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LOCAL LETTER

最短で地域にダイブ。就職を経由しない、新・ローカルキャリアの在り方

JAN. 13

KAGAWA

拝啓、地域に飛び込むタイミングを悩んでいるアナタへ

「新卒でいきなり地域に飛び込むのはどうなんだろう」

近年、各地の大学で「地域創生」を専門に学ぶ学部が誕生したり、社会学・経済学・人文学・農学・建築学など、それぞれの分野から「まちづくり」を考える授業が行われたりする中で、学生の地域への関心も高まっています。

一方で、ファーストキャリアで地域で挑戦することに悩む学生も。

大学で学んだ知識はある。この地域で活動したいという思いもある。
でも、果たしてそれを実行するのは今なのだろうかーー。

いやいや、一度は会社に就職するべきだ。
まずは都会で経験を積んでから。

そうして、地域に飛び込むタイミングを少し先送りにする。これが一般的に「正解」とされる選択かもしれません。

そんな中で、今回お話を伺った「株式会社ゲンナイ」代表の黒川慎一朗さんは、大学在学中に地元・香川県さぬき市へ戻り、一棟貸しの「まち宿AETE」で起業。一度は就職」という道を経由せず、最短ルートで地域に飛び込む道を選択しました。

黒川さんはなぜその選択をしたのか。そして、何の後ろ盾もない状態から地域でどのように活動してきたのか、お話を伺いました。

黒川 慎一朗(Kurokawa Shinichiro)氏 株式会社ゲンナイ代表取締役 / 1998年生まれ、香川県さぬき市津田町出身。大阪大学工学部卒。オンライン授業を活用して地元に戻り、起業。一棟貸しの宿と泊まれる図書館を運営中。地域の事業者と連携し、まちづくり協議会の活動も行っている。

3年後はもう手遅れ?地域にも、自分にも逃してはいけないタイミングがある

黒川さんの地元・香川県さぬき市津田地区は、国立公園に指定されている「津田の松原」など瀬戸内らしく穏やかな海岸風景が残る海のまち。かつては遠洋漁業で栄えましたが、漁業の衰退と共に高齢化、人口減少が進み、現在は総務省による『過疎地域』にも指定されています。

進学に合わせて地元を離れ、大阪大学で過疎地域におけるまちづくりや都市計画を専攻していた黒川さん。2〜3年生の時には、授業だけでなく、個人で全国のまちづくり先進地域へ足を運び、地域でのビジネスを学んでいたといいます。

その頃から「地域で起業する」選択肢はあったものの、それはあくまで10年、20年後の想定。黒川さんも、もともとは「一度就職して都会で経験を積んでから地元へ帰ろう」と考えていた一人でした。

しかし、想像以上に早まり、大学在学中での起業となりました。その理由は一体何だったのでしょうか。

「一番のきっかけは、大学4年生になるタイミングでコロナ禍になったことでした。本当はもっといろんな地域に視察へ行きたかったけど、あの時期はそれも難しかった。だったら、これまで自分が見てきたこと、学んできたことを実践するフェーズに入ろうと考えたのが最初でした。

オンラインで授業を受けられるようになったので、地元に戻って授業を受けつつ、まずは空き家を活用した一棟貸しの宿をオープンしました。コロナがなかったら、今頃都会の企業で働いているのではないかと思います」

「まち宿AETE」のシアタールームで地域の人にプレゼンテーションしている様子

当時の黒川さんは、 “よくある” 「3年会社で働いてから地域に飛び込むパターン」と「今すぐ地域に飛び込むパターン」を比較してみたといいます。

「『3年会社で働いてからパターン』は、経験を積めて、人脈を作れて、お金も貯められる。確かにメリットが多いように感じます。ただ、一方で失っているものもあることに気づきました。

それは、時間です。「今すぐ地域に飛び込むパターン」と比較すると、地域で活動できる時間を3年も失うことになるすでに何か自走している地域だと3年後でもいいのかもしれませんが、今まさに火が起こりそうな地域の3年って、すごく重要じゃないですか。

地域によっては、3年後にはもう主要なプレイヤーがいない、ということもあるかもしれません。自分が会社で働いている3年が、地域にとってはどういう時間なのかを考えてみるのは大事だと思います」

地域の視点から「時間を考えること」に加え、自分のキャリア視点からも「今すぐ地域に飛び込む」大切さを補足する黒川さん。

「当時、民間と行政の間に入りつつまち全体を動かしていくような、自分がやりたかったポジションの人が地元にはいませんでした。

でも、僕が外で3年修行しているうちに、そのポジションに就く人が現れてしまう可能性だってある。そのポジションを狙う自分にとっても、『今』というタイミングだったんだと思います」

手にした3年は大きかった。津田地区のまちづくり快進撃

「起業当初、地域内にはほとんど知り合いがいませんでした」と語る黒川さん。仲間がいない状態で、たったひとり、事業を始めることに不安はなかったのでしょうか。

「地域内にすでにやっている人がいたら、そもそもやらなくていいわけで。誰もいないから自分がやれるんだというマインドでした。

コロナ禍では積極的にオンラインイベントに参加したり、コロナが少し落ち着いてきた頃には、2〜3ヶ月に1回はどこかに視察へ行くようにして、地域外での繋がりをたくさんつくっていました。地域外に相談できる人がいたことが支えだったと思います」

県内外から視察に来た人たちを「津田の松原」へ案内する黒川さん

地元の人たちとの繋がりができ始めたのは、活動を始めて半年が経った頃でした。農水省が主導している農泊推進事業に津田地区が採択され、地域の宿泊事業者や飲食事業者が集まる会に呼ばれたことが大きなきっかけだったといいます。

会を重ねるうちに農泊の推進だけでなく、まち全体のことを考えようという話になり、2022年には、地域事業者と共に『一般社団法人さぬき市津田地区まちづくり協議会』を設立することに。

「起業してすぐ宿を始めていたので、『この会に参加しないか』と声をかけてもらえました。宿というベースがあったから、地域の人に自分の活動を理解してもらいやすかったのかなと思います。

自分は、行政と連携した取り組みや使える制度、他地域の事例といった知識があったので、協議会の中でも行政担当のような形で理事を務めさせていただくことになりました」

こうして、地域事業者の方々と一緒になってまちづくりを行っていく体制も整い、さらに黒川さんの活動も勢いづきます。

2022年には、さぬき市の地域おこし協力隊の採用業務を担い、津田地区にオープンするピザ屋さんの店長を移住スカウトサービス『SMOUT』にて募集。その運用に成功し、たった1ヶ月で全国各地から合計44名からの問い合わせ、例年の約10倍の応募数を記録したことで、地域内外から大きな反響があったといいます。

さらに、2023年5月には海辺の古民家を改修し、図書館と宿泊施設が一体となった複合施設『うみの図書館』をオープン。このプロジェクトでも『SMOUT』を活用し、住み込みで図書館の運営サポートをしてくれる人を募集しました。すると、募集ページには1年で580の『いいね』がつき、 応募人数は120名を超えたそう。

オープニングイベントの「海辺ブックフェス」には800人以上の人が訪れた

「『うみの図書館』をつくった海岸沿いに続く1kmの通り、通称『ウラツダ』エリアには、ここ2年間でピザ屋・スパイスカレー屋・バーなど、新しく7店舗ものお店がオープンしました。ピザ屋さんの店長の募集をきっかけに、20代後半から30代前半の移住者が増えましたね。

協議会では、地域の社長さんたちとまち全体の活動に取り組みながら、移住者の皆さんとは海沿いの店舗仲間のようなイメージで一緒に活動しています」

まちづくりをRPGゲームのように楽しむ

地域で活動する中で、多くの人が感じるであろう「失敗したらどうしよう」という恐怖心。「周りからの期待に応えないといけない」というプレッシャー。
「早く地域の課題を解決しなきゃ」という焦り。

ここまでお話を伺って、黒川さんはそれらを一切感じていないような軽やかさを感じました。黒川さんは自身の活動をどのように捉えているのか、深ぼって聞いてみました。

「まず失敗に関していうと、『うみの図書館』で最初に企画した読書会の応募者が0人ということがありました。あんなにメディアに出ている時期だったのに、不思議でしたね。そこですぐに「イベントは向いてないな」と思ってやめました。小さな失敗はバレないと思ってやっています(笑)

「それから、まちづくりをRPGゲームのように捉えている部分があります。

例えばゲームの中では、肉屋さんや八百屋さんがあって、それぞれのお店のレベルを上げていく。でもレベル3まできて、次にレベル4に上げようとするときには、何か別の大きな課題をクリアしないといけないんです。まちの中に大きい道路を1本引くとか、そういう特殊な課題をクリアしないと各店舗のレベルをそれ以上は上げられない、みたいな。

それと同じで、もう一段階、津田のまちのレベルを上げるとしたら、と考えた時に思いついたのが図書館をつくることでした。自分自身がいろんな地域に行くときに、図書館があるまちとそうじゃないまちで、明確に違いがあって。

他にも、地元の野菜や魚がいつでも買える場所があるまちとそうじゃないまちとか。そういう文化的なものに触れる、あるいは文化的な取り組みをする人がいる・いないで、まちのレベルが変わる気がしていました。

図書館を思いついてからは、『行政主導じゃなくて、民間主導でどうやったら維持管理ができるんかな?わからんけど、一旦実験してみよう。とりあえず3年以内に黒字化したらオッケー』と、そんな感覚で進めていました」

「うみの図書館」から徒歩30秒の浜辺で読書を楽しめる

正しいことより面白いことを。課題ではなくワクワクを語る

最後に、黒川さんが次にチャレンジしたい大きな目標について伺いました。

「起業したときから、正しいことよりも面白いことを優先しようという方針があります。『正しいこと』は論理的に考えてその方がいいという話で、ただ正しいことを言っても人は集まらないと思うんですよね。

「人口減少が…」とか、「このままだと学校が…」「 空き家が…」「交通の便が…」って課題を並べて。それは正しいことかもしれないけれど、そこをスタートにしちゃうと、面白みのないまちになる気がするんです。民間がやるまちづくりは、面白いことをスタートにしないと

今ある大きな目標は、小豆島と津田を結ぶ定期航路をつくることです。この間、実際にクルーザーで小豆島まで行ってみたんですよね。津田からたった30分なんですよ。これはものすごくポテンシャルが高いなと思いました。

関西からgoogleマップで小豆島を検索したときに、今は姫路経由か高松経由が一番早いところを、最短距離で津田がヒットする。もしそれができたら、人の流れも変わるんじゃないかな、と想像しています」

最後の最後まで、黒川さんのワクワクが伝わってくるお話でした。

黒川さんが提示してくれた新しいローカルキャリアというものは、決して「何も考えず、一旦地域に飛び込んでみなよ!」というものではありませんでした。地域の視点と自分の視点の両方から、地域に飛び込むべきタイミングを見極めるまずはそれが大切な一歩ではないでしょうか。

そのうえで、「今だ」と思うタイミングが大学生や新卒であったとしても、決して無謀な挑戦ではない地域で認められるために、まずは自分の場所をつくるも良し。地域に仲間がいないうちは地域外の人に相談するも良し。小さなトライ&エラーを繰り返すも良し。

3年という時間があれば、できることはたくさんある。3年という時間があれば、何かしら地域に変化が生まれる。

黒川さんの活動が、そう体現してくれています。

地域や自分と向き合い、「今やらなきゃ」という切実さや「今だからこそ」という熱量が湧き上がってきたアナタ。就職を経由しない新しいローカルキャリアも悪くないのでは。

Editor's Note

編集後記

本文には書けなかった、他地域に視察に行く際の黒川さんからの具体的なアドバイスをここに残しておきます。

「自分の活動エリアからちょっと離れた地域に行きましょう。『そんな遠いところからわざわざよく来たね』と言って、お金のことも含めていろいろ教えてくれますよ(笑)」

ちょっとヤラシイ、でも間違いなく為になる。こんなアドバイスをくれるところも人を呼び込む黒川さんの魅力だと思います。

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