SHIMOKAWA
下川町
マルコム・グラッドウェルの『天才!成功する人々の法則』を読んだことはあるだろうか?一部を抜粋して内容を伝えると、どんな人もある分野について1万時間練習すれば、その道のプロになれるというものです。そのときに私が思ったのは、それでも一番にはなれないのかということ。正確に言うと一番にこだわっていたわけではなく、自分がなにかを成し遂げたい、こうしたいと思ったときに選択できる自分であることにこだわっていました。
下川町での試住研修を受け入れてくれた長田さんもその一人。今回のタイトルにもある「希少価値を高めるライフキャリア戦略」を地で実践しているため、インタビューさせてもらい、私自身の視点と織り交ぜながら書いていきます。 (今回の特集の経緯はこちら)
長田さんのキャリアについて簡単にご紹介。
下川町産業活性化支援機構タウンプロモーション推進部 部長 / 長田 拓 (Taku Nagata) /海外の大学を卒業後、総合デベロッパーの森ビル株式会社に就職。六本木ヒルズのブランディングやプロモーションを担う部署で、営業・広報・マーケティングの経験を経て、北海道内の旅行会社へ転職し、地域活性化コンサルタントとして道南の自治体向けのコンサルティング業務にあたる。その後、2013年にNPO法人しもかわ観光協会の事務局長に就任。2016年より、下川町への移住促進や企業誘致、企業連携を担うタウンプロモーション推進部の立ち上げ責任者として活動中。
見ていただいているとおり様々な経歴を持っていますが、長田さんにキャリアを選択するときの軸はなんですか?と聞くと、「日本に恩返しする」というフレーズが即答で返ってきました。きっかけは、人生の転機になったと語るアメリカでの留学生活。小さいころは、身近に山があり、そのなかで遊んだことも合ったと話す長田さん。そうしたなかで自然環境の変化を間近で見てきて環境が大きく変わることへ想いを募らせ、環境学を学ぶ道に進むことを決心。当時、環境学を専門的に学べる学校が日本になかったため、アメリカの大学に入学することに。なんと入学した大学での環境学部内には、日本人はおろか、アジア人も長田さんのみだったというから驚きです。このアメリカでの大学生活が、長田さんの今後のキャリアを決める経験になっています。アメリカの大学生活では、あなたはどう思う?と聞かれるたびに、自分自身の意見を常に考えてきた。と同時に、相手の意見を以前より聞くようになったという。この部分がとてもおもしろいと感じました。自分の意見はあくまで一つの側面であり、相手の意見も聞くことによって多面的に捉えられるようになり、考えや選択肢の広がりをみせる。また、お互いの意見を尊重するという文化を手に入れた瞬間だったのではないかと想像します。そうしたアメリカで過ごすなかで、日本文化の良さやどう着飾っても日本人であるというアイデンティティに目覚め、この頃から「日本に恩返ししたい」という想いが強くなったと話す。
日本に恩返しするために、どんなキャリアがあるのか?大学3,4年にずっと向き合っていた問い。そうして選んだのが、まちづくりをおこなう都内の大手デベロッパー。
そこで六本木ヒルズの営業・PR・飲食プロモーションなどに関わり夢中になって仕事をして、この道で生きていこうと考えていたそうです。そんなとき、東日本大震災が起こり、このままで良いのかを考え始めるきっかけに。特に何もしなくても年収は上がっていくし、会社も都市開発に特化していてダイナミックで面白く、好きな仕事で、それだけの収入があれば今後、辞めることはないだろうなという想いと、いつか地方に入っていくことを考えていたこともあり、辞めるならこのタイミングしかないと転職を決意。この決断の仕方も「日本に恩返し」を掲げる長田さんらしさを感じます。そこから、札幌に渡り、ご縁で下川町の谷町長より直接声をかけてもらって、観光協会の事務局長を3年勤め、そこから現職であるタウンプロモーション推進部を立ち上げています。驚きなのは、下川町に経験を積みにきているのでいつか離れるかもしれないことを事前に伝え、町長も周りも承諾の上で一緒にやっていること。長田さんの誠実さと下川町の懐の深さを感じずにはいられません。
ここまで話してきて、実は「希少価値を高める」ことも考えながらキャリアをつくってきたと話す長田さん。話を聞いてみると、100年ライフにも通ずる考え方を持っていました。アメリカでは唯一のアジア人、日本人として、大手デベロッパーでは海外留学を経験したマチづくりの一員として、下川町ではPR・マーケティング担当として、常に希少価値の高い環境に身を置くことを一つの選択基準として持っています。そして次の環境に行くときには、前の環境で得たスキル、経験、文化などといった無形資産で希少価値を高めている。そう考えると、地方への移住・転職も日本への恩返しと希少価値を高める、両方に沿った選択といえます。
「僕はローカルの人たちや都会の一般企業に勤める会社員の考え方や言葉も理解できるし、行政の言葉も理解できるのが強いと思います。」これまでのキャリアを活かす応用力と、自身の価値を所属する場所によって変化させる柔軟性を持ち合わせているのは、キャリアを点として捉えるのではなく人生という線で捉えるから。それが長田さん流のライフキャリア戦略。
これからの時代に目を移すと、複数の組織に所属する、フリーランスとして複数のPJへ参画する、多拠点で複数の場所で暮らすなど多様な働き方が増えつつある。それぞれのコミュニティでの価値観、文化を理解しつつ、言葉(背景にある価値観)の違いを翻訳できる越境人材が希少価値を高めていくのではないか?と、長田さんのインタビューを通じて私自身、改めて感じています。地方創生のPJで失敗談を聞いたり見たりしてきたが、行政と民間でのスピード感の違い、進め方の違いや子どもと高齢の方など、言葉(背景にある価値観)の違いが大きく影響しているのでは?という仮説を持っているため検証していきたいと思います。
一つのライフキャリアの選択肢として、今までのキャリアを活かして、地方での活躍を考えてみるのもありではないでしょうか。