兼業
今回取材したのは、「違うかー!」のギャグでお馴染み、よしもと芸人『ものいい』のボケ担当・吉田サラダさん。
テレビで見たことがある方も多いかと思いますが、実は吉田さんには芸人の他に、もう一つの顔があります。
それが、地域おこし協力隊としての顔。
吉田さんは2021年に東京から富山県氷見市に移住し、よしもと芸人と地域おこし協力隊の二足のわらじを履いて活動されています。
そんな吉田さんに、兼業することになったきっかけや、地域で活動する中で自身に起こった変化、二つの仕事を両立させるコツなどを伺いました。
大阪で生まれ育った吉田さんは、大学を卒業後、東京にある吉本興業のお笑い養成所に入学。養成所を卒業してから約20年間、東京でよしもと芸人として活動してきました。
そんな吉田さんが地方に移住し、地域おこし協力隊になったきっかけは、何だったのでしょうか。
「移住のきっかけは、息子が産まれたことでした。これまでは漠然と、老後は地方に移住したいなと思っていたんですが、息子が生まれてから、子どもを自然豊かな場所で育てたいと考えるようになって。ちょうどコロナで、初めて緊急事態宣言が出された頃でもあったので、息子が1歳になったときに、地方に移住しようと決めました。
僕は大阪出身で、妻は東京出身。どちらも地方には縁がなかったのですが、やっぱりご飯が美味しいところがいいよねって。僕、食いしん坊なので(笑)。自分が吉本興業の営業で全国を回った中でも、美味しかった食べ物ってなんだろうと思い返すと、一番は富山県氷見市のブリだったんです。それで、ブリの美味しい氷見市に移住しようということになりました」(吉田さん)
吉本興業の事業の一つ、「あなたの街に住みますプロジェクト※」で、住みます芸人として、氷見市に移住することを考えた吉田さんは、吉本興業の北陸担当マネージャーに相談。地域おこし協力隊の制度を知ったのは、このタイミングだったと話します。
※あなたの街に住みますプロジェクト:吉本興業の芸人が「住みます芸人」として、実際に各都道府県に住み、地域に密着した芸能活動を行うことで、地域の元気づくりに貢献するプロジェクト。
「北陸担当マネージャーが、芸人1年目のときに僕のマネージャーをしてくださっていた方だったので、連絡してみたんです。そしたら、『お前急に何言いだすねん。縁もゆかりもない地域に行って、勝手に住んで、住みます芸人ですって言っても、誰も応援してくれないし、認めてくれないよ』と言われてしまいました。
地域のために活動して、みんなが認めてくれて、やっと住みます芸人として応援してくれるという話を聞いて、確かにそうか、と。同時に、『地域おこし協力隊っていう制度を調べてみて』とも言われたんです」(吉田さん)
多くの住みます芸人は、自分の出身地や、吉本興業から募集がかかった地域に行くことがほとんど。吉田さんのように、自分からゆかりのない地域に行きたいと申し出る人は少なく、地域おこし協力隊という制度を活用することによって、地域から信頼を得ながら、芸人の活動をやっていくように勧められたといいます。
マネージャーに言われた通り、氷見市の地域おこし協力隊を調べた吉田さんが目にしたのは、「地域おこしリポーター募集」の文字。芸人の吉田さんにピッタリの募集内容で、「これはもう呼ばれてますわ!もうこれしかない!」と思い、応募を決めたと話します。
こうして2021年、家族で氷見市に移住した吉田さん。住みます芸人として活動する傍ら、地域おこし協力隊として、氷見市のケーブルテレビ(能越ケーブルネット)の番組リポーターを務めることに。番組に出演するだけでなく、カメラ撮影や編集作業にも携わっているといいます。
「リポーターとして、お祭りやイベントなど、いろんなところに行かせてもらっています。地域の田植えや稲刈りの体験をさせてもらったこともありましたね。その甲斐あって、氷見市の方には、だいぶ顔を覚えてもらえたと思います」(吉田さん)
「ケーブルテレビでは、自分から企画を提案して番組を制作することもあって、すごく自由に活動させてもらっています。地域おこし協力隊がどんな活動をしているのか、地域の方にもっと知ってほしいと思い、氷見市の他の地域おこし協力隊を訪ねる企画を提案して、実際に番組を作らせてもらったこともありました。その後、富山県全体でも地域おこし協力隊を取材する番組が始まり、そのMCもやらせてもらっています」(吉田さん)
東京に住んでいた頃は、芸人以外に飲食店のプロデュースも行っており、給料は東京にいた時のほうが良かったそうですが、地方に移住し地域おこし協力隊をする中で、吉田さんご自身には給料以上に豊かな変化がありました。
「自分の中の満足度とか、充実度が高くなりましたね。暮らしの面でも、お仕事の面でも、人生が豊かになっていく感覚があります。
富山の方はすごく温かい方が多くて、町を歩いていると移住してきたばっかりの僕たちにも『来てくれてありがとうね』って声をかけてくれて。それが一日に何回かあったんですよ。『歩いてて、ありがとうと声をかけられることなんて東京ではなかったよね』って、僕も妻もびっくりでした。
それから地域密着のテレビ番組をやっていると、見てくれた人の反応がすぐに返ってくるんです。町を歩いてたら、『あんたがこの前出てたテレビ、一緒に映ってたのうちの孫でな。嬉しいわ~』とか声をかけてくれるんです。テレビなのに、ライブに近い感じ。すぐに反応がもらえると、『誰かをちょっとでも明るくできてるな』と実感できて、最高に嬉しいです」(吉田さん)
「僕は今までお笑いしかやってこなかったし、自分にはそれしかできないので。笑いで地域を元気にしたい!笑いの力で地域を盛り上げたい!みんなの気持ちをちょっとでも明るくしたい!その気持ちのみでやっている感じです」(吉田さん)
吉田さんが「みんな」と言うたびに、吉田さんの頭にはたくさんの人の顔が思い浮かんでいるんだなと思わせられます。
芸人の武器を持ちながら、地域おこし協力隊として地域と密接に関わることで、地域の人たちにも受け入れられていった吉田さん。「メディアに出ることが多い分、地域の方にも安心してもらえることが多く、地域おこし協力隊特有の悩み(地域の人と繋がりをつくりづらい、活動が見えづらく信頼関係が築きにくいなど)は少ない」と話す吉田さんですが、芸人と地域おこし協力隊の両立のコツ、あるいは活動の住み分けに悩むことはなかったのでしょうか。
「僕の場合は地域おこし協力隊として活動することで、芸人の仕事にも繋がったり、芸人として活動することで、地域おこし協力隊の活動がやりやすくなったりしているので、両立のメリットをすごく感じています。
地域おこし協力隊と住みます芸人の活動の内容が似ているので、線引きが難しいことは最初からわかっていて。だからこそ、活動をスタートさせる前に吉本興業のマネージャーと氷見市の担当の方に直接話をしてもらう時間をつくりました。
氷見市のリポーターの仕事は全て地域おこし協力隊の活動としてやる。イベントのMCなどは、吉本興業を通す。吉本興業がとってきた富山県のテレビ局の仕事は、吉本の芸人としてやる。そんな感じで、住み分けについても、曖昧にならないように最初に決めていたのが良かったと思います」(吉田さん)
吉田さんご自身や、雇い主の間では、両立・住み分けが上手くできている一方で、「今後は地域の方にも仕事の住み分けを理解してもらえるよう、活動していかなければならない」と吉田さんは、活動が広がってきたからこその次なる課題も話してくれました。
「例えば、地域の方に『草刈りに来てほしい』と言われたら手伝いに行くんですけど、そのノリで『イベントの司会してよ』と頼まれることがあって。最初の取り決めを基準とすると、この活動は芸人としての仕事になるんですけど、あまり理解していただけないことがあるんですよね。
言いづらさもあるんですが、これから芸人として、氷見市で生活していくわけなので、地域の方にもちゃんと話をしていきたいと思っています」(吉田さん)
今年で地域おこし協力隊3年目になる吉田さんは、「移住から定住に向けて、少しずつ動き出している」といいます。
「氷見市を拠点として創業することが目標なので、まずは自分の個人事務所を氷見市に構えたいと思っています。あとは、芸人の仕事に繋がる部分として、イベントの企画制作や、映像の企画制作の会社も立ち上げたいと考えています」(吉田さん)
起業に不安はないかと聞いてみたところ、「どちらも、今やっていることの延長線上にあることだから」と、これまで地域で積み上げてきたものがあるからこその自信を感じる返答。
今年の5月には定住に向けて、引っ越しもしたのだとか。
「商店街の中にある中古物件を買って、引っ越しました。商店街もシャッターが閉まっているお店が多くて、盛り上げたいなという気持ちがずっとあったんですが、自分が違うところに住んでいるのに盛り上げたいと言っても、なんか説得力がないなと思って。だったら、実際に商店街に住んで、盛り上げられたら最高やんってことで。
商店街での活動も例えば、身体中がシャッターだらけのゆるキャラを作ってみようかな、とか考えていて(笑)。お笑いのテイストも入れながら、楽しんでやっていきたいと思っています」(吉田さん)
物件購入や商店街のお話からも、吉田さんの「これからも氷見に根差してやっていくぞ」という覚悟や、氷見市への愛を感じます。
芸人と地域おこし協力隊という二足のわらじを履くことで、新たなキャリアとライフスタイルを構築してきた吉田さん。地域に根差し、地域から愛される芸人・吉田サラダさんの今後の活動にも、こうご期待です。
Editor's Note
吉田さんの、仕事や地域への真摯な向き合い方に感銘を受けました。テレビで見る吉田さんとはまた違った一面が見られた気がして、嬉しかったです。
地域おこし協力隊と何か別の仕事を兼業する際、活動の住み分けが問題となることもある中で、最初から線引きをはっきりしていたというお話は、個人的にとても参考になりました。
今の時代、兼業もいろんな形がありますが、自分の武器+地域おこし協力隊という形は、いろいろな可能性を秘めていると考えさせられたインタビューでした。
CHIERI HATA
秦 知恵里