YAMANASHI
山梨
※本記事は「【ADDress × LOCAL LETTER】ローカルライター向けADDress滞在プログラム」にて執筆した記事となります。
山梨県上野原市は、東は神奈川県、北は東京都と接しています。自然が多くハイキングスポットとしても人気がありながら、新宿駅まで電車で60分。自然の豊かさと都心へのアクセスの良さを兼ね備えた地域です。
この地域に結婚を機に移り住み、ハーブガーデンを営むのが長田さん。東京の名だたるレストランの料理人たちに頼りにされ、日々野菜やハーブを提供し続けています。そんな長田さんがどんなきっかけでハーブガーデンを始め、どのような想いを持って野菜やハーブをつくっているのかを伺いました。
「長田さん頼むよ!長田さんの野菜がなかったらうちの料理は成り立たないんだから。そうシェフたちに言われるのが野菜をつくる活力になっているんです」(長田さん)
畑を訪れると、長田さんは嬉しそうにそう話してくれました。黒大根やクレソンなど、イタリア料理やフランス料理で必要不可欠な野菜を育てる長田さんは、一流ホテルやレストランのシェフたちから熱い信頼を寄せられています。
特にルッコラは、ルッコラ本来の辛みがあっておいしいと評判です。その秘訣は栽培方法。ルッコラは安定して収穫するために水耕栽培を導入する生産者が多い中で、長田さんは畑の土で育てることにこだわっています。
「水耕栽培は確実に収穫しようと思ったら無難なやり方なんです。今年の夏のような猛暑だと畑では収穫できないどころか芽も出ないなんてこともありますから。その点水耕栽培なら、種をまけば収穫できるわけです。でもね、土で育てて味も香りもしっかりあるのが本来の野菜だと私は思っているんですよ」(長田さん)
また長田さんは、ハウス内を暖房で温めることはしないといいます。
「ハウスで野菜を育てている人はだいたい加温していますが、私はしません。加温すれば安定して収穫できるのはわかっています。でもそれではいい味にならないんです。寒さにしっかり当てることで、栄養が凝縮されて、味のある野菜になるんですよ。味も香りもないハーブはハーブじゃないです」(長田さん)
長田さんは、農薬や化学肥料を使わない栽培にもこだわっています。
「人間にも地球にも安全で、長く続けられる農業をやりたいという想いに共感してくれているのが私のお客様なんです」(長田さん)
ただ長田さんは、農薬や化学肥料を使っていないことを証明する有機JAS認証は取得していないといいます。
「有機JAS認証をとるためには私達の規模では、年間数十万円の費用がかかるんです。その資金を維持しようと思ったら、野菜の価格を上げなければならなくなり、お客さんにも負担がかかります。ですから私は認証をとることよりも、畑に来てもらって、どうやって育てているのかを実際に見てもらうことを大事にしています。
無農薬が素晴らしいとはいいません。農薬は散布時期を守って、正しく記録をつけているなら問題ないです。でも生産者の考え方は、とても重要です。食べるものをつくるという農業は、私の誇りです。」(長田さん)
「こんなにこだわらなくてもスーパーに無難な野菜をどんどん出した方が経営的にはうまくいくこともわかっています。でもやっぱり『長田さんの野菜がいい』って言ってもらえることが活力なんです!だからどんなに大変なことがあっても、うちの野菜を求めてくれている人のために、這ってでも野菜をとり続けなきゃいけないんです!」(長田さん)
ハハハハハと快活に笑いながらそう語る長田さんからは、人生を思いっきり楽しんでいる様子が伝わってきました。
実際に畑に来てもらうことは、安全性を証明するだけではなく、おいしいと感じる1つの要素にもなると長田さんはいいます。
「おいしいっていうのは、その野菜が美味しく調理されたり、青空の下で芋を植えたり、そういう体験も含めて感じるものなんです。だから私はシェフたちに、ぜひ実際に料理を運ぶ接客の人たちを連れてきてくださいって言っています。その人たちに野菜をつくっている様子を説明してもらえば、食べる人はもっと料理をおいしく感じるんです」(長田さん)
長田さんからはおいしいものをつくることに強いこだわりを持っていることが伝わってきました。今では地域に根ざし、多くの人に知られている長田さんですが、かつては上野原には住んでいなかったと言います。
長田さんは上野原に来る前、東京で公務員として働きながら、ハーブ教室に通っていました。そんな時に同じく公務員の夫に出会い、夫の故郷である上野原に移住。長田さんが上野原に来た時は、夫の両親は亡くなっており、長田さんが夫のおばあさんの介護をすることになったそうです。
「嫁いできた時、夫の叔母たちから長男の嫁は家をもらうんだから、年寄りの面倒をみるのは当然だよと言われました。介護を始めた時、ちょうど一番下の子が生まれたばかりだったので、子どもはちょろちょろするし、おばあさんは徘徊するしで大変でしたよ。どうして女性がこんな思いをしないといけないんだと思いました。
でも文句を言っても人生を変えられるわけじゃない。それならもう私は好きなことをやろうと思って家の裏にラベンダーを200本植えたんです。ラベンダーにはリラックス効果があることを知っていたので、介護の合間にお茶にして飲んだり、おばあさんの枕にしたりして介護にも利用しました」(長田さん)
長田さんはハーブ教室に通っていたことから、ハーブに詳しくカルチャースクールでハーブの栽培方法や活用方法の講座を開いたところ、大人気になったといいます。
介護が落ち着いた頃、長田さんは夢だった生ハムとルッコラのピザのお店を出すために動きだしました。しかし当時は女性の起業家にお金を貸してくれる団体はなかなか見つからなかったといいます。
「当時金融機関でお金を借りようと思ったら、そんな遊びのようなことにはお金は貸せませんと言われました。鳥肌が立ちましたよ。でも当時一緒に資金集めをしてくれる人がいて、なんとかレストランをオープンさせることができたんです」(長田さん)
しかしお店をやっていると、長田さんの野菜に惚れ込んだシェフたちが相次いで野菜を注文してきたことで、長田さんはレストランではなく、野菜やハーブの生産者になることを決意しました。
「私のお店に来たフランス料理界の大御所が、『長田さん、今フランスとかイタリアで料理の修行をして帰ってきた人たちが、お店で使う野菜がないんです。若い人たちのためにお店でだせる野菜をつくってください』と言うんです。結局お店は3年くらいしかできなかったんですよ」(長田さん)
また長田さんにとって、スーパーマーケットの社長との出会いも大きい出来事だったといいます。
「農業の円卓会議のようなところでルッコラをつくっていることを話したら、そこにいたスーパーの社長が私を引き留めるんです。『長田さん、すごいのつくってるね。そのルッコラ、うちに分けてくれない?』と。
当時私は田んぼ3枚分くらいしかつくっていなかったので、すぐに生産組合を立ち上げてみんなでルッコラをつくりました。その社長がいろんな勉強会に呼んでくれたので、全国のいろんな生産現場を見ることができましたよ」(長田さん)
長田さんは一昨年から、土壌改良のために麦の生産も始めました。
「畑にはいい菌だけではなく、悪い菌もいるんです。悪い菌がいると、虫や病気がついてしまうので、それをどうやって防ぐかを日々考えています。
その1つの方法が麦です。畑に麦をまいて、冬に天地返しをして菌を除いています。
いい畑をつくるためには、有機質のものをたくさん入れて、水はけをよくしてふかふかのベットをつくることが大事なんです。そうやってうちのサラダ野菜はつくられています。
畑は昨日何かしたからといって、今日きれいになるわけではないんです。だから日々の積み重ねが大事なんですよね」(長田さん)
さらに長田さんは土壌改良のために麦を使うだけではなく、収穫した麦を麦茶として販売することも始めました。国産の麦茶を子どもに飲ませたいと考えるお母さんたちに、大人気だそうです。
長田さんは今、もっと多くの人にハーブの魅力を伝えていきたいといいます。
「うちのハーブサラダは、マスタードやルッコラなどの辛みのある野菜をたくさん入れています。それを食べた大学の教授が『長田さん、このサラダはこれからの時代になくてはならないものですよ』と言うんです。どうやらクレソンなどの辛みのあるハーブには、ファイトケミカルという腸を殺菌する作用があるそうなんです。
そうなるとクレソンの存在意義も変わりますよね。今まで付け合わせのクレソンだと思われていましたが、栄養摂取のために食べないといけないクレソンということになります。だからなおさら私は露地でこだわって栽培したいんです。
コロナ禍ではレモングラスもたくさん売れました。レモングラスにも殺菌効果や貧血予防など身体にいい成分がたくさん入っています。そしてお湯を注げばすぐ飲める。だからこれからは有名なお店だけではなく、個人のお客様にもハーブや野菜を届けて健康になってもらいたいと思っております。ネットからの販売も開始しました」(長田さん)
Editor's Note
今回長田さんのお話を聞いて、目の前の人のために精一杯自分ができることをする大切さを感じました。介護や資金調達など、多くの困難に直面しながらも前向きに自分の軸を持って突き進む姿がかっこいい。私も誰かのためになる仕事をしようと思いました。
Yuka Kojima
児嶋 佑香