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LOCAL LETTER

他がやらないから敢えてやる。日本に2社だけ残る伝統技術、今を紡ぐ現場で

MAY. 13

HIROSHIMA

拝啓、日本の伝統産業の未来が気になるアナタへ

まるで時間が止まったかのように、静かに佇む門構え。

この場所に流れるのは、明治時代から続く100年を超える時間と、人々の営みの記憶。

日本の伝統が息づく景色が時代とともに失われつつあることに、さみしさを覚える人もいるのではないでしょうか。

瀬戸内海に浮かぶ人口約2万人の島、江田島。広島港からほど近いこの地で、日本で数少なくなった伝統産業を130年以上守り続けているのが津島織物製造株式会社です。

津島織物は、和紙を撚(よ)った糸で織り上げる伝統織物「紙布(しふ)」を使った壁紙を製造しています。和紙という天然素材をふんだんに使った紙布は、丈夫で軽く、吸湿性にも優れているのが特徴です。

日本における紙布の歴史は長く、江戸時代には紙布で和服(紙衣・しい)が作られていたという記録もあるほど。長い歴史とともに継承されてきた日本の紙布づくりの現場では、今、新しい局面を迎えています。

明治23年から続く津島織物で5代目を務める、代表取締役の津島久人さんにお話を伺いました。

津島 久人(Tsushima Hisato)氏 津島織物製造株式会社 代表取締役 / 広島県江田島市生まれ。130年以上続く老舗の紙布壁紙製造元の5代目。壁紙を貼るクロス職人を続けた後、2020年より正式に家業を引き継ぐ。

紙布はまるで生き物、呼吸する素材をあやつる繊細な感覚

「この糸かけが一番難しいんです」

紙布づくりの苦労を聞くと、津島さんから意外な答えが返ってきました。

「織り機への糸かけが上手にできないから、皆なかなか紙布織に手を出さないですね。ナイロン、ポリエステル、アクリルなどの石油由来の人工繊維なら伸縮性がある。 でも、天然素材の紙系は伸び縮みしません。一度伸びたら戻らないし、伸び切ったらちぎれてしまう」

1枚の紙布を作るために織り機にセットするのは、510本もの紙糸のボビン。これらすべての糸の張り具合を均一にしないと、できあがった紙布にゆがみが出てしまうといいます。

紙布を織り上げるのは機械のしごと。ですが、その過程にはさまざまな手作業や感覚的な調整が息づいているのです。

「湿気との関係も難しい。紙糸は染めに使った顔料で少し湿っています。それを織り機にかけていく時、冬は乾燥しているからたわみやすいし、梅雨や夏のような湿気が多い時期は締まりすぎたり。糸かけの締め具合によって、全体に段差ができやすいんです。これを手触りと感覚だけで調整していくのが、紙布づくりの難しいところですね」 

季節によって変わる空気の乾燥や素材の湿気を考えてのものづくりは、まるで一筋縄ではいかない生き物を扱うようです。

「そうですね。また、壁紙として使うものですから、全体で見た時の色むらとか垂れ張りも気にしなきゃいけない。右だけ突っ張ってしまったりすると、壁紙として使えませんから」

織り機に紙糸をかけるまでが、1番の山場となる紙布づくり。紙糸に触れる手先の感覚を頼りに、安定した品質の紙布壁紙を作り続けるのはとても大変です。

出来上がりをイメージしながら、縦糸と横糸の本数を変えたり、紙糸の色をみながら全体のバランスを取るのも一苦労。また、石油由来の人工繊維と違い、天然素材でできた紙糸は時間の経過とともに色や風合いにも変化があるといいます。

これらすべてのバランスを取りながら、職人ひとりひとりの感覚的な調整が欠かせない紙布壁紙づくり。紙糸や織り機について説明をする津島さんの話にも熱が入ります。

一方で、ものづくりの感覚を身につけた先には、機械との長い付き合いがあります。津島織物では、津島さんが生まれる前、昭和初期から使い続けている機械が今も活躍しているといいます。

「でも、これがまた古い機械ほど長持ちするんです。僕でも直せるほど作りがシンプルで、ちょっと部品やモーターを替えるだけで持ち直すんですよ」

季節によって表情を変える紙糸や、修理しながら使い続ける機械との付き合いは、少し気難しいけれど愛着がわく人間との関係のよう。感覚を頼りに続けるものづくりには、作り手の想いが一層こもります。

変わりゆく原料や素材の生産。そして連鎖する伝統産業の未来

紙布壁紙づくりに欠かせない、紙糸にもこだわりがつまっています。

津島織物で使用している紙糸は、静岡県清水市で長く続く糸屋で作られたもの。糸を撚(よ)る前の和紙の選定から糸屋と相談しながら決めているといいます。

「紙糸は、柔らかすぎても硬すぎてもダメなんです」

壁紙として織り上がった時の強度を考えて紙糸を仕立ててもらうのも、老舗としての腕の見せどころ。耐久性を考えて、津島織物では国産の和紙に少し麻を混ぜた紙糸を使っています。

ただ、和紙や麻といった天然由来の素材で作られる紙糸は、時代の流れとともに変化に直面しています。

「紙糸に顔料をのせてあるのが特徴で、それがうちの壁紙の良さにもなっています。ただ、顔料をのせた紙糸づくりの技術がある製造元は、もう1社しか日本に残っていないんですよ。この1社がなくなってしまったら、うちも今後どうなるかわかりませんね」

壁紙の色を決める紙糸。津島織物で使われている紙糸は、顔料液にどっぷりと浸すのではなく1本1本の糸に丁寧にローラーを回して染められたもので、ここにも高度な技術がつまっています。

さらに、紙糸に使う国産和紙や、糸に混ぜ込んでいる麻の生産でも時代の変化が起きています。ものづくりの連鎖からなる日本の伝統産業。これらの生産者のどこか1つが欠けても、紙布壁紙づくりは成り立ちません。

尽きない課題と向き合いながら。5代目が挑む未来

津島織物の沿革を振り返ると、代々新しい挑戦を続けてきた軌跡に気づきます。

津島織物は明治23年に初代 津島小太郎氏によって設立され、その後、2代目の芳松氏が紙糸の開発に着手します。続く3代目の澄人氏が工場を新設し、本格的な紙布壁紙の製造を開始。そして4代目の一登氏は加速した消費社会の波に乗って機械化を進め、当時の紙布業界で革新的だった織り機を日本で初めて導入しました。

こうした歴史を見ると、津島織物は時代ごとに進化を続けてきたように思えます。老舗の5代目として、津島さんが現在向き合っている挑戦について聞きました。

「時代によって苦しさが違いますね。今は人口減少の時代。消費が減って、これまでの取引先だけでは以前のような出荷量を維持できなくなっている。だから、新しい分野、例えば不動産やホームセンターへの卸しなど、新規開拓にも挑戦しています」

津島織物を長年支え続けるみなさん

さらに、人口減少は働き手探しにも影響を与えているといいます。

「日本は、部品など、特殊なものづくりが得意だったと思うんです。例えば、その特殊なものを作っているのは零細企業や中小企業でしたが、後継ぎが減り、何万社もの企業がなくなってしまった。最近は、人口減少に加えて、汗水たらしながら手を動かして働きたくないという若い人が増えているように思います」

幼少期から津島織物の工場で起きる出来事が生活の一部となっていた津島さんは、今の時代をどう考えているのでしょうか。

「父の代の悪い時期は、オイルショックやリーマンショックのように短期的なもので、長くても3年。原料不足などの問題は待てば回復しましたし、人手不足の心配もありませんでした。それに比べ、今の人口減少は長期的な課題です」

ものづくりと消費の両方で人が減り、向き合う課題が多様化した現代。伝統を紡ぎ続けるための挑戦は決して簡単ではなさそうです。

紙布壁紙の製造元は現在、日本に2社しか残っていません。変化の多い時代に、歴史を継承するには多くの苦労も伴います。それでも続ける理由は何なのでしょうか。

「他がやってないから、魅力を感じますね。僕が後継ぎになると決めたのは、やっぱり他の人がやっていないから」

そう語る津島さんの言葉には、津島家に代々続くチャレンジ精神と変化を恐れない姿勢が受け継がれているように感じられます。それが、日本で数少ない紙布壁紙製造元として生き残った秘訣でもあるのでしょう。

ある日、突然の電話から始まった新しい景色

「突然、電話がかかってきたんです」

とあるラグジュアリーブランドの店舗内装に、津島織物の紙布壁紙が使われた経緯を教えてくれました。

津島織物の紙布壁紙がとある外国人デザイナーの目に留まったのがきっかけで、ある日突然、問い合わせの電話がかかってきたといいます。

実は、津島織物に興味を持ったのは、フランスを代表する高度な職人技術を継承する老舗ブランド。長く続く歴史のなかで職人の手仕事にこだわる姿勢は、津島織物のものづくりの在り方と共通するものがありました。

実際に江田島の工場まで足を運び、生産の現場を見たうえで選ばれた紙布壁紙。ものづくりへのこだわりも津島織物に負けじと強いものだったそうですが、仕上がりも満足いくものに。

さまざまな人が行き交う博多。その街の人気店で紙布壁紙が多くの人の目に触れ、津島さんも新たな手応えを感じたようです。

新作の紙布製品

最近は、外資系ホテルからの引き合いも増えてきたと話す津島さん。海外では、個性の光る職人技術が好まれる傾向があります。長年、他にはないものづくりを続けてきたからこそ、津島織物の紙布壁紙は海外のクライアントからも関心を持たれているようです。

歴史をさかのぼると、津島織物が海外との取引を開始したのは昭和26年頃。高度経済成長期の始まりとともに、いち早くアメリカに向けて紙布壁紙を輸出していました。

今後は、地元広島での認知拡大に加えて、海外からの新しい流れにも積極的に挑んでいきたいと話す津島さん。変化の波にも積極的な姿勢が、これからどんな未来を紡いでいくのでしょうか。

「それぞれの時代が並んでいて気に入っているんです」

代を重ねるごとに、横へ横へと増築されてきた工場。その天井を見上げながら、津島さんは語ります。明治、大正、昭和、それぞれの時代の趣を残しながら、古い建物は取り壊されることなく、当時の姿で残っています。

工場の天井に残された、かつての機械の部品

次々に古いものが消え、新しいビル群で「上書き」されていく都市の風景を見慣れた私には、その光景が新鮮でした。

過去を消して現在を上書きするのではなく、過去の「横並び」に現在を続ける。歴史や伝統を大切にしながら変化するとは、こういうことなのかもしれません。

変わらない過去の隣に「変化する現在」が続く。その姿こそ、津島織物の歴史と未来へ向けた想いを表しているようです。

老舗が現代に受け継ぐ、新しい歴史の形。

日本に2社だけとなった紙布壁紙の技術。時代の変遷を乗り越え、希少性を守り抜いたからこそ、いま改めて世界でその存在が評価され始めているのです。

地域から世界へ。

日本の伝統が、新たな未来を静かに紡ぎ始めるなかで、アナタはどんな夢を描くでしょうか。

本記事はインタビューライター養成講座受講生が執筆いたしました。

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Editor's Note

編集後記

年齢を重ねても、長く続けられる仕事を。先代たちの背中を見て、長い歴史とともに歩んできた津島さんにとって、5年、10年という時間は短いもの。何気なく置かれた道具、壁や柱に貼られた表示、当時のままの建物……。あらゆる景色から受け継がれた想いが見える工場でのインタビューは、深く心に残るものになりました。

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