FUKUOKA
福岡
何を言っても、社会はそう簡単に変わらない。
変わらないから、期待しない。
現代の若者たちの間に、そんな空気が漂うようになったのはいつからでしょうか。
無力感を覚え、社会や政治への関心をなくしつつある子どもたちに、ストップをかけようとしている方が福岡県にいます。
田辺さんが市長を務める古賀市では、2023年度から市内全ての小・中学校で「水泳の授業の民間委託」を始めました。
この取り組みの結果、公共施設の予算削減に成功するとともに、プール管理による教員の負担をなくし、子どもたちの泳力向上につながっています。
前編では、公民が連携したこの取り組みが実施されるまでの流れをお伝えしました。
後編では、この取り組みを生んだ古賀市のまちづくりの裏側を通して、田辺さんが子どもたちにかける想いに迫ります。
子ども、教員、企業、自治体といった、多くの主体へのメリットを生み出している水泳授業の民間委託は、プール施設やプロのスキルのシェアを通して地域課題を解決しています。
この取り組みが生み出された背景には、古賀市での「チルドレンファースト」の意識の広がりがありました。
「チルドレンファーストは、市長1期目の時からまちづくりの核として公約で掲げています。色々なところで『子どもが第一なんだ』ということを言いまくっています。
その結果、今では市役所の職員から、自然と子どもを中心に据えたまちづくりの提案が出てくるようになりました」(田辺さん)
中には市長の気付かない間に「チルドレンファースト」が進められた事例も。
その一つが、「公園へのおむつの自動販売機の設置」です。
「公園を管理する都市整備課で働く子育て中の職員が、ある日『おむつの自動販売機は道の駅やショッピングモールにはあるのに、なんで公園にはないんだ』と思ったらしいです。
そこで、おむつの自動販売機の公園設置案が課内で協議され、のちに公園への設置許可を得て稼働を始めました。今も市内の一部の公園に、おむつの自動販売機が設置されています。そのことを私は設置後、庁議での報告にて知りました」と、田辺さんは嬉しそうに笑います。
近年コロナ禍でも、子育て・教育関係の提案が、市の職員から多く出てきたそう。
「職員の皆さんと理念をしっかりと共有しておくことが、組織を活発に動かしていくために大事。その理念を背景に、組織の各所から様々な取り組みが出てきます。こうした現象が古賀市役所内では多く見られると思います。
その中で、水泳授業の民間委託の取り組みも生まれてきた、そう捉えてもらえたらいいのかなと」(田辺さん)
子どものための独自の政策の数々はメディアに取り上げられ、市外からも「子育てや教育に手厚いまち」として知られている古賀市。
日頃からまちのビジョンを意識した行政職員の皆さんが、その根幹を確実に支えています。
「子ども第一」を掲げる田辺さんは、「子どもたち自身からの声」に直接耳を傾けることも重視しています。
「うちのまちには、給食の時間に私と教育長が現れる『ランチミーティング』があるんですよ。月に1回、市内の小・中学校を回って子どもたちと一緒に給食を食べています。
そこで『なんか思っとうことない?』と子どもたちに尋ねると、学校のトイレの洋式化の話が出たり、部活動の道具が壊れっぱなしで困っているという話が出たり…。打ち明けてもらったら、それは直さないかんねと、すぐに私が校長先生に話すなど対応しています。
こうして子どもたちに耳を傾けると、とにかく大なり小なり色々な意見が出てきます。
だから子どもとの対話の場はすごく大事。なるほど、そういう思考するんだという発見もたくさんあります」(田辺さん)
具体的には、「登下校時の通学路が狭く、車の往来が危険。ガードレールがあったらいい」という小学生の声から、担当課で道路の視察に行き協議し、路面表示を設置するという対策に至った事例もありました。
子どもたちの意見を聞いて、すぐに行動に移す。
そこへ田辺さんがこだわる理由に、「主権者教育」という言葉が出てきました。
「ランチミーティングで出た意見は、極力何かを形に残したいわけですよ。
『自分が言ったら社会がこうなった』という実感を子どもに持ってほしいんです。
権利主体として子どもをちゃんと認め、大人にものが言える環境をつくる。そして、 同じ社会の一員なんだと思ってもらう。
そのために、ランチミーティングをはじめとした、主権者教育を重視する取り組みをしています」(田辺さん)
一般的に、まちの市長と子どもたちが直接話す機会はなかなかないもの。
田辺さんの場合、市長自らが子どもたちの想いを聞き入れる場を設け、彼らの身近な社会を変えています。こうした点から、「古賀の子たちが社会や政治に接点を持ち続けてほしい」との願いが伝わってきます。
「自分の意見で実社会が本当に動くって、すごく大切な体験だと思うんですよ。
その原体験がある人は、 例えば選挙に行くことを始めとする、主権者としての行動につながるはずだと信じていて。
古賀市には、子どもの主体性を大事にしようとしたり、教育環境を整えようとしたりする土壌が大いにあります。子どもにとってより良い環境を整えるという視点は、水泳授業の民間委託にも通じています」(田辺さん)
公民が連携し、シェアリングエコノミー*の観点からも評価された水泳授業の民間委託の取り組みは、第1回全国シェアリングシティ大賞において、メディアパートナー賞の「LOCAL LETTER賞」を受賞しました。
*シェアリングエコノミー…モノや場所、スキルなどを必要な人に提供したり、共有したりする新しい経済の動きのこと
しかし、実施当初からシェアリングエコノミーを意識したものではなかったそう。
「シェアリングエコノミーを念頭に置いてまちづくりをするのはとても大事で、今は当然そうしています。
ただ、以前は違いました。社会を持続可能なものにしようと真剣に考えて、様々なアイデアや具体的な取り組みを出していたら、結果としてシェアリングエコノミーという概念を取り込んでいた。古賀市ではそういった流れでした」(田辺さん)
古賀市はまちづくりにおいて、「DX、シェアリング、公民連携、多様な人材の掛け算による共創」の4つの柱を大事にしています。
これらも、地域の課題に向き合って走り続ける中で、自然と整理されていったキーワードです。
予め掲げていたものではないとはいえ、「大きな社会の流れや時代の要請は捉えられているんじゃないかな」と市政を見つめる田辺さん。
現在では、市の職員やまちの子どもたちからの声に加え、民間企業からも「地域課題の解決のため、公共と連携したい」というアプローチが来る状況になりました。
「古賀市役所は400人ぐらいの職員体制の組織です。400人と私の頭で出てくるものは限られています。
だったら、市民の皆さん6万人と一緒にまちづくりに関わった方が良いアイデアが生まれてきます。さらには、その市民6万人だけにも制限しない、というのが私の基本姿勢です」(田辺さん)
その田辺さんのお言葉の象徴ともいえるのが、市内外の人がつながるための場として2021年にオープンしたワークスペース「快生館」です。もともと温泉旅館だった施設を活用し、スモールオフィスやコワーキングスペースを完備。仕事をしながら、温泉を楽しむワーケーションが可能となっています。
多様な人材がクロスオーバーする共創の場として機能しているこの施設を、市が主導となってつくったこの事例は、多くの地域から関心を集めています。
「快生館もそうですし、役所の働き方改革としての男性職員の育児休暇取得率100%達成や、自席を固定しないフリーアドレスデスクの導入など、色々なところから古賀市をご注目いただいています。注目していただく機会が加速度的に増えている実感はありますね。
これ以上出る杭は打たれたくないのでどうしようかなと思っていますが、この国に1,800ぐらい市区町村がある中で、古賀市ってまちはキラっと光ってるぜと思ってもらい始めてるかもなとは感じています」(田辺さん)
チルドレンファーストの土壌から芽吹いた取り組みの一つである、水泳授業の民間委託。
それは結果として、公民連携のシェアリングエコノミーにつながっていました。
そして今や、古賀市のまちづくりに関わる主体は、立場を問わず増え続けています。
声を上げれば、社会は変わる。
変わるのだから、行動しよう。
そんな雰囲気にあふれる福岡県古賀市から、これからも目が離せません。
Information
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Editor's Note
「まちづくりの基軸を子どもや子育て、教育に置くのは、まちの持続可能性を高める上で絶対」という言葉にハッとしました。田辺さんのようなトップがいる「古賀市」というまちを知れたことに感謝です。
Hiroka Komatsubara
小松原 啓加