二拠点生活
リモートワークの普及により、デュアルライフや地方への移住や定住が注目されている現代。
その中で新たな選択肢となる「帰る旅」。
それは帰省よりも非日常的でありながら、観光よりも、日常的に「帰る」ようにする小さな旅です。
今回は、オンラインイベント『「帰る旅」から始まる新たな地域・旅先との関わりかた【行政・宿泊観光事業者の皆様対象】「帰る旅」プロジェクト共有会』から、「帰る旅」を考案した「帰る旅研究会」の共同代表で、じゃらんリサーチセンター(株式会社リクルート)を勤めている北嶋 緒里恵さんに「帰る旅」から始まる新たな地域・旅先との関わり方について語っていただきました。
旅行とは、自分の行きたいところへ行き「いらっしゃいませ」と、もてなされるもの。
ですが「帰る旅」は、何度も行ったことのある地域にまるで「帰る」ように通う「おかえり・ただいま」から始まる旅がコンセプト。
観光庁の「第2のふるさとづくりプロジェクト」の一環として、一般社団法人 雪国観光圏とじゃらんリサーチセンターが協働プロジェクト化した、新たな旅の思想を形にしています。
その場限りの一方通行な「旅先の人と客と宿」という関係に縛られず、相思相愛の関係性を築き上げることで「帰る場所」をつくり、今までの「行く旅行」から「帰る旅行」にするというものです。
仕掛け人の北嶋さんは、「帰る旅には、往来のコンテンツ作りとは違うアプローチが必要だ」と話します。
「従来、レジャーのコンテンツづくりでは様々なお客様の期待に答えられるようなコンテンツ作りが求められました。ですが、今回はあくまで関係性を築くのが目的。地域課題に携われる『参加する余白』があるコンテンツ作りを意識することが重要になっています」(北嶋さん)
今までの「もてなされる体験」から、その地域との関係性を育むことにより、地域の課題に実際に参加して、仲間としてコミットしていき、相思相愛の関係を作ることが帰る旅のモデル。
事前に、オンラインで地域課題について発信し、それに共感したユーザーが実際に地域に訪問。その課題に携わることで「協力者」となり、旅を終えた後には仲間へと進化していく。徐々に地域への参加の比重を増やすことで相思相愛の関係を構築し、結果「帰る旅」の循環モデルが実現できると北嶋さんはいいます。
「帰る旅」プロジェクトでは、始動から1年で複数のイベントを実施し、「地域交流 × 農業」「地域課題 × 森の再生」といった地域の方との関りを深めるきっかけづくりや、ボランティア人材の集客を行いました。
地域課題の手伝いをしたユーザーのアンケートでは「求められた役割が大きく、期待を感じられて嬉しかった」「居心地の良さを感じた」「地方で働く選択肢を考える貴重な体験だった」「地域に役立ちながら、人や土地とつながりができるきっかけとなった」といった、ポジティブな意見も多く聞こえてきます。
現在、旅行業界と社会には新たな旅行の需要を育てている3つのファクトがあると話す北嶋さん。
1つ目は「旅行マーケットの低迷」。コロナ以前より年々低下傾向が見られており、現状の観光施策だけでマーケット全体の縮小を食い止められるかが不明瞭であり、この現状を打破するために、既存の旅行需要以外の必要性が出てきたこと。
2つ目は、コロナ禍によるユーザーのライフスタイルや働き方の変化が加速。テレワークやワーケーションが一般的になったことで横のつながりや斜めのつながりが減少し、職場に代わる第三の居場所を求める人も増える中、自分はどのような働き方や、生き方がいいのかを改めて考える機会が増えたこと。
3つ目は、アドレスホッパー(住所を持たず転々とする人々)が増え、そんな方に向けた定額住み放題といったサービスが登場したことで、「暮らしながら旅をする」という新たなビジネスモデルが確立されたこと。
「これらのファクトから、業界や社会の変化による新たな旅行需要の開拓が必要。地域側が主となり、3rdプレイス的な居場所を地域として作ることで、点ではなく、面の旅先を作ることができるのではないかと考えています」(北嶋さん)
北嶋さんが考える、往来型の「行く旅」と「帰る旅」の違いは「場(環境)と関係性(人)」に違いがあると言います。
「お客様としてもてなされるのではなく、仲間として迎え入れられたい。行きたい場所も多くなくていいし、サービスも完璧でなくていいといった、共に価値を作り、誰かのためになったら嬉しいという利他的な関係性が、帰る旅の特徴です」(北嶋さん)
実際に、じゃらんリサーチセンターでは、帰る旅のポテンシャルを調査したところ「日常生活の中で居場所が欲しい」と語った人は7割ほどいて、男女ともに、年齢が上がれば上がるほど、その需要は高まる傾向にあるといいます。
さらに「旅先に居場所が欲しい人」もおよそ4割ほど存在し、「第2の故郷と呼べる場所へ帰省するような旅行」や「自分の居場所のある場所に行く旅行」が、往来の旅行と同程度もしくはそれ以上に支持されているという結果が出ました。
世界保健機関(World Health Organization:WHO)では、健康のことを以下のように結論付けています。
「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます。」(出典:世界保健機関(WHO)憲章とは | 公益社団法人 日本WHO協会)
この “社会的にもすべてが満たされた状態という言葉” から、人の幸福にも寄与ができるのではないかと北嶋さんは語りました。
また、アメリカの心理学者マーティン・セリグマンが提唱した幸せの5つの軸「達成・快楽・良好な人間関係・意味合い・没頭」から、幸福を満たす要素を満たすポテンシャルが、帰る旅にはあると言います。
「幸せの5つの軸のうち『達成』と『快楽』は従来のラグジュアリーな旅行やレジャー体験、おいしいものを食べる体験で満たされると思います。ですが『良好な人間関係』『意味合い』『没頭』という3つは、『自分が心から好きだと思えるものと、ビジョン・生き方に共感して購入する』という体験から得られると考えています。これを実現するために場づくりと、関係性づくりを大切にして取り組んでいます」(北嶋さん)
メンバー数名でプロジェクトを開始して、わずか1年ながら複数のイベントを実施し、注目を集め、大きな可能性が感じられる「帰る旅」運動。
最初に生まれたプロジェクト拠点である、新潟県・群馬県・長野県にまたがる雪国エリアでは、地元の民家ホテルと一般社団法人 雪国観光圏が協力し、「雪国 帰る市」を開催。意外と知られてない素敵な文化・芸術・スキルなどを紹介する取り組みを実施し、ボランティアとして参加するユーザーと、多くのお客さんで盛り上がりをみせました。
物質的な豊かさがある「無いものが無い」という時代の中で、必要な幸せの要素を得るきっかけが帰る旅にあるかもしれません。
「おかえり・ただいまから始まる旅」
今までになかった、第三の居場所をつくる「帰る旅」運動は、ますます広がっていくことでしょう。
後編では、オンラインイベント『「帰る旅」から始まる新たな地域・旅先との関わりかた【行政・宿泊観光事業者の皆様対象】「帰る旅」プロジェクト共有会』のレポートをお届け。
『会員制ワークインレジデンスのお金を取らない宿「さかとケ」誕生秘話』と題し、帰る旅プロジェクトに参加している、帰る旅研究会共同代表・一般社団法人 雪国観光圏 代表の井口 智裕さんが行ったパネルディスカッションのレポートをお送りします。
Editor's Note
近年、アドレスホッパー、二拠点生活といった様々なライフスタイルが登場していますが「旅」と「帰宅」を組み合わせたという概念は、非常に斬新でした。
特に働く場所に囚われないフリーランサーは、仕事を在宅で仕事を完結する場合も多く、孤独になりがちです。
そんな方に「ただいま」と言いに旅行ができる場所の存在は貴重であり、これから全国へ広がっていきそうです。
YUYA ASUNARO
翌檜 佑哉