TOKUSHIMA
徳島
近年、ものづくり企業が、生産・製造現場を公開したり、来場者にものづくりの体験をしてもらう「オープンファクトリー」が増えてきています。
なかでも、1つの企業だけではなく地域内の複数の企業が集まって開催する取り組みが「地域一体型オープンファクトリー」です。
複数の企業を周り、面としての地域の魅力を伝えることを目的として、工業が集積する関西を中心に開催されています。近年、開催地域も参加企業も増え、関西における地域一体型オープンファクトリーの参加企業は、5年間で9倍にまで増加*しています。
*日本経済新聞,2024,「オープンファクトリー、5年で9倍 関西で332社が参加」,
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF140PI0U4A910C2000000/
今回の取材では、徳島県にある7社の企業が参加するオープンファクトリーツアーに同行。木工や藍染など、ものづくり事業者を中心に取材しました。
本記事では、「地域一体型オープンファクトリー」開催の背景にある企業の想いを知り、この取り組みを経て期待される変化について、参加した7社の声とともにお伝えします。
かつての地場産業の賑わいをもう一度取り戻したい。
地元の事業者が協力しあいながら地域を盛り上げることはできないだろうか。
こうした想いを抱くアナタの背中を、そっと押す記事をお届けします。
今回、四国経済産業局主催の徳島県内の7社を巡るオープンファクトリーツアーに参加しました。
1日目は、冨士ファニチア株式会社、株式会社Watanabe’sの2社へ。2日目は、長尾織布合名会社、秋月木工有限会社、株式会社森工芸、有限会社伊川彫刻店、本林家具株式会社の5社を見学しました。
冨士ファニチア株式会社、秋月木工有限会社、株式会社森工芸、有限会社伊川彫刻店、本林家具株式会社は徳島県内の木工業9社によって開催されている地域一体型オープンファクトリー「KITE MITE MIIとくしま *」にも参画しています。
*KITE MITE MIIとくしま…徳島の木工産業の魅力をより多くの人に伝え、維持・発展を目指して開催。バイヤーをはじめ、同業・資材関連・意匠家・求職者など、広域からの関係人口創出を目的とする。また、産地のブランド力の向上や売上だけではなく、様々な交流や情報の発信源、業界において巡礼される『聖地』のような存在となることをコンセプトに運営が行われている。
工場見学では、各社の代表や社員の方を案内役として、製造ラインや使用している機械の説明、実際の製造工程のデモンストレーションなどが行われました。秋月木工有限会社では、製品開発の裏側についてのトークイベントが開催され、より深く企業の取り組みを知る機会も設けられていました。
このような地域一体型のオープンファクトリーは、単独企業での工場見学とは異なり、地域全体のものづくりの繋がりや特色を体感できる点が特徴です。今回の実施を通じて、各社の技術や想いだけでなく、企業間の協力関係や地域産業としての可能性も浮き彫りとなりました。
「徳島の木工業をもう一度盛り上げたい」。
冨士ファニチア株式会社の布川知則さんは、オープンファクトリー開催の背景をこう語ります。
冨士ファニチアの工場に足を踏み入れると、木のやさしい香りと木材に塗布する糊のツンとした香りに包み込まれました。
徳島は「家具の6大産地」(福岡県大川市、静岡県静岡市、広島県府中市、岐阜県高山市、北海道旭川市、徳島県徳島市)の一つですが、この20年ほどで様変わりしました。
かつては産地見本市が開かれ、全国からバイヤーが集まる活気ある産地でしたが、婚礼家具の需要減少とともに徳島の木工業も衰退。展示会すら開催できない状況が続いていたといいます。
同じく、秋月木工有限会社の秋月さんも「以前は、東京で開催される産地見本市などの展示会に出展していましたが、繁忙期に開催されることもあり、徳島の出展企業が減少。様々な変遷を経て展示会自体が徐々に下火になっていきました」と振り返ります。
「そんな中、展示会を地元で開催しようと(有)椅子徳製作所の鷺池社長から意見をいただくようになり、地域の事業者様に『徳島の木工業をもう一度一緒に盛り上げませんか』とお声掛けさせていただくに至りました」(秋月さん)
布川さんもまた他地域の木工業イベントを見て、「地域のものづくり事業者が一丸となって地域産業を盛り上げている活動を本当に素敵だなと感じていました」と言います。鷺池さん、秋月さんの提案を受け、オープンファクトリーの開催に全面的に協力することを決めたとのこと。
こうして2023年、徳島県では初めてのオープンファクトリーが開催されました。
初開催だったこともあり、実際に開催してみるまで本当に人が集まるのかどうか分からなかったといいます。しかし、実際に実施してみると、驚くほどの来場者数があったそうです。
「当社のオープンファクトリーには、主に家具のバイヤーや設計事務所の方が来場されると想定していましたが、一般のご家族も来場されました。『ソファを注文したので、どんな工場で制作されているのか見てみたかった』とおっしゃる方もいて、その言葉に強く感銘を受けました」(布川さん)
オープンファクトリーは、参加企業にも大きな変化をもたらしています。まずお話を伺ったのは、本林家具株式会社の井上さん。
会社に訪問すると職人さんが「こんにちは!」と明るい笑顔で声をかけてくれました。
井上さんは、オープンファクトリーを開催したことで「職人の意欲的な面がより増えてきたと感じる」と話します。
「職人の仕事が人に見られるような機会は普段あまりありません。でも、オープンファクトリーで多くの方々に職人の仕事を見ていただき、『こういう風に製品を作っているんですね!』と感想をいただく機会が増えます。私たちにとっては当たり前の仕事でも、ほかの方から見るとすごいことなんやなと気づかされ、嬉しい気持ちになります」(井上さん)
さらに、人材採用における企業と求職者の接点づくりにも繋がっているそうです。
「求職者の方が当社のオープンファクトリーにおられたんですよ。当時は残念ながら入社には至らなかったのですが、県外からわざわざ見に来られていました。職人からは、『求職者の方に僕たちの仕事を見てもらうことで、入社のきっかけになったらいいな』と、前向きな発言がありました」(井上さん)
次にお話を伺ったのは、有限会社森工芸の森さん。
森さんは「製品制作の過程そのものを見てもらうことに意義がある」と話します。
「同社は木を紙のように薄くスライスした「ツキ板」を扱っていますが、これは最終製品の状態でしか見る機会のない製品です。
そのため、『実はツキ板でこんな製品やあんな作品もできる』ことを知らない方がほとんどです。
ましてや、様々な樹種があることやツキ板の貼り方の種類があることは、まだ知らない方が驚くほど多いんですね。やはり、実際に足を運んで目で見てもらわないと、ツキ板の良さや可能性が伝わらない部分も多いです。
なので、家具屋さんや家具のデザイナーさんなどに直接見てもらい、ツキ板を知っていただくことで、自社の製品を使ってもらえる可能性はすごく広がるのではないかと思います」(森さん)
さらに、「ツキ板を使う立場からの客観的な意見が非常に勉強になる」と森さんは言います。
「自分は作る側なので、『こうやったらこんな面白いものができるかな』で終わってしまう面もあるんですよ。ただ、ユーザーさんは製品の使い勝手をすごく考えてご意見をくださる。ユーザーさんの意見を聞くことで、『今一番こういう製品が受け入れられるんだな』と、感覚的にわかるものがあります」(森さん)
ツキ板が織りなす鮮やかな作品の数々。表現の幅広さに「これもツキ板でできているんですか?」と思わず聞いてしまうほど。
森さんの繊細な作業と作品に、オープンファクトリーの参加者全員が見入っていました。
続いて訪れたのは、有限会社伊川彫刻店。
1961年創業以来、職人が機械を使わずにひとつひとつ手彫りで作品を制作しています。彫るごとに少しずつ生まれる作品の表情、木を彫るときのごりごりとした力強い音、作品への真剣な眼差しから感じる空気感に、来場者はぐっと息をのむ感覚がありました。
3代目の伊川さんは、オープンファクトリーを通じて生まれる、様々な業種の事業者との新たなつながりに期待を寄せています。
「これまで全く繋がりがなかったような、無垢材の商品を扱う販売代理店の方や、当社の製品を販売させてほしいと県外から来られた業者の方との出会いがありました」(伊川さん)
1897年創業の長尾織布(ながおおりふ)合名会社は、伝統工芸品「阿波しじら織」を後世に伝えることを使命としています。工場には70〜80年前の織機がずらりと並び、カタカタと規則的な音を奏でながら織物ができあがっていく様子は圧巻。
代表の長尾さんは「商品のバリエーションをさらに広げて、日本の伝統や文化を国内外の方に味わっていただきたい」と意気込みを見せます。
「当社には観光で来る方もおられます。なかでも、日本全国の主要なところを観光した後に、もっと深く日本を知りたい想いをもった方が来ることが多い印象です。これだけ様々な方に来ていただけることからは、阿波しじら織や藍染に興味を持ってくださる方が多いのだと思います」(長尾さん)
オープンファクトリーでの工房見学で、職人が生み出す阿波しじら織や藍染商品を多くの方にまず興味を持ってもらう。さらに、藍染体験から商品のことをさらに深く知ってもらう。そうして「地域貢献にもつながればと考えています」と長尾さんは話します。
2019年に創業した株式会社Watanabe’sは、新たな視点で藍染に取り組んでいます。工場に足を踏み入れると、植物が発酵するやさしい香りに包み込まれます。
代表の渡邉さんは、もともと商社に勤めていたそうです。都内で藍染体験をした際「これをやらなきゃいけない」と心震えた体験が原点となり、新ブランド「Watanabe’s」を創業。藍の栽培・収穫や染色など製品化のすべての過程を手掛けています。
渡邉さん自身が藍染を学ぼうとした際の苦労から、「藍染を学べる場として、この場を開けておきたい」と語ります。
「当時はファストファッション全盛期で、『この業界は衰退してしまうから、受け入れるのは無理だよ』とたくさん断られた経験があります。だからこそ、当社に来て自分で染めたものでもいいですし、徳島の他の藍染工房で気に入った作品を見つけていただくのでもいい。そういう藍染を知るきっかけの場になれたら」と、地域全体の発展を見据えていました。
株式会社Watanabe’sの工房では藍染体験をさせていただきました。
渡邉さんは「藍染は、技術とノウハウだけ積んでも綺麗な色には染まらない」といいます。自分の考えを入れれば入れるほど、思い通りの色にはならず、くすみがかった色になってしまうそうです。
人の心を映す藍染。同じように染めたつもりでも、決して同じ色にはならない。そんな藍染の奥深さがとても印象的でした。
家具がどのような行程を経て作られているのか。
美しい織物や作品がどんな職人の手によって生み出されているのか。
そこには、どんな想いが込められているのか。
オープンファクトリーでは、普段目に触れる機会が少ないであろう、ものが出来上がるまでの裏側をじっくり知ることができます。参加した一般の方々は、7社のものづくり事業者の現場をみてこう話します。
「実際にものづくり事業者の生の声を聞くのは初めてでした。今回、直接事業者さんの現場や、製品に対する想いをお聞きすることで、製品に対する愛情を強く感じました。やはり、想いがあってこそ唯一無二のものができるのだと改めて認識しました」(オープンファクトリー参加者)
また、別の参加者の方は「地域に根差した人の繋がりがあることが分かった」と話します。
「普段は、完成された後のものしか知らないことが多いです。でも、オープンファクトリーに参加したことで、『ツキ板』を初めて知りました。そして、それを藍染している事業者がいて、その製品を使っている事業者がいる。多くの事業者が連携することで、やっとひとつのものが出来上がっているのだと分かりました」(オープンファクトリー参加者)
ものが簡単に手に入るようになったこの時代に、目の前のものに想いを馳せる時間はいったいどれほどあるのでしょうか。
どの地域で作られたのか、なぜその地域で作られているのか、どんな歴史をたどって今の形になっているのか。どんな人が協力しあって、ものが完成されているのか。
ひとつのものが出来上がるまでの行程を見ることは、単にものづくりの過程を知るだけにはとどまりません。
オープンファクトリーは、人との温かなつながりを通した地域全体の魅力に気付かせてくれます。
Information
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Editor's Note
今回の取材を経て、徳島で木工業や藍染が盛んな理由や地域の歴史まで垣間見ることができました。そうして「徳島のあの事業者さんが作る製品がほしい」と、地域内外で新たな交流も生まれるのだと感じます。次は家族や友人とも藍染体験や木工のワークショップに参加したい!
Amika Sato
佐藤 安未加