町づくり
※本記事は「ローカルライター養成講座」を通じて、講座受講生が執筆した記事となります。(第2期募集もスタートしました。詳細をチェック)
今は「地元」を離れて暮らしているけれど、いつか地元に戻りたい。せっかく戻るのなら、何か「地域」に貢献できる「取り組み」をしてみたい。
「地元」を盛り上げようと、挑戦しているもののイマイチ手応えを感じられない…。
そんな思いや悩みを抱きつつも、具体的に何をしたらいいのか?突破口を見出せずにいる人は少なくはないはず。
そんな人にぜひ紹介したいのが、香川県三豊市在住の今川宗一郎さんだ。
地域密着型スーパーの三代目として家業に従事しながら、離島での移動販売やかき氷カフェ、100年近くも続く老舗かまぼこ店まで廃業寸前の事業を「継承」。さらには、家業の「スーパー今川」を文字った新会社「ウルトラ今川」を創設。気がつけば、10足以上のわらじを履いている。三豊に暮らすさまざまな人たちとタッグを組みながら、立ち止まることなく、新たなことに挑み続けている今川さん。
そんな彼が抱き続ける思いとは?
地域に関わる活動を始めて10年の節目を迎える2022年。これまでを振り返り、あらためて何を感じているのか?11年目を迎える今の思いを伺った。
香川県西部に位置し、人口6万人ほどの三豊市は、海・山・田園地帯、すぐそばにある豊かな自然が何よりも魅力だ。地元写真家のSNS投稿をきっかけに大人気となった「父母ヶ浜」は、“日本のウユニ塩湖”と呼ばれ、遠方から多くの人が足を運ぶ新たな観光地となっている。
そんな三豊市に暮らす今川さんは、地域密着型スーパー「スーパー今川」の3代目だ。祖父が創業し、父が代表を務めるお店で働き始めたのは18歳のとき。子どもの頃から3代目であることは理解しつつも、後を継ぐなど先のことは、あまり意識したことがなかった今川さんが家業を手伝うことになったきっかけは、大学中退だった。
特に学びたいことがあったわけでなく、野球推薦で三重県の大学に進学した今川さん。しかしながら、これまでと違う環境での一人暮らしに、極度のホームシックにかかり「地元に戻りたい」とわずか3ヶ月で退学。
「野球への未練が全くなかったわけじゃないけど、それより帰りたい気持ちの方が強くて。親は、高い学費を出したんだからがんばれ!って感じでしたけど。でもそれでも帰りたいなら、店を手伝うのが条件だってことになったんです。帰る理由というか、言い訳ですね」(今川さん)
これは、10代の若い頃から、地元への強い愛着を持っていたことをうかがわせるエピソードである。
その後スーパーで働き始めた今川さんに、再び転機がやってきたのは24歳の頃。町づくりを考える会に呼んでもらったことから、地元・仁尾町のことをより真剣に考えるようになり、「経営者育成プログラム」にも参加。
「小さな規模のスーパーってそんなに儲かるわけじゃない。利益を出しにくい商売なんです。祖父は数字に強い経営手腕のある人でしたが、父はそうでもなくて。でも、人柄というか、僕と同じで周りから可愛がられるタイプ。父がよく言うのが『人にしてあげて悪いことはない』って言葉。これ、結構気に入っているんです。そうか、だったら気にせずにどんどん積極的にやっていこうって背中を押してくれるんですよね。」(今川さん)
自分たちが地域の人を支えているのではなく、自分たちが支えられているということ。だからこそ、地元を大切にしたい。自分を育て支えてくれた町に「恩返しをしたい」と気づいたのだと真っ直ぐな視線と屈託のない笑顔で語る。
そして「経営者育成プログラム」から半年を待たず、「初めて」の事業継承となる「移動販売」の話が舞い込んで来たのだ。隣町のスーパーが廃業することになり、「今川くん、行ってくれんか?」の声がけに、お父様をはじめ今川さんのご家族も賛成。すぐに移動先を一緒に回り、引き継ぐことを決めたという。
二つ目の継承は、父母ヶ浜で営まれていた「かき氷カフェ」。今でこそすっかり観光地となり、人で賑わう父母ヶ浜だが、当時はそこまででもなく、前オーナーはわずか半年足らずで閉店。家族からも「この町で飲食店は流行らない」と強く反対された。それでも「父母ヶ浜に人が来て欲しいという思いではじめた」という、前オーナーの思いごと引き継いだのだ。
さらに2ヶ月後に引き継ぐことになったのは、地元の人々に愛される老舗かまぼこ店。先代がとても義理堅く、他店からの声がけがあっても「スーパー今川」以外には卸さないと、長年のつき合いを大切にする人だった。だからこそ、商品である「かまぼこ」だけでなく、その姿勢も含めて引き継いでいきたいと継承を決めた。しかしながら、老舗のかまぼこの味を完全に引き継ぐのは容易なことではない。
「職人技を身につけるのはやはり難しくて。だから自分たちにもできる形に変えてみたんです。そうしたら、とにかくクレームが殺到して。中には『こんなのネコも食わん』なんて声もありましたね」(今川さん)
必死で成形をマスターし、以前の形に戻したところ、クレームもぱったりなくなったのだとか。まさに、今だから笑って話せる苦労話だ。
しかし、今川さんの町に対する思いの強さ、明るい前向きさ、自ら率先して動く積極性に、三豊に暮らす人たちが「今川さんなら、きっと何とかしてくれるはず」と頼ってしまいたくなるのもわかる。
3つの事業継承のあと、自分の手で1から新たなことを初めてみたいとの思いから、その思いを形にしていくための事業会社2「ウルトラ今川」を2019年に創業。第一弾として立ち上げられたのが「宗一郎コーヒー」だ。その後に続く「宗一郎豆腐」のメインビジュアルにも使われ、まさにお店の「顔」となっている、今川さんの笑顔には、見ているこちらもふっと和むような、どんなことも「何とかなるさ」と思わせてくれるような力強さがある。
だからこそ、多くの人を巻き込みながら、前に進んでいくことができるのだろう。いくら、あれもこれもやりたい!と思っても、体は1つしかないし時間だって足りない。10足ものわらじを上手に履きこなすためには、周りの人をうまく巻き込む必要があるのだ。
「コーヒーがすごく好きとか、こだわりがあるとかじゃないんですよ。僕が自分で淹れるよりも機械で淹れた方が美味しいし。僕が立っているよりも、若い女の子が接客した方がお客さんもうれしいじゃないですか」(今川さん)
「子どもも年配の人も世代を超えて、好きなものって何かな?って考えて。自分の暮らす町に豆腐屋があるとうれしいよね?だったら、豆腐屋をやろう!って思ったんです。仲間が二泊三日の研修で豆腐作りを覚えてきて、試行錯誤しながら作ってみたら、これが全然固まらなくて。オープンの2日前になっても固まらなくて流石に焦りましたね」(今川さん)
きっと、今川さんと一緒に動く人たちは、ハラハラすることもあるかもしれない。だけど、それ以上に「今川さんなら、大丈夫」という思いの方が強いはずだ。ハラハラすることがあったとしても、きっとそれを上回る「何か」があるのだ。
そんな今川さんに、周りの人たちとうまくやっていくための秘訣を聞いてみると、開口一番「笑顔でいること」。さすが、あのインパクトある「笑顔」の持ち主ならではである。あとは、ネガティブなことを言い過ぎないこと。好奇心を持ち続けること。
「人としての「幸せ」ってなんだろうって考えるのが好きなんです。先日、介護の仕事をしている人から聞いたんですが、その人が担当している目も耳も不自由なおじいちゃん、自分一人でヨーグルトを買いに出かけるのが楽しみだったそうで。なのに、コロナのせいで行けなくなってしまった。それが、ようやくまた行けるようになったとき、おじいちゃんは涙を流して喜んだと言うんです。
これを聞いたとき、幸せの基準をどこに置くかが大事なんじゃないか?と気づきました。基準を上げれば上げるほど、まだまだ足りないってネガティブな気分になってしまうけど、基準を下げるというか、捉え方を変えるだけで、もっと日常の中に幸せを感じられるようになるんじゃないかと」(今川さん)
「自分にとってかけがえのない町を、自分たちで支え合い、つくっていく幸せ」を誰よりも感じている今川さん。
もちろん、自分が思い描く理想通りになるのがベストかもしれないけれど、たとえそうでなくても、自分でつくろうとする・つくっていく過程さえも幸せなんだということ。
たとえば、シャンパン片手にゆったりと豪華客船でくつろぐのもいいかもしれないけど、それよりも、仲間と作ったいつ沈むかわかんないイカダに乗る方がずっと楽しい経験ができる。そこには、お金では買えない価値があるということ。
「ここには、お金以外は全部ある。同じ方向を向いている仲間と一緒に進んでいれば、お金は後からついて来る…かもしれないし。ついてこなかったとしても、充分幸せなんですよ」(今川さん)
ふと何かを思い出したように「ダンバーズ数って知ってます?」と問いかけてきた今川さん。ダンバーズ数とは、イギリスの人類学者ロビン・ダンバーの理論であり、認知しスムーズかつ円滑に人間関係を維持することができる人数の上限は150人ほどだと提唱している。
家族・友人・職場の仲間など、自分の周りにいる人たちを思い浮かべて考えてみるとどうだろうか?
「僕は、結構当たってるんじゃないかと思っているんです。今はSNSとかで簡単に多くの人と繋がることはできるけど、でも本当に『近い』と感じる人って実はそんなに多くない。でも何万人もの人を認知してうまく付き合うことはできなくても、自分が心から好きだと思う人が150人いるって、もう充分に幸せなんじゃないかって」(今川さん)
もちろん、人生に出会いは大切だけれども、全てにおいて密なコミュニケーションを取るには、時間の限界がある。だからこそ、自分に近くにいる人たちを大切に、幸せにしていくことが自分にとっても一番幸せなんじゃないか。それに「有名になる」ことは幸せになることではない、とはっきり言い切る今川さん。
「全然誰からも知られてなくて、それでも自分たちがやってることって絶対面白いよねって言える人って、超幸せじゃないですか。誰かに知られているかどうかなんて関係ない。ローカルな環境で『自分は幸せだ』って言えることって、やっぱりすごく幸せなことですよね」(今川さん)
そうは言っても、生活のためにはやっぱり稼がなくちゃならない。
自分がやりたいことが、世の中に必要とされているか?さらにビジネスとしてきちんと成り立つのか?このバランスをきちんととっていくのは、今川さんにとっても未だ永遠のテーマだという。周りに高い志を持った若い人たちがいるからこそ、今後はその人たちのやりたいことを支援する側にも回りたい。人と人とをつなぐ「関係案内所」でありたい。そんな赤裸々な思いも、満面の笑みで今川さんは語る。
ローカルスーパーの3代目として、笑顔を絶やさず、この町で暮らすことをまずは自分が全力で楽しむこと。見る人が元気になる心地よい「笑顔」は、ありのままで生きる今川さんらしさの現れであろう。
Editor's Note
「そんなに調べて来てくれたなら、こっちもきちんと話さないと!」と、今の自分の思いを真っ直ぐに伝えてくれた、今川さん。見ているこちらの気分まで明るくなるような笑顔を浮かべながら、時に言葉を選びながらお話しされる姿に、地元への愛・思いの深さを感じました。志を持った若い人が集まって来ているという三豊町。そんな若い力を巻き込みつつ、さらに何かを成し遂げていくであろう今川さん。これからもまだまだ目を離せない存在だと感じました。
SATOKO OKUMA
大熊 智子