨さんです。

「将来は、全国各地の様々な事務作業を支えることにつながっていくと思いますが、現在は、農業分野、その中でも農林水産省の『中山間地域等直接支払交付金』という特定の制度にフォーカスしています」(横道さん)
『中山間地域等直接支払交付金』の「中山間地域」とは、いわゆる平地ではなく、棚田や標高が高い山あいの土地などの、条件が不利な地域のこと。「直接支払交付金」とは、その地域でお米を育てていることに対して国から出る交付金のことです。2026年時点で6期目(26年目)を迎えており、全国で1,000程度の自治体が導入しています。
「この制度は、対象地域にとってまさに“命綱”のような存在。でも、これを申請するための事務作業が非常に複雑で、ややこしいのです」(横道さん)
この制度があるからこそ、中山間地域の農地は守られてきました。一方で、申請のための事務作業は、年を重ねるごとに現場の負担になっていくことがあります。
「限界集落や高齢化が進んでいる集落の人たちがパソコンで慣れない作業をしながら、なんとか交付金を得て、農地や田んぼを守っています。
その事務作業を、日々当たり前のようにパソコンを使っている、全国の人たちにプロボノとして手伝ってもらえたら、関係人口にもつながるのではと考えたのです」(横道さん)
続けるために必要なことが、続ける人の負担になってしまう。その矛盾に、横道さんは「プロボノ」という形で向き合おうとしているのです。

横道さんとプロボノとの出会いは、唐津市役所の職員として地域づくりに取り組んでいた時のこと。
「私が住んでいる厳木町は人口3,200人ほどの小さなまちです。2024年は子どもが1人も生まれなかったというほど、過疎化の一途を辿っています。
住民だけではなく、地域外の人の力を地域活性につなげる方法はないものか。そう模索していた中で、プロボノに出会いました」(横道さん)
その後、横道さんは、自身が運営していた子ども食堂の活動などでプロボノを受け入れる経験を積み、そのインパクトを実感。プロボノのコーディネート団体である『サービスグラント』に入職してプロボノを広げる立場になりました。
サービスグラントは、社会課題に取り組む団体と、スキルを持つ社会人をつなぐプロボノのコーディネート団体として、これまで全国で数多くのプロジェクトを支えてきました。2025年12月には佐賀県と進出協定を結び、九州オフィスを設立。横道さんはここで活動しています。

農業事務の支援にプロボノで取り組む理由を、「地域の側だけではなく、プロボノワーカーの方々にとっても意義があると考えているから」と横道さんは語ります。
「ジムボノで扱うのは、マーケティングやプログラミングのような専門スキルを持たなくても、社会人として基礎的なPCスキルがあれば参加できる領域です。参加できるプロボノワーカーの裾野を広げられることが、他のプロボノと違うジムボノの良さだと思います」(横道さん)
この取り組みが向き合っている制度は、5年間を一区切りとして、毎年申請や報告が必要になります。事務作業が続くということは、関係も続いていく。関わりが単発で終わりにくいことも特徴の1つです。
「いきなり5年のプロジェクトに関わるのはハードルが高い。そのため、始めは他のプロボノのように3ヶ月や半年などの短いスパンで区切っていくと思います。
でも、『地域のおいしいお米を作るための支えになってほしい』と伝えていくことで、少しずつ関係を重ねていけたらと思っています」(横道さん)

「これは私個人の考えですが」と前置きして、横道さんは続けます。
「今、全国に約800万人いると言われている団塊ジュニア世代の方たちが、会社を辞める前に、セカンドキャリアとしての居場所を探し始める。
そんな時に、ジムボノのように物理的に遠い地域や、初対面の人たちと一緒にプロジェクトに関わる経験は、その人にとっても意味のあるものになると思っています」(横道さん)
地域の制度を支える仕組みでありながら、関わる人にとっても新たな挑戦や居場所になっていく。ジムボノは、地域と人の双方にとって持続可能な関係人口の入口をつくろうとしています。
2025年12月に始動したジムボノは、まだ試行錯誤の途中にあります。現在、フィールドになっているのは、佐賀県東部地域と新潟県小千谷市。
佐賀県では、2026年2月に研修会が実施されました。集落の代表者が約10名、県や市の支援機関からも5名ほどが出席。東京からジムボノワーカー候補者も参加され、有意義な研修会となったとのことです。
「ジムボノワーカーを迎え入れるための組織作りから取り組まないといけない状況ですが、『その組織作りに向けた意欲を得られた』と集落代表者および神埼市の担当者から声をいただくことはできました」(横道さん)

一方新潟県小千谷市は、事務の負担を減らすための工夫を長年積み重ねてきました。
「元々小千谷市は、8年ほど前から中山間地域等直接支払交付金に関わる事務作業の複雑さをなんとか軽減しようと試行錯誤してきました。その結果生まれたのが、効率化のためのアプリです。
実は、このアプリの開発にもサービスグラントのプロボノが関わってきました。会計ソフトの会社に勤める人や、企画に強い人がチームを組み、無償で改良を支援してきたのです。
このアプリを広く利用してもらえるようにするための改良プロジェクトが今、小千谷市で進められています」(横道さん)

しかし横道さんは、「アプリが完成したとしても、『使いこなせない』という声はきっと出てきます」と言います。
「ジムボノとして人をあてがった方が地域や集落のためにいいのか、どちらが正解かはまだ私にも分かりません。
だからこそ、アプリとジムボノという2つの選択肢を地域に示して、どちらが良いのかテストしていきたいと思っています」(横道さん)
完成したモデルを広げるのではなく、地域ごとに合う形を探っていく。その試行錯誤の姿勢も含め、ジムボノは各地で反響を呼び始めています。
「内閣府フォーラムでの発表を聴いてくださった、兵庫県や岩手県平泉町から実施希望の声をいただいています。既に兵庫県では自治体を対象とした研修会を開催しました。平泉町からは、地域協力隊を活用した仕組み作りの相談を受け、打ち合わせを進めているところです」(横道さん)
ジムボノが目指しているのは、地域の内と外が、無理なく関係を重ねていける土台をつくること。
そのためには、農業を営む集落、地域側の中間支援組織、サービスグラント、プロボノワーカーの4者が揃うことが理想。特に集落とプロボノワーカーの間を取り持つ、中間支援組織の存在が不可欠だと横道さんは強調します。
「集落の人とプロボノの人だけでは、なかなかうまく進まないと思うんです。集落の人と、その人を支える中間支援の人が、体制として存在していることが大切かと思います」(横道さん)
制度のこと、地域のこと、暮らしの背景。外から来た人にはわからないことがたくさんある。だからこそ、ジムボノにも、地域と外のあいだに立ち、言葉を補い、気持ちをつなぐ存在が必要だと言います。
「私が東京から佐賀に移住した当初は、農家さんと直接話しても会話にならなかったんです」と横道さんは、自身の経験を振り返りながら、静かに語ってくれました。
「『困っている』とは言うものの、話が具体的ではなく、抱えている課題も分からない。地域の人たちは『本当に困ってるのはこれです』とは言葉にしないのです」(横道さん)
田んぼが守れない、担い手がいない。そうした悩みの奥にある「事務の負担」という本当の課題は、対話を重ねてはじめて見えてきたもの。
「課題に向き合う過程で、地域内外の人が直接対話するだけでは、どうしても時間がかかり、お互いに負担がかかってしまうこともあるかもしれません。そうならないために、中間支援役が必要だと考えているのです」(横道さん)

ジムボノを土台として関係が重ねられていったその先で、地域と都市の関わりがどうなることを理想としているのでしょうか。
「お米を作ること、その活動はしんどいことではあるけれど、『尊いことなんだ』と、地域の人たちに伝え続けたいと思っています。関係人口の人が地域に赴き、対話の中で伝えることで、地域の人たちの心に変化が生まれたらと思っています」(横道さん)
地域の人にとっては当たり前でも、その営みがどれほど価値のあることなのか、外から来た人の目線が入ることで、あらためて気づくこともある。一方で、関わる側にも変化が生まれます。
「プロボノに参加した人が『東京に帰っても、佐賀のニュースが流れるとつい見てしまう』と話してくれたことがあるんです」と、横道さんは誇らしげな表情で教えてくれました。

ふるさと納税をする。ニュースを気にかける。また会いたい人の顔を思い浮かべるようになる。
それは、移住ではないけれど、心の一部がその土地にそっと置かれるような感覚。こうした小さな心の変化が、地域との距離を少しずつ縮めていきます。
「すぐには変えられないけれど、繰り返すことによって、都会に住んでいる方も地域のことを考えるきっかけが増える。地域に想いを馳せるとはそういうことなのかなと思います」(横道さん)

今回ご紹介したジムボノプロジェクトは、内閣府が実施する「令和7年度関係人口創出・拡大のための対流促進事業」の採択事業の1つです。関係人口創出・拡大施策についてもっと知りたい方は、「かかわりラボ」(関係人口創出・拡大を目指す全国の組織や団体が集まり、情報共有や連携を行う協議会)をぜひチェックしてみてください。
Editor's Note
今回の取材で印象に残ったのは、外の人と地域が関わるには、丁寧な準備と時間が必要だということ。制度や地域の事情、言葉にならない困りごとをほどき、関われる形へ整えていく。その前提として、間に立つ人の存在が語られていたのが印象的です。ジムボノの話を通して、関係人口は数ではなく、時間をかけて育っていくものだと、あらためて感じました。
MARIKO ONODERA
小野寺真理子