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LOCAL LETTER

地域産業の「静かなる危機」と「新たな息吹」カネス製茶の挑戦が示す地域活性の道

DEC. 02

SHIZUOKA

拝啓、日本で過ごす「当たり前」の日々を、大切にしたいアナタへ

日常で何気なく買う緑茶。自分へのご褒美のスイーツに使われている抹茶。

その茶葉が日本ではなく海外から輸入されているものだと知ったら、どう思うでしょうか。驚きとともに、どこかさみしい気持ちを抱くかもしれません。

「それが現実になる日も遠くない」

そう語るのは、静岡を拠点に製茶事業を営む、株式会社カネス製茶の4代目、小松元気さんです。

日本茶の代名詞とも言える静岡では、緑に輝く茶畑の風景がいたるところに広がっています。昔から続くこの「当たり前」の風景が、密かに直面している危機。変わりゆく現実を前に、地方の事業者はどう立ち向かっているのか。小松さんが家業を継ぎ、地域を背負い、新たな挑戦を続ける理由を探ります。

抹茶ブームの裏に潜む日本茶産業の「リアル」

「海外の方も『MATCHA, MATCHA!』と言って、抹茶は日本のものだと思って飲んでいます。『その原料は実は日本産じゃない』ということが、ここ10年以内には必ず起きると思います」

警鐘を鳴らすのは、1957年創業、従業員18名の株式会社カネス製茶で取締役を務める小松さん。東京でITやスタートアップに8年間携わった後、3年前に故郷に戻り、同社の4代目として新たな歩みを始めました。

小松 元気氏 株式会社カネス製茶 取締役 ボトリングティー事業部 部長 / 早稲田大学教育学部卒。人材ベンチャーで新規事業・キャリア支援に従事し、コロナ期にはゴーストレストランの立ち上げに関わり、FC100店舗以上を経験。株式会社TeaRoomを経て、2022年にカネス製茶入社。ラグジュアリーティーブランド『IBUKI bottled tea』をリリース。ミシュラン店や帝国ホテルとの共創など、活動の幅を広げている。

近年、健康志向の高まり、SNS映えするビジュアル、そしてインバウンド需要といった複数の要因を背景に世界的な規模で抹茶ブームが起こっています。緑茶の輸出額は、過去10年間で4倍以上に増えているというデータもあります。

カネス製茶は、地元農家から仕入れた茶葉を自社で仕上げ加工し、卸・小売まで一貫して担う企業として、独自のポジションを築いています。一見すると、抹茶ブームの恩恵を受けているように見えますが、小松さんが語る業界の現実は厳しいものでした。

「県外の方に『急須でお茶を淹れて飲んだことはありますか?』と聞くと、70代以上の方々はありますが、今の50〜60代より下の世代の方は『ない』と答える方が多いんです」

コンビニや自動販売機が普及した頃から、ジュースをはじめとする多様な飲み物が登場。飲料の選択肢が劇的に増えました。急須で茶を淹れる習慣は徐々に失われていき、従来の緑茶事業の規模は微減している状態だといいます。

「『ペットボトルでならお茶をいつも飲んでいるよ』と思われるかもしれませんが、1本あたりに茶葉は数グラムしか使われていません。急須であればそれよりも多い量を使います。なかなか値上げも難しく、ずっと同じ価格で売るしかないんです」

価格を変えづらい状況がある一方で、ガソリン価格や人件費の上昇、気候変動による農作物への影響で原価は上がり続け、生産者にも深刻な影響をもたらしています。

「原価はどんどん上がっているけど、売価が全然上がらない。生産者の利幅が減っている状況なんです。また、どこの伝統産業においても担い手不足や高齢化の問題が叫ばれていますが、お茶の場合はかなりそのスピードが早いように感じています。

20〜30年前に比べると生産者が70パーセントも減って、生産者の平均年齢も高い。今後10年以内に担い手は大幅に減ると思っています」

既存の枠を超え、価値を「再定義」する事業戦略

厳しい業界の現実に直面する中で、カネス製茶は3つの事業を軸に方向性を模索しています。

まずは創業から続く卸売事業。商店街にある茶屋や乾物店、冠婚葬祭の引き出物を専門とする茶店などへ販売をしています。この基盤事業が、新たな挑戦を支える重要な土台となっています。

2つ目の抹茶輸出事業は、世界的な抹茶ブームを背景に急成長を遂げています。

「抹茶用として栽培されているのは、静岡県で生産される茶葉全体でも1〜2割程度。しかし、需要は全ての茶畑を抹茶用の茶葉に切り替えたとしても全く追いつかないと言われるレベルで急増しています。我々の事業としても伸びていて、会社としても注力したいと思っています」

そして3つ目が、小松さんがブランドオーナーを務めるガラスボトル入りの高級緑茶(以下、ボトリングティー)の小売事業です。同社が立ち上げたティーブランド「IBUKI bottled tea」は、一番茶のポテンシャルを最大限に引き出して作られる商品群。

日本茶本来の香り・うまみ・色を最大限に引き出すために、独自の「フィルタード・コールドブリュー製法」が採用されています。加熱殺菌を行わずに、ミクロレベルのフィルターを用いた抽出方法です。

「本物の日本茶の価値を世界へ広げていく」ことをミッションとしたボトリングティーブランド『IBUKI bottled tea』

ボトリングティー事業の背景には、抹茶ブームの裏側で日本茶産業が直面している「薄利や担い手不足といった現実をどうにか変革していきたい」という想いがあります。小松さんにとって、ボトリングティーの事業は現代における日本茶の価値を再定義し、国内外にその魅力を伝えるゲームチェンジャーとも言える試みです。

そして、これら3つ全ての事業を支える根幹にあるのが、先代・先々代から受け継がれる、「品質」に対する絶対的なこだわりです。製茶業界ならではの流動的な価格設定が起因しています。

「お茶の品質はピンキリで、和牛のようなランク付けがありません。時価で決まってしまうからこそ、販売者側が『どうしてこの価格なのか』を誠意を持ってお客様に伝えられるかが重要です。根拠を品質とともに示し、僕らが思う抹茶や煎茶、玉露を提供する。品質へのこだわりをぶらさないことが結果として自分たちに返ってきます」

品質を絶対的な軸とするカネス製茶。営業活動においては、レストランや宿泊施設が対象顧客の一例となります。商品紹介を行う際に、小松さんは独自の哲学を持って顧客に接しています。

「例えば商品をご紹介して、飲んでいただいたときに『生産地に行ってもいいですか』と言ってもらえたら勝ちだと思っています。実際に来ていただいて、僕らが『これが本当にいいところ』という点をお伝えできれば、あとはお客様が広めてくれる。ファンになってもらえるようにプレゼンテーションするのは、営業活動で意識していることです」

地方活性化の鍵、「既存リソース」を活かす事業承継

3年前に静岡に戻ってきた際、小松さんは事業承継を単なる個人的な選択ではなく、地域全体の課題と捉えるようになりました。

「日本の企業の99パーセントは中小企業で、その内、事業承継が行われている割合は4割程度。スタートアップが大きくなることよりも、既存の企業を継続できないことの方が、損失としては大きいと思っています」

小松さんは「静岡の事業承継が少しずつ盛り上がっていることを伝えたい」という強い想いから、事業承継のシーンでも積極的な活動を展開しています。その一つが、中小企業庁が主催する「アトツギ甲子園」への参画です。

「アトツギ甲子園」は中小企業の39歳以下の後継者が参加するピッチイベントです。自分たちの会社に眠る技術やノウハウといった“経営資源”をどう活かすかを考え、新しい事業アイデアとして発表します。

小松さんも参加者として取り組んできました。さらに2025年には、この「アトツギ甲子園」の活動を広め、地域の承継者たちを支援する「アトツギ甲子園公式アンバサダー」にも任命されました。

2025年8月、小松さんは、中小企業庁長官から静岡県の「アトツギ甲子園公式アンバサダー」に任命された。

事業承継の最大のメリットについて、小松さんは「リソースが既にあること」を挙げます。実際にカネス製茶では68年間続けてきた事業で得た利益を、ボトリングティーのような新規事業の投資に回すことができています。

先代たちが事業を作ってくれているので、0から1を作る必要がないということです既に走っている事業があり、それを元にチャレンジすればいいので、挑戦しやすい環境があります」

カネス製茶は地域に長年をかけて根を張り、地域の人たちに支えられてきた企業です。そのためスタートアップ企業とは異なり、事業承継者だからこそ直面する特有の課題も存在します。事業承継の課題を乗り越えるために大事なことが、「同じ視座を持っている仲間と出会えるか」だと小松さんは強調します。

「跡継ぎの特殊な部分は、自分の会社だけど孤立しやすいところにあります。もともと働いてる人は僕が雇ったわけではない。自分のやりたいことが、うまく伝わらないこともある。

そのような状況下で『それは絶対やった方がいい』『その課題に対して、うちはこうやってるよ』と言ってくれる人たちの存在は非常に大きくて。今そんな仲間を少しずつ増やしているところです」

「自分の住む地域だけで収まらずに『日本全国に出ていきたい』『世界に出ていきたい』という思いを持って事業承継に踏み出す人は多いと感じます。さらには、そのチャレンジを一緒にやりたい、支援したいと思ってくださる人の流れもでてきました」

小松さんの周りでは、今、ある好循環が生まれています。

悩みを抱える事業承継者がいれば、気にかけ、支援の手を差し伸べる人がいる。 その存在に背中を押された承継者たちは、地域外へ、さらには海外へと視野を広げ、自分たちの可能性を試していく。さらに、その挑戦の姿に共鳴した人たちが新たな協働者として関わり、また次の支援の輪が生まれていく——。こうした循環が、静岡の地で確実に動き始めているのです。

「生きてる産業」を次世代へ。地方からの挑戦がもたらす希望

「日本茶はすごくクラシカルな産業です。その家業を営む家に私はたまたま生まれただけですが、携われること自体が、恵まれているなと感じています。緑茶は国外にも発信できる強いコンテンツです」

家業を継ぐことは、事業を存続するための義務として重くのしかかる場合もあるかもしれません。しかし小松さんは代々続く伝統の重み、変わりゆく市場を直視しながら、家業を「しがらみ」ではなく海外に打って出るための「千載一遇のチャンス」として捉えています。

今後の目標は、危機に面している日本茶産業を再生し、もう一度輝かせることです。

「日本に来て『抹茶だ、茶道だ、ジャパニーズティーだ』と言われた時に、胸を張って盛り上がっている産業だと言いたい。でも実はそんなことない、というのはすごく悲しいなと思っています」

小松さんが強く願う日本茶産業の活性化。その実現のためには、産業の担い手たちが成功モデルとして、次世代の人たちに魅力的に映るメッセージを伝えていくことが必要だと言います。

「プレイヤーを増やしたい、産業を盛り上げたい。生きている産業にしたい。若い人たちに『日本茶は面白いからやりたい』と思ってもらうためには、今働いている人たちが『たくさん稼げるよ』『すごく面白いよ』という発信をしないといけないと思うんです」

事業承継という視点から地域活性化を捉え、同じ課題を持つ仲間とともに、グローバルな視野を持って地域に根ざした事業を展開する。この姿は、自分が育ってきた地域の「当たり前」を守りながら、新たな挑戦を模索する地域の事業者に、具体的なヒントと希望を与えてくれます。

伝統産業の新たな可能性。地域経済全体の持続可能な発展。皆さんも日本茶を片手に、あなたの地域の未来について、思いを巡らせてみませんか?

Editor's Note

編集後記

小松さんの視線や言葉の一つ一つには、地域産業の未来を背負っていくしなやかな覚悟が。そして時折見せる謙虚な言葉遣いからは、日本茶産業への畏敬の念が宿っていました。わたしたちが日本で過ごす当たり前の日々は、地域の人々の覚悟と想いに支えられている。そのことを忘れずにいたいと思います。

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