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LOCAL LETTER

イタリアワインのGI戦略と、日本酒が目指すラグジュアリーへの道【宮内俊樹のテリトーリオ散歩④】

JUN. 17

ITALIA

拝啓、地方には『何もない』と嘆くアナタへ

※本記事は宮内 俊樹氏(クロスボーダーLLC代表)によるコラムです。

前回は、食についてお話ししました。いよいよ次はワインです。イタリアにおいてワインとは、その土地の履歴書そのものです。ブドウの樹が根を張る土壌の質、吹き抜ける風、降り注ぐ太陽。何世紀にもわたってその土地を守り、耕してきた人々の歴史と誇り。それらすべてが一本のボトルに詰め込まれています。イタリア人がワインを語るとき、彼らは単に味の良し悪しを語っているのではなく、自分たちのテリトーリオ、すなわち土地の文脈を語っているのです。

今回は、世界遺産オルチャ渓谷の街・モンタルチーノへの訪問記を交えながら、イタリアがどのようにして食を武器にグローバリズムと戦い、ブランドを守り抜いたのかを深く掘り下げます。さらに、そのイタリアの背中を追うように進化を続ける、日本の酒類産業の高付加価値化への取り組みについても考察します。

宮内 俊樹 クロスボーダーLLC代表/フィラメント・シニアコンサルタント
1967年生まれ。早稲田大学法学部卒。雑誌編集者を経て、2006年ヤフー株式会社に入社。2012年より社会貢献サービスの全体統括、大阪開発室本部長を歴任。天気、路線、防災のサービスを統括し、Yahoo!天気アプリを2年で7倍のユーザー数に成長させる。2020年ディップ株式会社にジョインし、執行役員、ディップ総合研究所所長を歴任。現在トラストバンクで地域創生に携わるほか、クロスボーダーLLC代表として、フィラメント・シニアメンター、スパイスファクトリーなど、地域創生、防災、行政、社会貢献等の複数プロジェクトに携わる。

テリトーリオを象徴するイタリアワインの魅力

イタリア全土には20の州がありますが、それぞれの州、いや、それぞれの丘や谷ごとに異なるブドウ品種があり、異なるワインが存在します。

例えば、トスカーナ州のキャンティと、隣接するウンブリア州のワインは全く別物です。グローバルな大量生産の論理では、均質で安定した味を効率よく作ることが正義とされます。しかし、イタリアのテリトーリオ戦略においては、均質でないことこそが価値になります。その土地でしか出せない味、その年の気候だからこそ生まれたニュアンス。そうした揺らぎや個性を愛でることこそが、イタリアワインの魅力であり、テリトーリオの思想そのものといえます。

20世紀後半、世界は効率化と均質化の波に飲み込まれました。農業も工業化し、どこでも同じ味が求められるようになりました。しかし、イタリアはそこで踏みとどまり、効率ではなく固有性を選んだのが卓見だと思います。その決断を支えたのが、国を挙げたGI(地理的表示)認証への取り組みでした。

地域の誇りを守り抜いたGI認証とガット協議の戦い

地理的表示を意味するGI(Geographical Indication)という言葉は、特定産地の名称を知的財産として保護する制度です。フランスのシャンパーニュ地方で作られたもの以外はシャンパンを名乗れないルールは有名ですが、イタリアではパルミジャーノ・レッジャーノ(チーズ)やプロシュート・ディ・パルマ(生ハム)、そしてワインの最上位格付けであるDOCG(統制保証原産地呼称)などがこれにあたります。

なぜイタリアはこれほどまでにGIに力を入れるのでしょうか。それは、グローバライゼーションという巨大な圧力から、自国のテリトーリオを守るためでした。

写真提供:太田雅文

かつて関税と貿易に関する一般協定、いわゆるガットのウルグアイ・ラウンドなどの国際交渉の場で、農産物の自由貿易化が激しく議論されました。効率的な大規模農業を推進する国々は、農産物を単なる工業製品のようなコモディティとして扱おうとしました。一方、イタリアをはじめとする欧州諸国は、この流れに強く抵抗しました。食は文化であり、地域の歴史そのものであるとして、地名と結びついた産品を知的財産権(TRIPS協定)として守ることを主張し、国際社会に認めさせたのです。これは単なる経済交渉の勝利ではありません。地域の文化と誇りを守るための、文字通り戦いでした。

一方で、日本は米の全面自由化を阻止するために牛肉・オレンジを市場開放するという、いわば守りの戦略に徹しました。戦略としての強さの違いは歴然です(もちろん欧州は欧州で、痛みを伴う判断ではあったのですが)。

この制度のおかげで、イタリアの生産者たちは量を追う必要がなくなりました。むしろ、生産地域や製法を厳格に限定し、生産量をあえて制限することで、希少性とブランド価値を高める戦略をとることができたのです。もっと作れば儲かるのにという資本主義的な問いに対し、イタリアの生産者は、これ以上作ったらこの土地の味が変わってしまうじゃないかと答えます。この足るを知る姿勢と、それを経済的価値に転換するしたたかな戦略こそが、テリトーリオ戦略の真骨頂といえます。

聖地・モンタルチーノを訪問して感じた誇り

さて、そんなイタリアワインの聖地とも言える場所を、実際に訪れてきました。トスカーナ州、世界遺産オルチャ渓谷の丘の上に聳え立つ城塞都市、モンタルチーノです。

フィレンツェから車で南へ約2時間。なだらかな丘陵地帯に、糸杉の並木道が続く絵画のような風景の中を走っていくと、ブドウ畑に囲まれた小高い丘の上に、中世のまま時が止まったような街が現れます。ここモンタルチーノは、イタリアワインの女王とも称される最高級赤ワイン、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノの唯一の産地です。

写真提供:太田雅文

街の人口はわずか5000人ほどです。しかし、この小さな街は世界中にその名を轟かせ、世界中の愛好家を惹きつけています。街に足を踏み入れると、石造りの重厚な街並みのいたるところにエノテカと呼ばれるワインショップやワインバーがあります。観光客たちは、昼間からグラスを片手に、眼下に広がるオルチャ渓谷の絶景を眺めながら談笑しています。

私が訪れたワイナリーは、1790年創業のファットリア・デイ・バルビ(本当は最高峰というべきビオンディ・サンティに行きたかったのですが、非公開でした)。案内してくれたオーナーは、醸造施設よりも先に、まず私を畑に連れて行きました。そして、土を指さし、風を感じ、この丘の斜面の向きがいかにサンジョヴェーゼ・グロッソというブルネッロを作るブドウ品種に適しているかを、まるで我が子の自慢話をするように熱っぽく語るのです。

彼らにとってワイン造りとは、自然を支配することではなく、土地の声を聞き、その文脈をボトルに封じ込める行為なのかもしれません。

ワイナリーで試飲したブルネッロは、力強く、それでいて驚くほどエレガントでした。しかし、何よりも感動したのは、そのワインをその場所で飲んでいるという体験そのものでした。窓の外には、ブドウが育った畑が見える。テーブルには、近所の農家が作ったチーズとハムが並ぶ。

この文脈と一緒に味わうからこそ、ワインは単なるアルコール飲料を超えて、忘れられない記憶になります。これこそが、わざわざ地球の裏側まで足を運びたくなるテリトーリオの磁力なのでしょう。

モンタルチーノは、決してアクセスの良い場所ではありません。しかし、そこには世界中から人が集まり、決して安くはないワインが飛ぶように売れていきます。彼らは安さや便利さではなく、ここに来なければ味わえない物語にお金を払っているのです。これこそが、高付加価値化のひとつの答えではないでしょうか。

トスカーナにおける生産規制と土地の防衛

モンタルチーノがこれほどの地位を築けたのは、偶然ではありません。そこには、テリトーリオを守るための厳格なルールと、生産者たちの連帯がありました。

ブルネッロ・ディ・モンタルチーノを名乗るためには、モンタルチーノ村の特定の境界内で栽培されたサンジョヴェーゼ・グロッソというブドウを100%使用しなければなりません。さらに、収穫量を1ヘクタールあたり一定以下に制限し、醸造後はオークの樽で最低2年、ボトルに詰めてからさらに数ヶ月、合計で最低5年もの法定熟成期間を経てからでなければ市場に出すことができないという、厳しい規定が存在します。

この規制は、目先の利益を追求したい企業にとっては大きな障壁となります。しかし、地域の生産者たちは生産者協会を結成し、このルールを徹底的に死守しています。なぜなら、一度でも大量生産に舵を切り、品質を落とせば、先祖代々受け継いできたモンタルチーノという土地のブランドが失墜することを知っているからです。

さらに、彼らはブドウ畑の景観そのものもテリトーリオの重要な財産と捉えています。オルチャ渓谷の美しい景観が維持されているのは、過度な開発を規制し、自然と人間活動の調和を保ってきたからに他なりません。ワインの味を守ることは、すなわち地域の風景と歴史を守ることであり、その一貫した姿勢が世界的なリスペクトを集めているのです。

進化する日本ワインの現在地

こうしたイタリアの背中を追うように、今、日本の酒類産業も大きな地殻変動を起こしています。まず注目すべきは、近年における日本ワインのクオリティ向上です。

2018年に施行されたワインの表示基準により、日本国内で収穫されたブドウを100%使用して国内で醸造されたものだけが日本ワインと名乗れるようになり、ルールが厳格化されました。この法整備を機に、日本の造り手たちの意識は農業としてのワイン造りへとシフトしました。山梨県の甲州やマスカット・ベーリーAといった固有品種のポテンシャルが再評価されただけでなく、長野県や北海道などでメルロー、シャルドネ、ピノ・ノワールといった欧州系品種の栽培が成功を収めています。

現在の日本ワインは、世界の権威あるコンクールで金賞を受賞する銘柄が相次ぎ、フランスやイタリアに引けを取らないエレガントな酸と、日本の気候風土がもたらす繊細な旨味を湛えるようになりました。造り手たちは、その土地の地質や微気候を徹底的に分析し、ワインに反映させています。

日本酒の高付加価値化:磨きと熟成の挑戦

ワインの進化と並行して、日本酒の世界でも、コペルニクス的転換が起きています。かつて日本酒は、安価に酔える大衆酒としての側面が強く、一升瓶でいくらという低価格競争の波にさらされてきました。しかし今、プレミアム日本酒の市場が拡大しています。世界のセレブリティにとっては価格が安いということは、プレミアな価値の低さ、品質の低さとすら受け取られてしまいます。

高付加価値化を牽引する、2つのアプローチが存在します。

第一のアプローチは、原料米を徹底的に削る精米歩合の極限への挑戦です。本来、特定名称酒における最上位である大吟醸は、精米歩合50%以下と定められています。しかし、現代のトップランナーたちは、その基準を遥かに超えて、精米歩合23%、10%、さらには1桁という、米粒がまるで真珠のようになるまで磨き上げる技術を導入しています。

米の外側にあるタンパク質や脂質を極限まで取り除くことで、雑味が一切ない、澄み切った清らかな味わいと、華やかなアロマが生まれます。

熟成による時間と温度の付加価値化

第二のアプローチは、磨きとは対極にある時の積み重ね、すなわち熟成による高付加価値化です。ワインにおいてヴィンテージが高値で取引されるのは世界の常識ですが、従来の日本酒業界では新酒が最も価値が高く、古くなると劣化するという固定観念が根強くありました。しかし、その常識はいま、完全に覆されようとしています。

近年、数年あるいは数十年という歳月をかけて、温度を厳密に管理されたセラーで寝かせる取り組みが本格化しています。熟成された日本酒は、無色透明から美しい琥珀色へと変化し、ドライフルーツやナッツ、スパイスを思わせる、複雑で妖艶な香りを纏うようになります。

大変尊敬する知人が「熱と燗」という店を東京と京都で開店しています。そこに光栄にも招いていただき、一度試飲をしたことがあります。日本酒というより、ブランデーのようなふくよかな香りと味わいで、赤酢の高級寿司にペアリングするととても合いそうです。こちらはオンラインでも購入可能。

ここで重要な役割を果たすのが、日本酒が独自に持つ熱と燗の文化との融合です。熟成酒は、冷やして飲むだけでなく、適切な温度に温める(燗をつける)ことで、そのポテンシャルが開花します。熱を加えることで、長年の熟成によって閉じ込められていたアミノ酸やコハク酸といった旨味成分がほどけ、口の中に圧倒的なふくよかさと長い余韻をもたらします。

世界トップクラスのソムリエたちは、この熟成日本酒の燗という、ワインには真似できない唯一無二のプレゼンテーションに注目しています。フランスの三つ星レストランで、ジビエ料理や濃厚なデザートのペアリングとして、温めたヴィンテージ日本酒が供されるシーンも増えていると聞きます。時間という価値に適切な熱の魔術を加えることで、日本酒は世界のラグジュアリー市場へと昇華しつつあります。

豊かさとは、選べることではなく、そこにしかないこと

イタリアのテリトーリオ戦略、モンタルチーノの旅、そして進化する日本ワインと日本酒の最前線から学んだのは、豊かさの定義です。

かつて私たちは、大都市の洗練されたデパートに行けば世界中のあらゆるものが手に入ることを豊かさだと思っていました。しかし、これからの豊かさは違います。そこに行かなければ飲めないワインがある、その土地の風に吹かれ、その歴史の文脈を辿らなければ、本当の価値がわからない酒があるという、一見すると不便さや非効率の中にこそ、現代における最高の贅沢と価値が宿っているのです。

自分たちの足元にある歴史、風土、そして農業をテリトーリオとして再定義し、誇りを持って世界に語りかける言葉と戦略を持つことが、テリトーリオの本質というべきでしょう。

それでは、また次の記事でお会いしましょう。チャオ!

 

(参考文献))

テリトーリオから考える地域価値の醸成業種を越えた連携へ – GREEN×GLOBE Partners 
テリトーリオとローカリズムから考える新しいラグジュアリー – Design Week Kyoto 
地域活性化と「テリトーリオ」の概念 – 電通総研
・木村純子・陣内秀信 編著『イタリアのテリトーリオ戦略:甦る都市と農村の交流 』白桃書房, 2022.

※クレジット無の写真はいずれも筆者撮影

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