HIROSHIMA
広島
いつかは自分の夢を叶えたい。
でも、「準備が整ったら」「もっと勉強してから」「完璧な計画を立ててから」ーー
そんなふうに思っているうちに、時間だけが過ぎてしまっていませんか?
じゃあどこまで準備すれば絶対に成功するのか。そんなの誰にもわからない。
夢へ踏み込むあと一歩が怖いアナタへーー。
今回お話を伺ったのは、美谷ファームの美谷 勇さん。
広島県江田島市で、スイーツの製造・販売をメインに、雑貨やドライフラワーも扱うお店を営んでいます。
そんな美谷さんに対し、インタビュー以前は「いつかは自分のお店を」と、計画を立てて着実に歩んできた方だと思っていました。しかし実際にお話を伺ってみると、そのイメージは大きく覆されます。
美谷ファームができるまでの道のりは、「やってから考える」の連続だったのです。
農業をメインに始めるはずが、気づけばケーキ作りが中心に。
しかも、ケーキ作りは独学で、まさしく「ゼロ」から始めたのです。
「準備ができてから」ではなく、「まずはやってみる」
そんな美谷さんの歩みを紐解くと、「いつか」を「いま」にするヒントが見えてきました。
今回取材した美谷ファームさんのお店があるのは、広島県の江田島市(えたじまし)。
瀬戸内海の大小9つの島々で構成され、人口およそ2万人のこの島は、広島市からフェリーで約30分ほどでアクセス可能です。
穏やかな瀬戸内海に囲まれ、四季折々の風景の中で、時間がゆったりと流れています。
そんな江田島で、令和2年に自宅をリフォームしてスイーツ店をオープンした美谷さんは、もともと広島市内の有名スイーツ店に勤めていました。
美谷さんが江田島に移住したのは、「自分で安心な果物・野菜を育てたい」「自然の中で仕事がしたい」という想いから。農業を学び、独立しようと考えていたからでした。
独立するうえで店舗での販売やイベントへの出店を考えたときに、「野菜の販売だけではなく野菜を使ったお菓子を販売できないか?」と、スイーツの製造・販売にも興味を持ち始めます。
とはいえ、広島市内のスイーツ店に勤めていたときは販売担当のみで、「ケーキ職人」としての経験はゼロ。そのため、始めは「とりあえず、クッキーなどの焼き菓子から始めよう」と考えていたそう。
道具は、小さな家庭用オーブンとハンドミキサーだけ。スイーツメインのお店にする予定はありませんでした。
しかしある日、友人から誕生日ケーキの依頼が舞い込んだのです。
「ケーキ作れる?」
「作れます!」
その一言をきっかけに、「あそこでケーキが買えるらしいよ」と口コミが広がっていきました。
当時、江田島にはケーキ屋さんがなく、「誕生日ケーキを買うために、車で20〜30分かけて買いに行くのは大変」という声が多かったといいます。
当初はケーキに力を入れるつもりはなかった美谷さんでしたが、思っていた以上にスイーツの需要が大きく、気づけば農業ではなく、スイーツが事業の中心になっていきました。
またある日、美谷さんのもとに、お客さんから新たな注文が入りました。
「シフォンケーキ、作れますか?」
「作れます!」
…が、実際には一度も作ったことがない。
「予約を取ってしまった以上、作れるようになるしかない」
そこから美谷さんは猛勉強。YouTubeで動画を見たり、本を読んだり、試行錯誤を重ねました。
「全然うまくできなくて、でももう予約とっちゃったからいろんな人に聞いたりとかして。ケーキがまったく膨らまないところから、なんとかかんとか膨らませる。胃が痛くなるような思いをしながら、必死にやってきたっていう感じですね。ずーっと」
当時を思い返しながら、少し楽しそうに話す美谷さん。
「ちなみに、どうやって勉強したんですか?」と尋ねると、こんな答えが返ってきました。
「技術的な教材は本ばかりで、ヘラの動かし方すら、自分にはわからなかったんです。でも当時は、コロナ禍で出歩くのが制限されていたので、YouTubeの動画がすごく流行っていて。僕も動画でヘラの動かし方などを勉強しました」
こうして、美谷さんは“実際に作る”ことを通じて、技術を磨いていきました。
現在、シフォンケーキはお店の定番商品。リピーターもつくようになったそうです。
「やったことないけど、なんでも作りますよ」
その挑戦の積み重ねが、今の美谷ファームにつながっています。
美谷さんは元々、「いつか自分で農業をやろう」と考えていました。
しっかり足固めをしてからやろう、自信がついたらやろう。
そう考えているうちに 「あと何年『いつかやる』と言い続けるんだろう?」「自信がついたらって、その『自信』って何なんだろう?」と疑問が湧いた美谷さん。
「やってみたらいいのに」という友人の応援もあり、自分に逆らって「やろう」と決めたといいます。
もちろん、不安はありました。でも、“戻れる場所”を確保したうえで、一歩を踏み出したといいます。
「いきなり店を構えるのではなくイベント出展をしてみる。畑だったら小さな範囲でやってみる。ちゃんと利益が出るかどうか確かめてから広げればいいし、ダメならやめて別の道に進んでもいい。そうやって小さく始めることで、精神的に安定して始めることができました」と美谷さんは語ります。
ーーもし、あのとき決断しなかったら?
おそらく、今も「いつかやる」と言い続けていたかもしれません。
“やってから考える”。その覚悟こそが、「夢」を「現実」に変える力になると、美谷さんのエピソードは教えてくれます。
美谷さんがスイーツ作りを続ける中で、何よりも大切にしてきたのは「自分自身が楽しめているかどうか」。
「まずは自分が食べたいと思えるものを作る」
「そして、お客さんが喜んでくれる顔を想像しながら手を動かす」
そんなシンプルな動機が、すべての原動力になっています。
最初は丸だった形のケーキも、次に作るときは四角にしてみたり、あるいはハート型にしてみたり。
お客さんから「前に見た黄色いケーキが気になる」と言われても、「あれ、どれだったっけ…?」と自分でもわからないことがあるほど。 でも、それでいい。
「こうあるべき」ではなく、「こうしたい」。
決まった型に縛られるのではなく、自分の中の“好き”や“ときめき”に正直に、自由に作っていく。
美谷さんのケーキには、そんな遊び心と柔らかさが詰まっています。
そんな美谷さんが、今あたためている “次のやってみたい”は——
「江田島をPRできるようなお土産をつくること」
「自分で育てた果物を使ってお菓子をつくること」
「江田島にスイーツ店がもっと増えたら、うちは焼き菓子専門にしても面白いかも」
そんな風に、夢はさらにふくらんでいきます。
次の「こうしたい」が、またひとつ、ムクムクと芽を出していました。
「もう少し準備が整ったら」
「もっと経験を積んでから」
「今はまだ早い気がする」
ーーそうやって、“そのうちやろう”と考えていることはありませんか?
「完璧な準備ができるまで待とう」
そう考えるのは、ある意味安心かもしれません。
でも、そのタイミングっていつになるんでしょうか。
美谷さんは、シフォンケーキを作ったことがなくても「作れます!」と注文を受けました。
農業を独立してやる自信がなくても、「今やろう」と決めました。
何かを始めるときに必要なのは、「できるかどうか」よりも、「やる」と決めた気持ちと、その熱量なのかもしれません。
大切なのは、“今この瞬間”のワクワクや直感を信じること。
アナタが「やりたい」と思ったタイミングこそが、実は一番の始めどきなのかもしれません。
本記事はインタビューライター養成講座受講生が執筆いたしました。
Editor's Note
「やりたいように自由にやっちゃってるんで。」と笑う美谷さん。でも、妥協せず、自分の中の”こうしたい”という想いを大切にする姿勢には芯の強さを感じます。肩肘張らず、等身大で続けるその姿がとても素敵。江田島に行く機会があれば、ぜひ美谷ファームさんへ足を運んでみてください!
MIKU TADOKORO
田所 未来