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LOCAL LETTER

空間アートの作家から転身!百姓を目指すトマト農家が育てる 元気になるフルーツトマト

MAY. 20

SAKAWA, KOCHI

前略、毎日食べたくなるような美味しいトマトに巡り合いたいと思っているアナタヘ

これまでLOCAL LETTER編集部は、全国を巡る中で、皆様にご紹介したい数多くの食材、生産者さんに出会ってきました。本シリーズでは、編集部がおススメしたい食材や生産者さんをご紹介することで、仕事にかける想いや、これまでの人生で培ってきた知恵を感じ取っていただけるようお届けしています。

第2弾は、高知県佐川町でフルーツトマトを生産する「トマトハウス ナカムラ」さんをご紹介します。代表の中村陽介さんは、東京の美術大学を卒業後、アーティストとして都内を拠点に活動をしていましたが、さまざまな状況が重なり故郷である高知県佐川町にUターン。トマト農家として、次の人生をスタートさせました。中村さんはどのような想いを持って、故郷で農家を営んでいるのでしょうか。フルーツトマトへの情熱や、中村さんらしい農との関わり方を取材しました。

中村 陽介さん(Yosuke Nakamura)さん トマトハウスナカムラ代表 / 1983年生まれ。高知県佐川町出身。東京の美術大学を卒業後、「いま、田舎がおもしろい」と思い、活動の拠点を地元・佐川町に移す。その後、おいしいトマトに出会ったことでトマト農家になることを決意。2014年6月、約2年間の研修を経てフルーツトマトの栽培を開始。
中村 陽介(Yosuke Nakamura)さん トマトハウスナカムラ代表 / 1983年生まれ。高知県佐川町出身。東京の美術大学を卒業後、「いま、田舎がおもしろい」と思い、活動の拠点を地元・佐川町に移す。その後、おいしいトマトに出会ったことでトマト農家になることを決意。2014年6月、約2年間の研修を経てフルーツトマトの栽培を開始。

アートの世界から農家の道へ

「トマトハウス ナカムラ」が生産しているのは、フルーツトマト。通常のトマトと比較して糖度が高く、まるでフルーツのような甘さとうまみを感じることができるトマトだ。

「お客様には、毎日食べても飽きないと言っていただけるようなトマトを追求したい」と話す代表の中村さん。毎日飽きずに食べられるトマトとは、濃厚な味わいの中にどこか後味がさっぱりとしているものだと中村さんは考えている。ぶどうで例えるなら、濃厚なピオーネや巨峰よりも、マスカットのように甘さの中に風味がありみずみずしくさっぱりとした味。通常のトマトは、糖度が4~5に対して中村さんの育てるフルーツトマトは糖度が8以上になる。

そもそも、中村さんがトマト農家を始めたきっかけは、父が亡くなり故郷の高知県佐川町に戻ることを決意したことから。

大学は、建築家の夢を抱き、東京の美術大学で建築を学んでいた中村さん。縮尺のある図面と模型で建物や空間を考え勉強する中、実物大の作品を制作する絵画や彫刻の学生たちに刺激を受け、空間全体を作品にするインスタレーションというアート分野を知った。アート作品として空間を手掛けることができる魅力に魅かれた。それを機に、卒業後はインスタレーション作家としてアーティスト活動を行うことを決意した。それでも、アーティスト1本で食べていくのは難しく、作品を制作する傍ら、縁あって大学で助手の仕事や非常勤講師として働きながら生活をしていたという。

当時から中村さんには、農業に関わる道ができていたのかもしれない。中村さんの作品には、空間の中にたびたび土が使用されていた。「家の中に土を敷き、タネをまいて育てた作品や空地の土を耕し、掘り出された大きな石を建物に見立てて街中をイメージさせる作品を制作していました」と中村さん。

数年前に父が亡くなったことがきっかけとなり、28歳のときに故郷の高知県に戻った。実家は、田んぼを所有し稲を耕作していたが兼業農家で、米の収入で生活できる訳ではなく、高齢の祖父が一人で耕作していることがずっと気になっていた。

中村さんは稲作を続けながら、残されている田んぼを生かそうと考え、有機農業の多品目栽培に関心を持った。

コツコツと学び、トマト農家に

農業の知識を持ち合わせていなかった中村さんは、まずは勉強しようと地元の有機農家さんに受け入れてもらい、農業の世界に入り込んだ。日々が過ぎていく中で、未経験者が一から農業を学ぶには多品目栽培では難しいことに気づく。「温度、湿度、日照、肥料、水の分量など品目によって好む環境条件が異なります。だから、勉強する段階ではある程度、品目を決めた方が植物の仕組みや栽培を理解しやすいと思ったんです。そこからは、専業農家さんを訪ねるようになりました」。

地元でトマト農家を営む原田さんに出会い、そこで食べたトマトが中村さんに衝撃を与えた。「普段から何気なくトマトは食べていたものの、わざわざ食べるほど好きでもなかった。でも、原田さんのトマトを食べたときに、『もっと食べたい』と思うほど味が濃厚でおいしいと感じた」と振り返る中村さん。

原田さんに直訴し、2年間研修をした。日々トマトと向き合いながら学ぶ中で、研修を始めて半年程が経った頃から、空きハウスを探し始めた。トマトを栽培するためには、ビニールハウスが必要で、農家の規模の大小にもよるが、一から設備をそろえようとすると、数千万円かかるのだという。高知県にはハウス農家をする人に対して補助金制度もあるが、それでも足が出るほど高額な設備投資となる。

中村さんは、周囲の農家さんを訪ねたり、人づてに紹介をしてもらいながら条件のよい環境や空きハウスを探していたが、独立するギリギリになっても決まりかけた話がなくなったり、条件が良くなかったりと農地がまだ見つかっていなかった。そんな時、師匠の原田さんから隣の農家さんのハウスを紹介され、まだ栽培しているにもかかわらず貸してくれると提案をもらった。

「高知県は台風や強風に見舞われることも多い場所であるため、それに耐えられる強化ハウス、水はけの良さ、またハウス内を一定の温度に保つ暖房機器などの設備が必要で、すでにそれらが整っていたので、これほどに良い条件の場所はないと思い即決しました。それに、いざとなれば隣に師匠がいるので相談もできると思って」と決断の理由を話す中村さん。

1年半をかけ、ようやく自身がトマト農家としてスタートするための準備を整えることができた。

状態を見極め、適度なストレスで、元気なトマトを育てる

トマトは、8月末に苗を植え、3ヵ月後の11月から翌年7月まで一日おきに収穫をする。研修をしたとはいえ、最初は糖度が低く、目指していた甘みのあるトマトができず中村さんは苦労したという。さらに、トマトに負担をかけすぎたことで恐れていた病気が大量発生し、6,000本あった苗が2,000本も枯れてしまうという事態に陥った。

「もう農家としてやっていけなくなるのではと夢に出てくるほど怖かったですね。研修で教わったことを同じようにやっていたつもりでいたけど、同じじゃなかった。栽培する場所の環境や天候に合わせて、水や肥料の与え方や一本一本の状況に合わせた手入れが必要で、何気ない日々の積み重ねが大切であることに改めて気づかされました」と中村さんはトマト栽培の大変さを語る。

自然の恵みを利用するため、天候などに影響を受けることがある。消費者にとってはそれが価格という形で影響を認識できるだろう。価格が上がるということは農家にとってうまくいっていない時といえる。「たとえ数が少なくとも悪条件の中でも育ち、市場に出ているものがある。同じ条件でもしっかりつくりあげている農家さんがいます。だから、元気に育てることに注力して、天候を理由にしないと決めています」と中村さんはいう。

元気なフルーツトマトを育て上げるため、中村さんが日々気をつけているのは「植物としてのトマトの状態。茎や葉、花の色や形、大きさ、硬さ」だという。常に生育に問題がないかどうかを見極め、調子が悪ければ何が必要かを見定めできるだけ早期に対処する。

「トマトを育てていて人間と同じだなと思うんです。常に満足した状態でいるよりも、どこか目指すものがあって課題を一つずつ解決しながら成長しているときのほうがエネルギーに溢れて健康的なのではないかと思います。トマトも適度なストレスを与えることで、甘みを出すことができるんです」と中村さん。ストレスは天敵のようにも思うが、水を控えるなどしてストレスを与えると、トマト自身が子孫に託そうと実(タネ)に養分を蓄えるようになる。トマトの満足と不満足のバランスをとる事で、栄養価が高く味のよいトマトになるのだという。

また元気なトマトづくりの過程で、週に1度は農薬を使用する。消費者としては、農薬と聞くとあまりいいイメージを持たない人もいるだろうが、中村さんは消費者が安心・安全を理解できればより「美味しい」や「食べたい」につながると考えている。

「私のところでは、農薬といっても納豆菌、乳酸菌、酵母菌などの身近な食品にいる微生物を使用しています。虫や病原菌を全滅させる従来の農薬でなく、生き物同士のバランスを保つことで悪影響を最小限に抑えています。自然の中で私たちは仕事をしていますから、科学的な根拠に基づきどのような影響があるかを理解したうえで、自然に迷惑にならないやり方を考えます。育てる過程にどんなことをしているのかをていねいに伝えることで、食べる人たちの『美味しい』をつくっていきたいと思っています」

「トマトと会話ができたら一人前」。中村さんは、一つひとつの工程をていねいに行い、フルーツトマトを育てている。

目指すは、現代の百姓

「現代の百姓を目指している」と中村さんはいう。「トマトは美味しいものをお客様のもとに届けたい一心で育てます。しかし、単にトマトを育てて売るというようなトマト職人を目指しているわけではありません。田舎で暮らすと決めたからには、置かれた環境やこれまでの経験を生かして個性を出すことで続けていきたいと思っています。私にとっては、それが百姓なんです」。

東京から高知に戻るか迷っていた時期に、高知でデザインの仕事をしながら、地方でも農家としての顔を持ち活動している百姓デザイナーの存在を知った。短い期間ではあったがインターンとして受け入れてもらう中で学んだのは、百姓は農家ではなく、あらゆることを自分たちで行う人であるということだ。「昔から農家たちは、田畑に合わせて道具を手作りすることや、自分の仕事はもちろん、生活に関わるあらゆることを自分たちの手で解決させてきた生活力のある人たちだと教わりました。私はトマトを中心にいろんなやりたいことが広がっていく暮らしができたらと考えています。それが現代の百姓として個性になると思っています」と中村さん。

まさに多様性の時代と言われている中で、農業において百姓の生き方はマッチしているのかもしれない。中村さんは、いずれ飲食店や宿の経営もしたいと考えている。さまざまな経験が編集され、自分自身の個性へとつながっていく。その個性がまた中村さんのフルーツトマトを引き立たせる。

東京から高知県佐川町に戻り、「温かい人たちが多く、都内で生活していたときよりも心が落ち着きます」と中村さんはまちの魅力を語る。一方で、山あいの集落にいると昔からこの地に住んでいる人が多く「都心と違って、柔軟性には欠けている」と地域の課題も感じている。そんな中で、中村さんのような若手農家の存在は、まちにとって新しい風を吹かせる大切な存在だ。「最近では、地域おこし協力隊などの移住者の存在が大きいと感じています。彼らが想いを持って地域にきてくれていますし、いい意味でかき混ぜてくれるからこそ、地元の人たちも気づかされることがあります」。外からくる人たちに刺激を受けながら、トマトづくりに励んでいるようだ。

元気なトマトを食べた人たちが、元気になっていくように。そんな願いを込めながら、中村さんは今日もまた、みんなが毎日食べても飽きない美味しいフルーツトマトを育てる。想いの込められた「トマトハウス ナカムラ」の甘くてジューシーなフルーツトマトを一度食べて、体も心も元気になってみませんか?

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Editor's Note

編集後記

今回中村さんにお話をお聞きする中で、「ていねいで背伸びしすぎない農への関わり方」が彼の魅力だと感じました。その時に置かれている環境下で、どうしていけばよいのか前を向きながら一歩一歩進んでいることが想像できました。

フルーツトマトに対して、たっぷりの愛情を注いでいることは言葉の節々に感じられます。それでも、「トマトだけ」になるのではなく、あらゆることが少しずつでもできる生活力をつけ、柔軟に生きていこうとする姿勢は、これからの農業におけるひとつの関わり方なのだろうと思います。

これからもトマトハウスナカムラの応援をよろしくお願いいたします!

これからもトマトハウスナカムラの応援をよろしくお願いいたします!

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