SHIMANE
島根
会社に務めながら、社内外をうまく巻き込んで新たな挑戦を生み出している、という人はどれくらいいるでしょうか。
変化の時代。
同じ部署の人たちとこれまで通りの業務をこなしていくだけでなく、社内外の多様な人たちと連携して新たな事業を生み出さなければ、会社を維持することは難しくなっています。
とはいえ、先が読めず成功するかわからない中で、「私についてこい」と説得するのは難しい。
正解が見通せない時代に、周りの人にも自分ごととして捉えてもらうにはどうすればいいのか、周囲の人を巻き込むにはどうすればいいのか、悩んでいる社会人も多いのではないでしょうか。
そんな方におすすめしたいのが、周囲を巻き込み自ら未来をつくる「心を動かすリーダーシップ」を培う研修プログラム「SHIMA-NAGASHI」。島根県の離島・海士町(あまちょう)にある「株式会社風と土と」が主催するプログラムです。
前編では、代表の阿部裕志さんに、世の中に投げかけたい想い、そしてそれを実践する海士町との出会いについて、原体験を伺いました。
後編は、阿部さんたちが手がけている次世代リーダー・経営者候補向け研修プログラム「SHIMA-NAGASHI」について、お届けします。
さっそくですが、非日常の離島・海士町をフィールドに行われる「SHIMA-NAGASHI」とは、一体どんなプログラムなのでしょうか。
「個人の深いビジョンを言語化し、会社との重なりを見つけて、自分が心から望む未来へと一歩踏み出す。その腹落ちした言葉と本気の行動に周囲が共感し、自分ごととして共に新たな事業を進めていくことができる、という感じですかね。
そうすれば、日々の仕事もどんどん面白くなる。どうせ働くなら、やりがいのある仕事ができたほうが、個人にとっても、世の中にとっても良いと思います。
前海士町長の山内道雄さんがこう言っていました。『お前は本気か?と聞いたら、みんなが本気だと答える。注目すべきはその本気の度合いだ』と。
例えば僕の場合、高校の学園祭のときって、みんなが思いを持って本気でやっていて、本当に面白かったんです。学園祭をともに盛り上げ、今は大手企業に勤める高校の同級生に『あのときの自分の本気度合いを100だとしたら、今どれぐらいか?』と聞いたことがあります。
そうしたら、親友が『20かな。大企業で自己実現なんかできるわけない』と言って、つまらなさそうに働いている。
これを僕はすごくもったいなく感じていて、『お前はもっとできるよ』って思うし、親友が社会で活かされていないのが嫌で。でも、この本気度合い20の人がもし60出せるようになったら、インパクト3倍じゃないですか。
産業の衰退と人口減少の話は一緒に考えられることが多い。例えば、日本の人口はこの100年で3倍になって、これから100年で3分の1になる。生産人口が減るし、問題だって言われていますが、だったら1人ひとりの出せるインパクトを3倍にすればいいじゃんというのが僕の考えです。
本気度合いを20って言ってるあいつが、60出して働けるようになったら、世の中はそんなに悪くならないはずだって思うんです」(阿部さん)
「SHIMA-NAGASHI」を離島の海士町でやるということにも、大きな意味がありそうです。それは島に住む人たちの関係性から学ぶことがたくさんあるから。
「この島は、一人ひとりの個性が活かされ、自分ごととして動く人がすごく多いと思うんです。
人が活かされ自分ごと化されていく肝は「出番づくり」だと僕は考えています。顔が見える小さな島では、お互いの個性をよく知っています。
人をまとめるのが得意な人、目立たないけど裏をしっかり支える人、器用にものをつくれる人。その個性を活かす出番づくりの装置が島にはいろいろあって、祭りがそのひとつです。
次の世代を引っ張ってほしいと思う若者に祭りの主役という出番をつくることで、その人は島の担い手として自覚が芽生える。そうやって出番をつくりお互いを活かしあうことで、島を良くしようという活力が高まり、それが日常の仕事や地域の活動に繋がっている。
そして活力ある組織や地域のベースには、縦のトップダウンじゃなくて、横のフラットな関係性や信頼関係が必要。そうでないと『社長に言われたことをやってりゃいいじゃん』っていう風になっちゃいますよね。
依存は本気を生まない。自分でやろうとするから本気度は高まるわけで。
例えば町長にしても、確かに偉い人ではあるけど、僕にとっては仲間です。町長も僕を下だとは思っていないし、この島ではみんな肩書きじゃなくて、人と人として付き合っている。
その人の一部だけを見るのではなく、その人の全体と付き合っているというか。どういう想いを持ってて、どういうことをしたくて、どういうことが得意で、どういうことが苦手で、それを分かり合っていて。その上で、じゃあお互いに何をやっていこうか、と相談しながらやっています」(阿部さん)
「SHIMA-NAGASHI」で大事にしていることは、「腹落ちした言葉で自分のビジョンを語れるようになる」ということ。
「なかったものを取ってつけるのではなく、自分の中にある思い込みや邪魔なものを削ぎ落し、自分でも気づいていなかった大事な原石を堀り出す」のだと阿部さんはいいます。
「なぜこれが必要かというと、共感を生むかどうかは、やっぱりその人が自分の言葉で喋っているかどうかだと僕は思っているから。
『社長に言われたからやります』って言っても共感なんか生まれるわけないと思うんです。これから先が読めない時代で誰も正解がわからないし、社長だって正しいかどうかわからないわけで。
だから、理屈で説得できず人が動いてくれない状況では、共感でしか動けないと思うんですね。僕が海士町へ移住したときも、島の大人が本気の学園祭をやっていると思って、その在り方に共感したから移住したわけです。
共感型のリーダーシップの根底には、自分の将来・ありたい姿・作りたい未来を自分の言葉で語れるかってことがあると思うんです」(阿部さん)
では一体、何をすれば腹落ちした言葉で語れるようになるのでしょうか。「SHIMA-NAGASHI」で実践されているのは「身体知・内省・対話」のサイクルでした。
「言語化されていないものを探求するには頭で考えるだけでは足りません。だからこそ、まずは身体に聴くのです。それが身体知。
大自然の中を歩いたり、素潜りをしたりして、自分の中の暗黙知にダイブする。五感を感じることで感性を開いたら、次は内省。感じたことを考える。その後に対話で、感じて考えたことを言葉にする。プログラムでは、それをグルグル回していくということをやっています。
ある大手企業の参加者は働く理由を見つめ、とてもシンプルだけど、『自分の子どもに、お父さんかっこいいと言われる仕事がしたい』と言いました。『今は社名を隠すように働いて、業務もコソコソやっている感じで、かっこよくない』と。
島に来るまでは淡々と日常をこなすモードだった彼は、そこから職場に戻って8か月で全社を巻き込み、大きく事業を変えちゃうようなことをやったんです。そのときの彼の原動力は、かっこいいかどうか、たったそれだけでした。深く腹落ちさえすれば、変な理屈はいらないんです」(阿部さん)
プログラムの中で、大きなハイライトとなるものとして「高校生との対話」があります。海士町には「島留学」として親元を離れ、高校3年間を海士町で過ごすことを選んだ学生が多数。強い意志を持った学生たちと対話します。
プログラム参加者は「自分はなぜ今の会社で働き続けているのか」、高校生は「なぜこの高校に来たのか」を対等に語り合ったときに、聞き手の心動かすのは圧倒的に高校生の言葉なのだとか。
「『自分はなぜこの会社で働き続けているのか』というシンプルな問いですが、大人はなかなか答えられないんです。難しくは言えるんだけど。
高校生からのフィードバックは、話が理解できたかよりも、話を聞いて心が動いたか、という観点だけでしてもらいます。高校生たちは正直に言ってくれて、『すごく難しいことをやってるんだなと思いましたが、心には響きませんでした』と率直に返ってきます。
今度は高校生が語ります。『いじめにあっていて自分を変えたくて』、『親と揉めたけど、この高校に来ることを選んで』、『今部活でこんなことをやっていて、将来はこういう大学に行きたい。こういう仕事がしたい』。そういうのを語られると、ビンビン響くというか。
それを受けて、もう1回違う子とペアで対話するんですね。そうすると、大人は身振り手振りで一生懸命自分の原点をさらけ出して語ろうとする。 結構そこがね、参加者にとっての1個のハイライトになることが多いです」(阿部さん)
「『日本のビジネスパーソンは、言葉にすることを疎かにしすぎている』と監修の入山章栄さん(早稲田大学 大学院経営管理研究科 教授)が言っていて。
特にいわゆる”ヒエラルキー”の上にいる人は、大して言葉にしなくてもみんなへこへこして従ってくれるから、言葉にすることをサボっている。ちゃんと自分の言葉で語れる人を増やさないと、行動の起点となる共感は生まれないよねと話しています」(阿部さん)
ある人から「生物の進化は何かを守りながら、何かを変えていく」という話を聞いた阿部さん。大抵の生物は、生存に有利という理由で左右対象を守りながら形を変えていくのだといいます。
では、人間という動物は、何を守りながら何を変えていくのか。阿部さんが考える、人間が守るべきものとは何なのでしょうか。
「僕は人間が守るべきものって、関係性だと思うんです。人はひとりじゃ生きられない弱い動物で、腕の力も弱いし、生ものを食べたらお腹を壊すし、走るのは遅いし、繁殖能力も低い。そんな中で、助け合って生きているということが、人の本質だと思うから。
そして道具を生み出し、社会を発展させてきたクリエイティビティを発揮する創造性も、人として失っちゃいけないものですよね。豊かな関係性がある中で、クリエイティビティが発揮される。それを守りながら、他のものを変えていくのだと思います。
海士町の『ないものはない』というキャッチコピーには、ないものなんてない、つまり、大事なものは全部あるという意味があります。
それは、ここになんでもあるわけじゃなく、限られた資源の中で、自分たちで知恵を出し合って、新しいものを生み出していくっていう方向性で。人類が発展していく上で、失っちゃいけないものがこの島で体現されているんだと思っています」(阿部さん)
最後に、阿部さんの今後の展望を伺いました。
「人は都会に行くと経済学者になり、田舎に行くと哲学者になると聞いたことがあります。 僕もそうだなと思っていて、結局成長とは何か、会社とは何かって定義次第でどうにだって変わるじゃないですか。哲学が深まらないと熟していかない。だから最近は経営者の哲学を深めあう場を作りたいなと思っています」(阿部さん)
今回取材した阿部さんのお話は、毎日こなすように働いている多くの社会人のみなさんに響く内容だったのではないでしょうか。
阿部さんが同級生に問いかけていたように、まずは「今の自分の本気度合いはどれくらい?」と自問自答してみてください。もしかしたら、そこから変わる未来があるかもしれません。
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Editor's Note
頭の中だけで考えすぎて凝り固まった思考を、島の豊かな自然や人々との交流を通して柔らかくほどいていく。自分の身体と心の感覚を研ぎ澄ますことで、忘れていた気持ちを取り戻すことができるのだろうと思います。
「人類が発展していく上で、失っちゃいけないものがこの島にある」という言葉にも、とても共感しました。私自身、海士町を訪れてみたい気持ちが高まっています。
CHIERI HATA
秦 知恵里