レポート
世の中の交通手段を1つのサービスと捉え、その交通の手段に関わらず、シームレスにつなぐことで交通の利便性を高める取り組み、MaaS(マース)。
現在、交通手段が貧弱な地方在住の高齢者は、免許証を返納したくてもできないという状況に陥り、交通弱者のために、循環バスが運行されていても財政負担や運転手不足などの課題が多くの地域にあります。
これからさらに加速していくであろう、地域の交通問題に、どうやって立ち向かっていくべきなのでしょうか。
そこで今回は、北海道上士幌町を舞台に開催した地域経済サミット「SHARE by WHERE」の中でも「モビリティ改革!地域版MaaS実現への道のり」と題して、上士幌町で実際に、MaaSプロジェクトを主導する実践者たちが行なったトークセッションをお届け。
地域の限られたリソースや、限られたモビリティでいかにMaaSを実現していくか、それぞれの考えを伺います。
稲垣(モデレーター):早速本題ですが「MaaS」における地域課題は何でしょうか。
佐治:僕が感じる課題は「技術」「ビジネス」「法律」「受容性」です。
自動運転バスの実験をしていた時、地元のおじいちゃんおばあちゃんが泣きながら「絶対成功させてほしい」と応援してくれた経験があります。これって嬉しいんですけど、裏を返せばそれだけ地域の交通は深刻だってことなんです。
技術的にはすでに実験で走らせることには成功しましたし、法律も、法改正されて自動運転ができるようになりました。
ですが、地元住民が自動運転を認めてくれなければできませんし、お金もかかるので、そこが最初の課題ではないかなと。
梶:上士幌町は、人口5,000人の町ですが、そのうち4,000人は市街地に住んでいるので、そこに定時路線があってもコストに見合います。ですが農村地域や温泉街などが、そこから大きく離れて500人ほどという人口構成なんです。
町が無料の福祉バスを出しても、時間帯によっては誰も乗っていないケースはあって。だから「もったいない」地域の人から声はあがりますが、車を運転できない高齢者の方は当然無くされたら困る話なんですよね。
これをどう効率化するかと考え、デマンド化に舵を切りました。現在はそれぞれの路線バスを1つにして、好きな曜日を選んで家の前まで迎えに行く方式にしています。
梶:あとは、予約のオペレーターを設けると財政的に厳しいので、80代90代の方でも予約できるように、一方通行で迷わない、字もボタンも大きい、とにかくわかりやすいUI設計をして、タブレットから予約できるようにしました。
高齢者のスマホ教室みたいに結構丁寧に地域おこし協力隊のメンバーが、高齢者の方にタブレットが使えるようになるまで教えてくれていて。どうしても最初はお金と人を投じて、アナログでやることは必要ですが、最終的には負担は大きく減るのではないかと考えています。
山村:自動運転に取り組んだのは、少子高齢化が進む中で高齢者の移動をどうにかできないかと思ったことがきっかけです。当時の自動運転には「これさえあれば万事解決」という魔法のようなイメージがありましたが、そんなことは全くなくて。
行政がやるMaaSは公共交通に寄ってしまいがちですが、求められる理想って、いかに長くマイカーを運転できるかということなので、ギャップが埋まらないことも課題に感じています。
稲垣:上士幌町の自動運転の導入に関して、どんな流れでスタートしたのかお伺いしたいです。
佐治:まず「すごい自治体がある」って人伝てに聞いたんですよね。自動運転に向いてるんじゃないかと。
それで、実際に上士幌町に来てみたら梶さんに出会いまして、2015年にハンドルのない自動運転車がフランスにあったんですけど、それを2017年から2台上士幌町に持ってきました。
警察や国交省から、「これは本当に車なのか」と散々言われたんですけど、一般公道を柵で囲って私有地を無理やり作って「走れます!」とアピールしていました。
そこから実績を積むために、北海道警察の方に走っている様子を見てもらって、3年目にはナンバープレ―トをとって、団地へスーパーのお弁当を届けられるまでになりました。去年は雪でも運転できるのかという実験まで進んでいます。
稲垣:このような取り組みをするにあたって、どんな方々と調整をなさったんですか?
梶:上士幌町内でも、特に交通事業者さんには、自動運転を導入する意味を理解してもらえるよう意識しています。
先ほどの話だと、デマント運行になって行政の負担が減って、高齢者の利便性が上がってwin-winのように感じますが、交通事業者からすれば、人と車を抑えるという意味では定常運行と同じです。
自動運転導入によって委託料を減らすとなったら、雇用が成り立たなくなる。でもその一方で自動運転が実現できたら、運行状況をICTで見える化して、流通課題に取り組むなど、別の業務に時間を割いて有効活用もできます。こういった交通事業者の視点からメリットを提示することで、協力していただいていますね。
山村:やっぱり理解してもらうには、実際に乗ってもらうしかないと思います。そのうえで話を聞いていくことを重ねないとダメだし、ここを飛ばすと後でもめてしまうのではないかと。
あと福井県の場合、大きな企業さんに認めてもらうと話が進みやすい印象がありました。なので外から認めてもらうことが地元住民の理解を得るには大事だと思いますね。
稲垣:自治体という観点で、人やお金というリソースを確保するためにはどんな秘訣がありますか?
梶:たとえば調整や、公道の封鎖などは全部こちらでやっています。「フィールドワークは全て提供するので、ぜひわが町を使ってください」という形で企業さんに提案していますね。どうしてもお金がかかる話なので、そこは国の交付金を上手く利用していきながらですが、1番に取り組む地域は国からも支援してもらえます。こうすることでイニシャルコストがかからないんですよね。
あと、国が交付金を出す理由は全国への横展開を見据えてなのですが、これは私たちにもメリットがあることでして。例えば今後、上士幌町だけで佐治さんの遠隔システムを使おうとすると利用料を払いきれません。でも利用する地域がどんどん広がれば、私たちの負担も減ります。これが戦略と言えるかなって思いますね。
稲垣:ブランディングについてはどうされてますか?
梶:私たちが汗をかいて人とつながったり、関係機関と調整したり、都市部企業と生産者さんがつながるビジネスマッチングの仕組みをつくっています。この仕組みさえつくっていければ、口コミで広がっていくし、それに勝る広告はないと考えています。
稲垣:永平寺町ではどのような工夫をされていますか?
山村:永平寺町では、町長が積極的にイベントに出てPRしています。あと皆さん「やれる人がいない」ってよく言うんですけど、いないわけがないというか、やるかやらないかでしか無いのかなって僕自身は思っています。
佐治:おふたりの自治体を見ていると、企業として惹かれるのは、お金や物、フィールドというよりも、このスピードだと思うんですよね。ベンチャー企業は特に時間を戦略に置いているので、早く一緒にやれるのは強みだと感じます。都市の規模が小さいと、意思決定も早いんです。だから2万人(永平寺町の人口)とか5,000人(上士幌町の人口)はめっちゃいいなって思います。なので、今は地方にチャンスが来ているんですよ。
最初から本音で話せるか否か。自治体にも事業者にもメリットがあるカタチを一緒につくる
稲垣:では、自治体としてはどんな事業者と一緒にやっていきたいと思いますか。
梶:上士幌町のモデルを理解してくれているところですかね。
最初は交付金を使ってイニシャルコストを賄えたとしても、賄える期間は限られています。なので、将来的には自分たちで賄えるようにならなくてはいけません。
でも自分たちで儲けるなんて5,000人の町では不可能なので、上士幌町では自動運転でビジネスモデルを作って後は横展開で売ってくださいと伝えています。
「持続可能な町を目指している」ことを理解していただける企業に、今は来てもらっていますね。
山村:私はメリット・デメリットをはっきり伝えてくれる事業者の方が良いなって思います。
綺麗ごとだけを掲げているところは得てして続かない事が多いので、事業者自身にもメリットがあるんですと伝えてくれるところとの方が実際、長い付き合いになっていますね。
かけ違いを起こしたまま進めると、住民を巻き込んだ後の大変さをよく知っているので、最初から本音で来てくれた方が嬉しいなと。
稲垣:自動運転に限らず、新しいことをやっていくにあたって、乗り越えなくてはならない課題や苦労は何でしょうか?
山村:やっぱり予算を通すには住民と議会に説明をしなければいけないのが大変です。「人が運転するよりも自動運転の方がメリットがある」というのを伝えて、承認を得て予算をとっていくのが一番苦労する部分だと思いますね。
梶:やっぱりまだまだ批判の方が多いですし、理解してもらうのも難しいんです。今は好評なデマンドバスも最初は批判されていたので。不安を無くすために、1個ずつ小さな実績を積み上げて見せていくしかないかなって思います。
稲垣:自動運転の今後の展望を教えてください。
佐治:反対してくれている人って、ある意味興味を持ってくれているので、納得いただければサポーターになってくれます。でも難しいのは無関心層なんですよね。なので、その層まで口コミを広げていければなと思います。
後はお金で言うと、赤字を補填する事業金では無く、自治体の交通を維持する金額を渡せる仕組みをつくれれば、その分消費を拡大していくことができ、経済も活性化すると考えています。なので、自動運転という新しい仕事ができて、地域にお金を落とせるようにすることが展望ですね。
梶:議会で自動運転の話をするとアナログのコミュニケーションが消えるという話題が多く出ています。運転手がいなくなりますからね。
なので運転手の代わりにVRで高齢者の大好きな演歌歌手が歌いだすみたいな、自動運転の乗り物だからこそできる、次世代のコミュニケーションの取り方を、自動運転というコンテンツとして出していけたらなと思います。
山村:移動交通サービスはあくまで目的地に行く手段なんですけど、自動運転は移動空間になりますからね。なので、梶さんが言うように移動しながら演歌歌手の歌が聴けるとか、他にもマッサージをしたり、英会話をしたりと「目的」になりうる可能性がある。今後は移動するサービスの加工も色々試していけたらなって思います。
YUYA ASUNARO
翌檜 佑哉