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LOCAL LETTER

「細く長く」。伝統工芸・紙布を支える経営者としての判断

JUN. 19

HIROSHIMA

拝啓、地方の伝統工芸の現場で働く人を応援したいアナタへ

皆さん、紙布をご存じでしょうか?

紙布(しふ)は、紙を撚(よ)って作った紙糸で織られた織物で、江戸時代から続く日本の伝統工芸品です。主に壁紙として使用され、一般住宅だけでなく、ホテルなどの施設でも見ることができます。

近年ではその美しい風合いと独特な質感が評価され、とあるラグジュアリーブランドの店舗内装に、津島織物の紙布壁紙が使われました。

紙布で作った壁紙

現存する紙布の工場は、日本全国でも2か所しかありません。そのうち1つが広島県江田島市にある津島織物製造です。130年以上の歴史がある老舗企業で、伝統的な製造技術を現在まで引き継いできました。

現在は5代目である津島久人さん(以下、久人さん)が、社長として会社を率いています。

他の伝統工芸と同じように、技術を守り受け継いでいくことは簡単ではありません。久人さんも社長就任以来、様々な困難に立ち向かいながら事業を守ってきました。

紙布にどんな思いを抱き、どんな考えを持って経営に取り組んできたのか。久人さんにお話を伺いました。そこには経営者としての優れた判断能力と、逆境の中でも事業を続けていこうとする粘り強さを感じました。

歴史ある企業と伝統的な工芸品を未来に引き継ぐため、試行錯誤してきた久人さんの生き方・考え方をアナタにお届けします。

津島 久人(Tsushima Hisato)さん 津島織物製造株式会社 代表取締役社長 / 壁紙職人の仕事を経て、2020年より代表取締役就任。130年以上続く老舗の紙布壁紙製造元の5代目。

苦労する。でも人がやっていないことが魅力。

苦労したということです。もう大変なんです(久人さん)

自社製品への思い入れを聞いたとき、久人さんからはこのような答えが返ってきました。

紙布は和紙を撚った紙糸を使って織られます。紙糸は紙でできているため、伸び縮みが少なく、他の繊維に比べて織るときの労力が違います。吸湿性があり、湿度が高いと織る際に段差ができやすく、壁紙としてきれいに整えるためにはとても神経を使うそう。

伸び縮みの少ない紙糸

糸はもちろん、顔料もすべて天然素材。さらに驚くのは、何本もの糸を一度に染めるのではなく、1本ずつ丁寧に染め上げていくということ。

また、織る糸の本数が1本違うだけで、色の濃さや雰囲気が違ってきます。

「例えばインチメガネ(糸目測定などに用いるルーペの一種)で見て、その小さな間に10本横糸が入るのと8本入るのでは、その部分の濃さが変わってきます。同じ規格の糸でも、ちょっと色を濃いめに作ってもらったり、薄めに作ってもらったりするだけで、全然雰囲気が変わります」(久人さん)

紙布の見本が送られてきて、同じものを作ってほしいと頼まれることもありますが、それをこなすのは至難の業。紙布に用いるのは全て天然素材のため、時間が経つと色合いも少し変わってしまいます。また、見本で使われている顔料や糸、また織られている糸の本数を調べるのも一苦労です。

「石油ビニールへの印刷と比べ、天然素材で見本と全く同じように作るのは、かなり難しいと思います」(久人さん)

紙布を作る過程に対して、久人さんが大変なイメージしかないとおっしゃるように、とても細かく神経を使う作業が繰り広げられます。

様々な色、風合いの紙布

幼いころから父親の仕事を見てきた久人さん。

紙布の良さも理解していた一方で、若いころから紙布づくりの大変さも理解していたはず。それでも、人がやってないから魅力を感じると語ります。

久人さんが着目したのは、紙布という商材の希少性でした。

「もしも僕がビニールメーカーだったら、後を継いでいないです。きっと数はすごい出していただろうけれど、『貧乏暇なし』だっただろうなと」(久人さん)

比較的参入が容易な業種では、薄利多売になり、価格が下げられやすい傾向があるそうです。それに対し、作る人が少ない紙布は、市場での希少性から価格競争には巻き込まれにくく、単価の交渉も不利にはなりにくいのだとか。

500本近くの糸を使って織る紙布。糸の付け替えを含めて、手作業がたくさんある

「最終的に一番細く長くやっていけるところは、やっぱり伝統工芸のメーカー。金箔や箔押しのような手作業が必要なメーカーは、事業が衰退しにくい。人間の手でやるものは、大手が手出しにくいから残ってきているんですね」(久人さん)

工程が自動化しにくいことが、紙布を作るときに苦労する要因。しかし同時に、そのことが他社の参入を防ぐ壁にもなっている。経営的な視点から見たとき、紙布作りは利益を確保しやすく、市場で自社が優位に立ちやすいと考えられます。

もちろん、「希少だから売れる」わけではなく、紙布が優れた素材であることや、そして津島織物製造の製品が市場でしっかりと評価されていることがあってこそです。

「短期的に儲けられることより『細く長く』食べていける職業を考えるように」と父に言われてきた久人さん。「紙布は急速に事業拡大できる派手さがない代わりに、堅実に事業を継続できる」と考え、父親から紙布工場を引き継ぐことは、久人さんにとって長年有力な選択肢でありました。

「苦労する」といいながら、ときより笑顔を見せながら製造工程を説明してくださる久人さん。その姿からは、自社製品と自身の仕事に対する深い誇りを感じました。

紙布の製造工程について語る久人さん

小さい会社であることが魅力。不安と戦うために

父親の体調が優れなかったこともあり、久人さんは10年ほど前から津島織物製造の仕事を手伝うように。そして、2020年3月に5代目として正式に就任しました。

2020年はコロナ禍の真っ只中。景気低迷の影響を受け、津島織物製造の事業にも向かい風がふいていました。

それに加え、2025年の建築基準法改正により、不燃素材と準不燃素材の扱いが変わり、準不燃素材であった紙布はホテルや商業施設で使えなくなってしまいました。

「社長になったのは2020年の3月22日で、ちょうどコロナの絶頂期でした。外にも出られない上、防火基準も不燃素材と準不燃素材に分けられることが決まりました。それが2020年に全て重なってしまって。売上も一気に下がってしまいました」(久人さん)

ときより少しうつむきながら、大きな2つの課題と向き合ってきた5年間の苦労を語ってくれました。

それでも、小さな会社は自分でうまくコントロールしやすいと語る久人さん。コストカットなどを進め、会社全体の財政健全化に努めました。現在でも出荷量はコロナ前の半分ほどであるそうですが、それでも現在会社は借金がなく、事業全体としては黒字の状態になっているそうです。

「儲けがないので、節約をしている感じですよね。小さい会社って出費を削ればなんとか耐えれるもんなんです」(久人さん)

そうした耐える期間を経ながら、紙布の改良を重ね、ついに不燃材料としての基準をクリアすることができました再びホテルや商業施設での使用が可能になり、納品先のブランドが不燃材料の紙布を使って壁紙を出すと言います。そのため、今年の夏から出荷量の回復が見込まれています。

市場で様々な変化が起こる中でリスクを減らすには、機動性・柔軟性を確保できる小回りが利く組織であることが強みになるよう。あえて会社を大きくしない点にも、久人さんの経営者としての優れた洞察を感じました。

現在は、久人さんの母(右)、1名の社員の方(左)を含む3名で運営しています

また、久人さんが抱えている危機は、コロナや防火基準の問題だけではなく、人口減による市場縮小もあります。

「あの時代はまだ高度成長時代なんで、それは良かったんですけど、今はもう時代にそぐわない」(久人さん)

母が結婚して津島織物にやってきた昭和45・6年頃の頃を想像し、先代の経営をそう振り返ります。当時は工場も今よりにぎやかだったそうですが、借金がある赤字経営。それでも市場が拡大していたので、事業を継続していくことが可能でした。

現在では、ここ10年の間に、日本全体で壁紙の出荷量が7億ヘクタールから6億ヘクタールにまで減り、市場全体が縮小しているそう。

先代の経験したオイルショックやリーマンショック、そして久人さんが経験したコロナ禍は、数年間での影響収束が見込まれる危機であったのに対し、人口減による市場縮小は今後もずっと続きます。

人口減少は長期にわたるので、人がいなくてもこの工場、この会社が回るようなシステムを作らなきゃいけません(久人さん)

今後を見据えて「細く長く」事業を継続していくため、様々な不安と戦いながら、久人さんの経営者としての挑戦は続いていきます。

改良しつつ細くなる。紙布が世界に羽ばたいていくために。

久人さんの今後の目標は、会社を潰さないこと、継続していくこと。そのためには、改良しつつ細くなることだと語ります。

紙布は耐用年数が長く、工場には昭和時代に作られた紙布もきれいな状態で置かれています。当時の柄や風合いは今とはまた違っています。

「今、お客さんたちが、昔の紙布を知らないんですよね。うちは、倉庫に古いものをいっぱい持っているので、その古いものを出すとお客さんが興味を持ちます。時代は繰り返されると感じました。また昔の紙布をちょっと改良していけばいいかなとも思いました。改良して、継続していく感じですかね」(久人さん)

改良して継続していくという考えから、壁紙以外の試作品も作っているそう。近年では安田女子大学と提携して、紙布の新しい使い方を模索しています。また、ファッションブランドとも提携して、紙布を使ったバックの製造もおこないました。

色んなところへ羽ばたいていけばいいかな、と思うてますけどね(久人さん)

少し照れ臭そうにはにかみながら、紙布の今後について、久人さんが話してくれました。心なしか声のトーンが上がり、未来へ希望を抱いている様子が感じられました。

また、江田島市長は積極的に紙布をPRしてくれているそう。学校でも積極的に紹介してもらった結果、今では小学生や中学生が工場見学によくくるそうです。

SNSでの発信も行い、紙布をより広く知ってもらうために、普及活動にも努めています。

工場は見学可能。要予約(津島織物製造HPはこちら)

そうした普及活動が実を結び、有名ブランド店の壁紙として採用されました。今後、建設中の広島ハイヤットホテルでの採用も決まり「嬉しかった」と語る久人さん。

紙布を、日本全国みんな伝えたい思いはすごくありますよね(久人さん)

取材の最後に、伝え残したこととして、そう語ってくれました。

紙布を一人でも多くの人に知ってもらうことが、津島織物製造の未来を作り、伝統を受け継いでいくことの助けになります。

ぜひアナタも、紙布を実際見て、苦境の中でも久人さんが守り続けてきた伝統技術の素晴らしさをぜひ感じてみてください。久人さんの思いに共感したら、ぜひ応援をしてください。

 

本記事はインタビューライター養成講座受講生が執筆いたしました。

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Editor's Note

編集後記

たくさんのことを達成しながらも、「社長になってから、まだいい思いは全くしてない」と語る久人さんの謙虚なお人柄にはとても惹かれるものがありました。

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