MIYAZAKI
宮崎
1度は買ってもらえた。足を運んでくれた。
——では、そのあとは?
SNSに通販、ふるさと納税。
届けるだけなら、簡単な時代になりました。
だからこそ、つながって終わりでは、もったいない。
良いものも、縁も、巡らせてこそ、次の何かが生まれます。
その循環の輪が地域まで広がったとき、想いはもっと遠くまで届くはずです。
宮崎県児湯郡(こゆぐん)新富町(しんとみちょう)。
町役場からほど近い商店街の一角に、「松浦牧場のみるくハウス」はあります。
店主の松浦ちひろさんは、家族が営む松浦牧場の牛乳を、ソフトクリームなどの自社商品にして届けています。
時には牛にふんしたキャラクター「新富町のミル姉さん」として、SNSでの発信も行っています。
キーワードは「命の循環」。
人、もの、経済。あらゆる資源を無駄にせず、循環させる取り組みの根幹には、周囲へのリスペクトがありました。

「松浦牧場は新富町で酪農をしていて、140頭くらいの牛がいます。そのうち牛乳を搾っているのが80頭ほどです。酪農自体は主人とその両親が中心になってやっています」
松浦牧場は、牛の飼育方法にこだわっています。
「初めて訪れたときに牧場がすごく静かで、『牛って鳴かないの?』と聞きました。そうしたら『餌もちゃんと食べられて、水もあって、綺麗な寝床でゆっくり眠れて、ストレスができるだけないようにしているから、鳴く必要がないんだよ』って言われたんです」

牛たちが快適に過ごせるよう飼育環境に配慮しながら、質の良い牧草を与え健康な牛を育てることを大事にしています。
こうして生産された牛乳は、一般的な流通にのせると、いろいろな牧場の牛乳と一緒に農協でまとめられて、乳業メーカーによって私たちの食卓へ届きます。
「主人がインターンシップ先のアメリカの牧場で、自社の商品を作って地域の人と交流するような牧場経営を学んできたこともあり、せっかくこだわって生産している牛乳の美味しさをもっと消費者に届けたいと考えました」
そこで、自社製品を作ることになりました。
「加工品も考えましたが、やっぱり素材そのものの牛乳を売ろうという話になり、2021年に『まつうらみるく』の販売を開始しました」
私たちがスーパーで目にする牛乳の多くは、ホモジナイズ処理と呼ばれる、脂肪成分を均質化する処理を行い、高温で殺菌されています。
まつうらみるくは、ノンホモジナイズ低温殺菌製法を採用し、しぼりたての生乳に近い風味とコクを感じられるのが特徴です。

「最初は本当に少量だったんですが、現在は搾った生乳の9割を農協に卸して、残りの1割で自社商品を作っています」
まつうらみるくの販売を始めてみると、県内で反響がありました。
「南国プリンさんという会社が『商品に松浦牧場の牛乳を使いたい』と言ってくれたんです。それが、牛乳だけでなく加工品を作って販売する、6次産業化のきっかけになりました」
新たな商品として、目をつけたのはソフトクリームでした。
「私は普通のソフトクリームを1人で食べきれないんです。美味しいとは思うけど、甘すぎると喉が渇くし、最後ちょっと疲れる感じがする。そんな私でも食べられる、後味がすっきりしたソフトクリームを作ろうと考えました」
知り合いのパティシエに相談し、ソフトクリームミックスの材料や配合を変えながら試行錯誤しました。
「酪農家が作るソフトクリームだから、牛乳の割合を最大限あげてもらいました」
製造工場も見つかり、2年ほどかけて、納得のいく商品が完成しました。

しかし、いざ売り出そうという段階になって、想定外の問題が立ち上がります。
「販売してもらう予定だった場所が、事情により使えなくなってしまったんです」
実はこのときまで、店舗を持つつもりはありませんでした。
危機を救ってくれたのが、普段から関わりのある地域商社のこゆ財団*だったそうです。
「こゆ財団さんが借りているカフェの物件が空いているから、『よかったら使いますか』と言ってくださったんです」
こうして思わぬ流れで直営店の営業が決まり、2024年8月、松浦牧場のみるくハウスはグランドオープンしました。

「みるくハウスは、牛乳の美味しさを伝える場所にしたいと思ってやっています」
ちひろさんはお店の営業を担当し、商品開発や卸先への配達にも駆けまわっています。
*正式名称『一般社団法人こゆ財団地域づくり推進機構』新富町の旧観光協会をもとに設立され、地域でチャレンジする人を応援する事業に取り組む地域商社。
みるくハウスでのちひろさんには、もう一つの顔があります。
牛柄のエプロンと被り物、そして顔を斑点模様に黒く塗った姿「新富町のミル姉さん」です。
「最初は化粧品で顔を塗っていたんですけど、今は水性マーカーで描いているんです」
かつてのバラエティ番組のキャラクターからインスピレーションを受けて、SNSで発信するときやマルシェなどのイベント出店の際にはミル姉さんとして立ちます。

印象に残る姿で、牛のことや牧場の日々を伝えていく。
きっかけは、周りの人たちの後押しでした。
「『ミル姉さんって知ってる?やってみたら?』と勧められました。最初は、いやいや無理無理! と断ったんですが、別の方からも『キャラを立てたほうがいいよ』と言われて、自分なりにアレンジしてやってみたら意外と楽しかったんです」
愉快そうに話すちひろさん。イベントでは子どもたちが「やってみたい!」と集まることも。
「少しずつ認知されてきて、ミル姉さんとかミル姉と呼んでもらえることも増えました」
一方、発信を続けるなかで、戸惑うこともあったといいます。
フォロワーがまだ100人ほどだった頃、牧場経営について心ない言葉が寄せられたことがありました。
「牛をいじめているとか。そんなことしていないのにと思いましたが、根拠のない情報を鵜呑みにしてしまっているんだなと思って、生産現場をちゃんと伝えないといけないと考えるきっかけになりました。
SNSって怖いなと思うこともあるんですけど、ちゃんと伝えられるツールでもあるし、発信がしやすくなっていい時代だなって思います」

発信にあたって、こゆ財団も助けになってくれるといいます。
個別で発信をしている生産者を、新富町の生産者として改めて消費者に向けて紹介しています。
「こゆ財団をベースとして、よりまとまりのある発信ができていると思うし、地域のいろんな人がつながっているのを実感しています」
そのおかげで、特定の生産者だけでなく新富町全体を巡りに来てくれる人もいるそうです。
「新富町の生産者に会いたいと思って来てくださる。新富町の人ってみんな良い意味で濃くて変な人ばかりなので、私もミル姉さんとしてより目立たないといけないですね」
松浦牧場が大切にしているのが、命の循環です。
「牧場の中でいうと、牛が餌を食べて、そのフンが堆肥になる。堆肥を畑にまくと、また栄養たっぷりの牧草ができて、それをまた牛が食べる」
牛の堆肥で育てたお米『まつうらみるく米』は、その循環を体現しています。
「命の循環といっても、いろんな循環があると思っています」
松浦牧場には、地域の子どもたちが遠足や職場体験で訪れることもあります。
「スーパーに並ぶ牛乳を見るだけだと、牛のことってなかなか思い浮かばない。どうやってできているのかも考えない。牧場に来ると、食べ物が自分たちの食卓に届くまでの裏側を考えるきっかけになります」
牛乳を通して学んだことを、「野菜などの他の食物にも幅を広げて考えて欲しい」とちひろさんは願っています。

食べ物の循環を伝える場所は、人と経済の循環も生んでいます。
「今使ってくださっている飲食店さんが『まつうらみるく美味しいよ』と紹介してくださって、『うちでも扱いたい』と問い合わせをいただくこともあります」
販路が増えることで、自社工場を持たない松浦牧場が委託している製造メーカーも潤います。
そうして結ばれた縁は、みるくハウスにも活かされてきました。
「私は飲食店の経験がほぼなかったんですが、卸先の人たちが『こうした方がいいよ』『メニューはこうやって作るんだよ』と、いろいろ教えてくれました。本当に、人に恵まれたなと思います」
その関係性は、単なる取引先という間柄にとどまりません。
「卸先の中には子育てしながら開業して、バリバリ働いている女性が結構いるんです」
ちひろさん自身も現在、3歳、5歳、8歳の子どもを育てています。

「自営業を続けながら子育てをするのは、楽しいこともありますが大変なことも多いです。
皆さん、私よりもちょっと先の子育てをしているので、アドバイスをくださったり『ちひろちゃん頑張ってるね!』と励ましてくれたりして、心の支えになっています。本当にみんなのことが大好きです」
みるくハウスの開店からもうすぐ2年。
親としても、経営者としても立場が変わってきています。
「まだ子どもが0歳や1歳で、若くしてお店を立ち上げた人もいます。そういう人には私がたくさん心の支えになってあげたいです」
うまく言えませんが、と言いながらもちひろさんは、「リスペクト」という言葉を口にしていました。
ちひろさんは学生時代から、宮崎県の食材を使った商品開発をしたいと考えてきました。
「食べるのが好きという理由で食品系の大学に進んだんです」
勉強してみると、宮崎県にはたくさんの美味しい食材があることを知りました。
「東国原英夫さんが宮崎県の知事になった時に、マンゴーや地鶏などの宮崎の食材は注目を浴びました。だけど、宮崎といえばこれ、というような名物のお菓子や加工品は思いつかなかったんです。
一生懸命作ってくださっている方がいて、めちゃくちゃ美味しい素材があって、それが商品になっていくっていうのが面白くて商品開発をしたいと思うようになりました」
その後、ちひろさんは新卒で食品会社に就職しましたが、思い描いた開発のイメージとは少し異なりました。
「結婚して松浦牧場にやってきたことで、牛乳という美味しい素材を活かした商品開発に携わることができるようになりました」

ただ、長いこと実現できないまま温めてきた夢がありました。
それはバターを作ること。
既に、牧場体験ではバター作りのメニューがあり、喜ばれていました。
しかし、製品化するには1つ大きな課題が立ちはだかっていました。
「200gのバターを作ろうと思ったら、4リットルの牛乳が必要なんです。3.8リットルくらいは、無脂肪牛乳になる。その無脂肪牛乳を商品やメニューにしないと、バターを製品化することができなかったんです」
大切な牛乳を無駄にしないため、みるくハウスではその使い道を模索してきました。
その結果生まれたメニューの1つである『みるく氷のソフトクリーム』は、無脂肪牛乳をそのまま凍らせて、かき氷のように削り、ソフトクリームやソースと合わせた商品です。
また、ほかの事業者と組んだ商品づくりも進めました。
「牛乳にはタンパク質を柔らかくする効果があって、お出汁とすごく相性が良いので、飲食店さんと一緒に唐揚げの素を作りました」
それ以外にも考えているのが、健康志向の消費者を意識した無脂肪ヨーグルト、すっきりした後味の練乳に、キャラメルやクッキー。
「2年くらいかけて、やっと使い道の目処が立ってきて、バターが作れるようになりました」
ちひろさんは感慨深げに話していました。

取材時のみるくハウスは、一時休業中でした。
それは2026年7月に予定している、リニューアルオープンの準備のためです。
バターを作る新しい設備を整えたり、乳製品を作るための許可を取得したりとちひろさんは奔走しました。
「1つクリアしたら次の課題が出てと大変ですが、ようやくゴールが見えてきました」
なにも無駄にしない、松浦牧場とちひろさんの挑戦は、新しい循環の輪として広がろうとしています。
Editor's Note
ちひろさんは取材時に、たくさんの人やお店の名前を出して感謝を口にしていました。いろいろな人が助けたくなる。それは日頃からちひろさんがその気持ちを持っているからだと感じました。
NOBUHIDE HONDA
本田 信英