SUSTAINABLE
サスティナブル
最近よく耳にするようになった「サスティナブル=持続可能な」という言葉。
当初は環境問題を語る上で使用されていた言葉でしたが、今では「サスティナブルライフ」や「サスティナブルファッション」など環境問題以外のさまざまな分野で使用され、それぞれの分野における「持続可能な未来」についての模索が始まっています。
そんな中、“持続可能な観光” について考えるべく、環境省・松本市・のりくら観光協会・株式会社TABIPPOがタッグを組んで開催したのが、3泊4日のサスティナブルツアー。日本全国から集まった20~30代の若者22名が、ゼロカーボンパーク(国立公園において先行して脱炭素化に取り組むエリアのこと)第一号に認定された国立公園・乗鞍高原に降り立ち、自然を満喫するとともに、「持続可能な観光」そして「乗鞍高原の未来」について本気で考えました。
今回は、サスティナブルツアーの主催者である藤江佑馬氏(のりくら観光協会)と、服部優樹氏(環境省中部山岳国立公園管理事務所国立公園管理官)を取材。高齢者が多い乗鞍を舞台に、若者に向けたサスティナブルツアーを始めた想いを伺いました。
高山(インタビューアー):今回のサスティナブルツアーは、環境省の「国立公園・温泉地での滞在型ツアー・ワーケーション推進事業」の一環として開催されたかと思います。今回、環境省が乗鞍高原とタッグを組まれた背景を教えてください。
服部氏(以下、敬称略):大きな契機として乗鞍高原は、2021年3月から環境省が脱炭素社会の実現に向けて取組み始めた施策の一つである「ゼロカーボンパーク」に、全国で初めて登録されました。
そもそも「ゼロカーボンパーク」の登録を受けるにあたって、地域の計画・ビジョンにおいて脱炭素の取組み推進を位置付ける必要があるのですが、乗鞍高原では持続可能な地域づくりのあり方を記載した「のりくら高原ミライズ」という地域ビジョンが策定されていて、脱炭素地域の実現、さらにサステナブルな地域づくりの実現を目標に掲げていたところも理由の一つです。
服部:さらにお伝えすると乗鞍には、藤江さんをはじめ「乗鞍でゼロカーボンパークやサスティナブルをやっていくんだ!」という、強い志をもっている人が地域にたくさんいらっしゃって。さまざまな条件が全て噛み合ったのが、乗鞍高原だったんですよ。
藤江氏(以下、敬称略):僕は乗鞍に移住して6年くらいになりますが、乗鞍に住む人たちはとても積極的なんです。例えば今回のサスティナブルツアーは、環境省の補助金で実施ができているのですが、「乗鞍でサステナブルツアー造成したいから、補助金を申請させてほしい」と伝えたら、「どんどんやっていこう!」という姿勢で応援してくれて。とてもありがたいなと思っています。
高山:環境省では、今回のような国立公園の滞在型事業を積極的に進めていると思いますが、その背景はどんなところにあるのでしょうか。
服部:国立公園の利用推進については長らく議論されていて。特に昨年はコロナの影響で、国立公園の中の観光事業者もかなり辛い思いをされていたので、この事業を進めることで少しでも地域活性化の支援になればという気持ちがありました。
服部:もう一つベースとなる背景として、国立公園に長期滞在することの重要性があって。乗鞍もそうですが、国立公園には原生的な自然環境もあれば、その自然に育まれた伝統文化や地元特有の人の暮らしにも触れることができるんです。でもこれらを1~2日では楽しみきることが難しい。
だからこそ、国立公園の利用推進をするにあたり、“いかに長期滞在をしていただいて、国立公園の魅力を掘り出してもらえるか” “いかに掘り出された魅力を、ストーリー性をもって伝えられるのか” が、環境省にとってずっと検討課題になっていた部分でした。そこに社会的・時代背景によって、ワーケーション・サスティナブルツーリズムの要素が加わり、今回、観光協会と協力して滞在型推進事業を進めていく動きとなりました。
高山:長期滞在が大事というのはとても分かります。1泊2日程度だと、参加する側も環境に慣れずバタバタと時間が過ぎ去ってしまうので私自身、その土地を充分には満喫できないと感じます。
藤江:環境問題の面から考えると、「来てすぐ帰る」では、二酸化炭素を多く排出しますし、短期宿泊の来客が増えると、例えばシーツの交換やチャックイン・アウトの対応など宿泊施設の負担も大きくなるので、“観光地の持続可能” といった面でもデメリットが大きい。長期滞在は魅力が伝わりやすくなるだけでなく、環境や受け入れ側にとってもメリットが多いんです。
高山:私自身今回のツアーに参加させていただいて、自然に近く、自然とともに生きている “乗鞍という町自体にサスティナブルの文脈が見え隠れする” と感じているのですが、藤江さんはどうお考えですか?
藤江:乗鞍に移住して一番最初に思ったのが「乗鞍の暮らしってすごい!」ということです。乗鞍の方々は、“サスティナビリティな生き方”というか、元々自然と一体化した暮らしをしている方がほとんどで、僕自身もそんな暮らしに憧れがありました。
藤江:自給自足まではいかないかもしれませんが、地域に生えている山菜やキノコ、渓流釣りといった、乗鞍の自然の恵みを利用した生き方を皆さんがされていて。今は “サスティナブルツーリズム” という形でわかりやすい観光業にフォーカスさせていますが、乗鞍の当たり前の暮らし方にフォーカスすれば、観光だけでなく、今の時代にあわせた “サスティナブルなライフスタイル” がつくれるんじゃないかという期待もありますね。なかなか都会ではこういう発想できないじゃないですか。
高山:今日、乗鞍にあるお蕎麦屋さんに行ったら、「すぐそこにあるうちの畑で育てた蕎麦の実と乗鞍の山菜を使ってるから、絶品だよ!」と言われたんです。これ、都会のお店だったらなかなか言えないし、出来ないんじゃないかなって思ったんですよね。
藤江:そうなんですよ。乗鞍の方々は “食べてほしい” と思う量しか提供していないのもポイントで。大量消費大量生産が多い中で、この姿勢を守りながら無理なく生活されているんです。だからまさにゼロカーボン・サスティナビリティを進めていくのにぴったりな場所だと思っています。
高山:地域の人からすると “当たり前” に行われていることでも、外から見ると “すごい!” と思うことってありますよね。
藤江:そうそう。だから今回のサスティナブルツアーのように、乗鞍の地域以外から来た方々に、「地域が当たり前に思っているけれど、実は当たり前ではない魅力的な部分」を逆に教えてもらうのも、とてもいい機会だったと感じています。
高山:服部さんは、実際にツアーを実施されてどんなことを感じましたか?
服部:例えば「ゼロカーボンパークをはじめましょう」と言ったら、「車を全部替えないといけないの?」とか、「小水力発電をつくってくれるんだよね?」とか、そういう大きな話になることが結構あります。
もちろん、そういった大きなことも必要なんですが、それだけが大事なわけではなくて。“今自分たちが行っていける身近なことが、サスティナブルにつながっている” と認識することが第一歩だと思っています。
身近なことからサスティナブルを意識することの大切さが広がっていけば、サスティナブルな暮らしに共感してくれる方々が乗鞍に来てくれ、結果的に住民の方々の誇りにも繋がる。そういう連鎖を起こしていければ、楽しいだろうなと思っています。
藤江:どうしても私たちはハード面に注目しがちですよね、「ゼロカーボンするんでしょ?環境省では何をやってくれるの?」みたいなね。だけど、“まずは自分たちの暮らしの中から考える” という点にみんながフォーカスしはじめると、認識が一気に加速します。
高山:そうですよね。“ゼロカーボン”とか“サスティナビリティ”って言われると、何故か今の自分とはかけ離れたすごい話をしているような気がして、ジブンゴトになりにくい。何か特別なことをやらないといけないような気がしてしまうんですよね。
服部:そうそう。でも本当は遠い世界のようで、僕たちは足元の世界のことを話ていますからね。
高山:今回のサスティナブルツアーで、乗鞍の方から「まちには高齢者が多い中で、20人以上の若者がいるのは衝撃だ」といったお話もありましたが、若い人が参加してくれることについての思いを聞かせてください。
服部:率直に嬉しいですね。欲を言えば、高齢者の方が多い乗鞍で、“地域の方と何かしたい!”と思ってほしいですね。“次は2ヶ月滞在して、もっと乗鞍を知ってみよう!”とかそれくらいからでいいので、乗鞍のことが気になって、地元に帰っても後ろ髪ひかれるような気持ちになってもらえたら嬉しいです。極論、乗鞍に恋をしてほしいんだと思いますね。
藤江:まさにそうです!せっかく来てくれたんだがら、一人でも多くの人に恋をしてほしい。そして何か一つでもいいから、乗鞍でのアクションに繋がれば嬉しいですね。
高山:最後に、お二人が考える乗鞍の今後のビジョンについて教えてください。
藤江:「乗鞍がゼロカーボンパーク第一号に認定された」ことは、「たくさんの方々に乗鞍を知ってもらえるチャンスを頂いた」ことだと思っています。ですので、ただ単に“山に登って自然が美しい” という場所ではなくて、“いろんなものが10年20年と持続できるようなモデル地域になりたい”と思っています。もちろん、地域の方々とマインドを合わせられるかが重要になると思うので、それが今の僕たちの課題ですね。
高山:(最後にと言いつつ、気になって質問してしまいました…!)たしかに地域の方々と目線を合わせるのはとても難しいですよね。藤江さんはどのように実施されているんでしょうか?
藤江:マインドを合わせるために “公開型” で取り組むことを意識しています。乗鞍のSNSもあるのですが、例えば今回のサスティナブルツアーで実施した参加者からのプレゼンテーションに関しても「14時からプレゼンやるので、よかったら来てください」と地域の方にお伝えし、オンライン視聴もできるようにしています。
最初に服部さんからお話頂いた「のりくら高原ミライズ」でも、全て公開型で実施していて。もちろん、年配の方はスマートフォンや携帯が使えない方もいらっしゃるので、回覧板も駆使して情報共有しています。でもまだまだ認識統一への課題はあると思うので、これからも頑張らないといけないですね。
服部:あ、最後にもう一ついいですか! 僕は、地方自治体の方こそ積極的に乗鞍へ来てほしいとも思っていて。行政は縦割りの仕事が多いのですが、「ゼロカーボン」や「サスティナブル」な取組みはそれだけで自立することはありません。産業や生活など、それぞれのテーマの中で持続可能なあり方を模索していく必要があるからこそ、行政であれば環境部局だけでなく観光課や商工課など、時には部を越えて議論しなければならないこともたくさんあります。
僕自身が「枠に囚われないように仕事をしよう」と言い聞かせているところなんですが、すでに乗鞍には、持続可能な地域を目指し、自由な議論ができる雰囲気があります。ぜひ地方自治体の人にこそ乗鞍へ視察に来てもらい、たくさんの人とつながって、一緒にいろんなものを改革していきたいですね。
藤江:本当にそうです。これを見てくださってる方は地域づくりをされている方が多いと思うので、少しでも興味があったらぜひ一度乗鞍に来てみてほしい。そして、一緒にさまざまな地域の人とつながっていきたいですね。
高山:貴重なお話をありがとうございました。
Photo by Hiroki Yoshida(※服部さん、藤江さんのお写真はLOCAL LETTERにて撮影)
Editor's Note
雲が近い!空が青い!緑たっぷり!の標高1,500mに位置する乗鞍高原。3泊4日のツアーでは、22名の仲間たちと、サイクリングツアーやBBQ、乗鞍の自然をふんだんに楽しめるサスティナブル体験をするとともに、「持続可能な観光」そして「乗鞍の未来」を真剣に考えた貴重な時間となりました。藤江さんと服部さんが、「乗鞍に恋してほしい!」とお話されていたのが特に印象的で、「また乗鞍に行ってみたい!」そんな風に思える学び多きツアーになったのではないかと思います。
YURIKA YOSHIMURA
芳村 百里香