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LOCAL LETTER

「影のある写真」が写し出す。暮らしと仕事が地つづきな情景のつくり方

JUN. 03

NAGANO

拝啓、「ローカルで仕事をつくる」ことに難しさを感じるアナタへ

平日は仕事に追われ、休日はダラダラと過ごし、仕事と生活は完全に分断されている。

毎日の中で、「このままでいいのかな」と思うことがあっても、何をどう変えたらいいのかはすぐにはわからない。

このように日々の忙しさに流され、働く意味や暮らしの豊かさを見失ってしまっている人も、きっと少なくないだろう。

ここ数年、コロナ禍を境に、『ローカルで暮らす・働く』という選択肢がより注目されるようになってきている。

自然のそばでのびのび暮らしながら、地域に根ざした人との関係性を築きたい。そんな思いを抱えながらも、「やっぱり、仕事はどうしよう?」という不安が、移住への一歩をためらわせる。

今回お話を聞いたやまぐちなおとさんは、長野県松本市を拠点に活動するフォトグラファー。写真という仕事を軸に、銭湯やシェアハウスの運営にも関わりながら、地に足のついた暮らしを営んでいる。

そこには、確かに暮らしと仕事が地つづきになったローカルなキャリアがあった。

ただし、やまぐちさんも最初からローカルなキャリアが確立されていたわけではない。そこに辿り着くまでの軌跡、そしてきっかけとなった「影のある写真」について語ってもらった。

写真を撮り続けた10年、そして「突然」の仕事

今では、カメラを片手に生計を立てるフォトグラファーのやまぐちさん。

初めてカメラを手にしたのは、今から約10年前の20歳の頃。当時は解体現場などの建設系の仕事に従事しており、アートや写真とは無縁の生活だった。そんな日々の中で、転機となったのが、愛知県で開催されていた現代アートの芸術祭に、ボランティアスタッフとして参加したことだった。

やまぐちなおと 氏 フォトグラファー / 愛知県名古屋市出身。長野県松本市を拠点に活動。 ​個人事業主として「モノノメ」を立ち上げ、 ​出張撮影やイベント撮影を手掛けている。​また、松本市の「シェアハウスうら町base」の管理人、塩尻市の銭湯「桑の湯」の店長といった場づくりにも関わっている。

「一緒に活動していた仲間たちと旅に出たときに、スマホのバッテリーが切れて、記録が何も残らなかったんです。それが悔しくて、名古屋駅のヨドバシカメラでカメラを即買いしました」

それ以来、やまぐちさんはどこに行くにもカメラを持ち歩き、誰に見せるでもなく、日常の風景を撮り続けた。

写真を撮ることは、自身にとって『記録』であり『習慣』でもあった。被写体は特別な風景ではなく、自分の目に映る日々の暮らし。カメラはスマホのような感覚で常に身近にあり、生活の一部になっていった。

「写真の撮り方は現代アートのアーティストさんに教えてもらったこともあったけど、基本的には独学で撮り続けてました。10年くらい、ずっと趣味というか、生活の一部だったんです」

そんな日常の延長にあった写真が、仕事になりはじめたのは2020年のこと。

移住を視野にいくつかの地域を転々としながら、農家での住み込みの生活を経験し、最終的に長野県の塩尻市に腰を落ち着けた。その後、塩尻市の隣町である松本市に拠点を移すことになる。

松本に移ってからは、地域のイベントに顔を出しては、これまでと同じように写真を撮り、主催者に「よかったら使ってください」と写真を渡す、ということを繰り返していた。

知り合ったシェアハウスのオーナーやイベント関係者を通じて、さまざまな人と出会い、関係を育てていく日々。その中で、次第に『撮影のお願い』が舞い込むようになった。

松本市内のイベント「松本古着市」の風景

「とにかく勝手に行って、勝手に撮って、勝手に送る。連絡先もその場で交換して、『よければ自由に使ってください』って。その繰り返しでしたね」

最初の一年間は営業らしいことは一切していなかったが、その地道な関わりが少しずつ信頼を育てていった。そして気がつけば、写真が『お願いされるもの』になっていた。

気づいたら、仕事になってました自分から営業したわけでもなく、ただ自分が楽しくやってただけなんです」

暮らしの延長で続けてきた『記録』が、いつの間にか『仕事』に変わっていた。フォトグラファーになろうと思ったわけではなく、写真を撮り続けてたらそれが仕事になっていた感覚のようだ。

『手と仕事』が写真を変えた。ハレの日から影のある日常の写真へ

フォトグラファーとしての仕事が少しずつ広がり始めた頃、不運にも交通事故に遭い、やまぐちさんは数週間の療養を余儀なくされた。カメラのシャッターを押せない時間が続いたという。

「このまま撮れなくなってしまうんじゃないか、という恐怖がありました」

そんなやまぐちさんを再びカメラへと向かわせたのが、『手と仕事』というプロジェクトだった。クラフト作家や農家、家具職人など、手仕事を生業とする人々の日常としての仕事風景を撮る——それは、再び写真を撮るための、やまぐちさんにとっての『リハビリ』でもあった。

「大好きな人たちを、ただ撮りたかったんです。仕事でも何でもない。ただ、もう一度、写真を通して人と関わりたかった」

最初は松本で出会った人たちに「写真撮らせてくれない?」と声をかけ、作業場にお邪魔し、制作中の様子を静かに撮影するところから始まった。やまぐちさんはこの活動に『報酬』を求めなかった。

一方で反響は大きく、フォトグラファーとしての再起動につながっていく。

「自分のために始めたことだったけど、思っていた以上に相手にも喜んでもらえて」

職人さんの手仕事風景をリアルに撮影した写真『手と仕事』

この活動自体は無償だったが、多くの共感を呼び、自然と依頼や紹介につながっていく。
次第に「自分も撮ってほしい」と連絡をくれる人が増えた。

そしてこのプロジェクトは、やまぐちさんの写真そのものにも大きな変化をもたらすことになる。

「それまでの写真は、七五三や結婚式など『ハレの日』が中心で、明るく華やかなものが多かった。でも、『手と仕事』を撮るうちに、自然と影も写すようになって光と影の使い方が変わってきたんです」

入念に準備されて迎える「ハレの日」ではなく、日々営まれる職人さんたちの仕事風景。そうした『日常』の中にこそ、美しさがあると気づいたやまぐちさんは、被写体の『影』を大胆に取り込み、あえて余白を残した自然体の写真を撮るようになっていった。

このスタイルは、クラフトや演劇、カフェなど、より表現性が求められる分野で注目されるようになった。商品撮影でも「その雰囲気でお願いしたい」と言われることが増えたという。

「影って、実は商品撮影ではNGになることが多いんです。でも、『影があるから味が出る』って言ってくれる人たちがいた。それが本当に嬉しかったですね」

こうして、写真のスタイルも、撮る対象も、求められる場所も、仕事としても大きく広がっていった。やまぐちさんのなかで暮らしと仕事がつながってきた瞬間でもある。

「影のある」写真として仕事風景がリアルに映し出されている

ローカルで仕事をつくるということ

「移住したいけど仕事はどうするの?」多くの人が持つその不安に対し、やまぐちさんははっきりとこう答える。

まずは暮らしてみたらいいと思います。仕事は、あとから自然とついてきますから

松本に拠点を移したやまぐちさんは、写真の仕事と並行して、シェアハウスの管理や塩尻でも銭湯の運営にも関わっている。どちらも『やりたかったこと』ではなく、たまたま住む場所を探していたり、久しぶりに仲間に会う『言い訳』として関わりが生まれたものだ。

「シェアハウスは、住もうと思っていた家で『管理人やりませんか?』って言われたのがきっかけ。銭湯は、元々住んでいた塩尻の仲間と再び関わる場所が欲しくて、たまたま見つけた求人に応募しました」

場を持つことで人が集まり、そこから新たな関係が生まれる。実際、やまぐちさんが関わるシェアハウスには学生や写真好きの若者が訪れ、一緒にイベント撮影をしてそこかた仕事になるということもあるそうだ。

シェアハウスうら町ベースの日常。ここからはじまる仕事もあるそう

「カメラをやってみたいって子と一緒に撮影に行くこともあります。SNS経由で僕のことを知ってくれて、遊びに来て、写真を撮ってほしいって言ってくれる人も多いんですよ」

収入としては大きくないかもしれないが、場の存在が仕事を育てる『土壌』になっている。

ローカルで働くには、特別なスキルや資金が必要なわけではない。目の前の人と関係を築き、自分の暮らしに根ざした活動を続けていくこと。それが「仕事」へと育っていく。

「撮った写真をSNSにも毎日写真をあげてたんです。一枚と、そのときの気持ちや背景をしっかり文章にして。そこから人が見てくれるようになったし、『この人になら頼みたい』って思ってもらえるようになった」

ローカルでの仕事づくりに必要なのは、特別な何かではなく、日々の地道な発信と人との対話なのかもしれない。やまぐちさんの姿は、それを体現していた。

暮らしと仕事が地つづきにできるのが、ローカルの魅力

仕事とは、スキルや肩書きだけではなく、『誰とどこでどう生きるか』にもつながる。松本に移り住み、出会いを重ねながら、自分らしい働き方を育ててきたやまぐちさんの姿からは、そんな仕事観の変化も読み取れる。

やまぐちさんが写真を仕事にし始めた頃には七五三や結婚式といった「ハレの日」を特別なものとして撮影していた。そこから、『手と仕事』プロジェクトをきっかけに職人さんたちの仕事風景を日常として「影のある写真」として撮影するようになった。

結果、撮る写真も大きく変化している。撮る写真の変化とともに、仕事と暮らしがつながってきたのだ。

ローカルな暮らしの先に仕事がある

やまぐちさんがこれからローカルで働きたいと思っている人に伝えたいのは、「まずは住んでみてほしい」ということだ。

まずは暮らしてみる。バイトしながらでもいい。人と関わり、信頼を築き、自分のペースで働く。暮らしと仕事が切り離せない、そんな『地つづき』さがローカルの魅力の1つなはずだ。

移住や仕事づくりと聞くと、少し身構えてしまうかもしれない。でも、やまぐちさんのようにまずは暮らしてみるという姿勢が、ローカルに溶け込むには案外ちょうどいいのかもしれない。特別な何かを用意しなくても、今ある暮らしのなかに、少しずつ種をまいていく。それがやがて、仕事として根づいていく。

暮らしと仕事が切り離されない地つづきの場所に、きっと本当の『働く意味』がある。やまぐちなおとさんの姿は、そんなローカルな生き方ならではの豊かさを教えてくれる。

本記事はインタビューライター養成講座受講生が執筆いたしました。

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Editor's Note

編集後記

『ローカルで仕事をつくる』、都会で雇われ仕事しかしたことがない人にとっては何か特別で才能やスキルがないと難しいことに感じてしまう人も多いはずです。自分もそんなひとりでした。
やまぐちさんの取材を通して感じたのは、ローカルでの働き方は特別な人だけのものではなく、誰にでも開かれたものだということ。肩肘張らずにまずは暮らしてみる。そこから始まる関係性が、自然と仕事になったりする。
やまぐちさんの写真があえて日常の「影」を含むようになったことが仕事にもつながっていったのはとても印象的なエピソードでした。

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