少子高齢化
常にネガティブに語られてきた、少子高齢化問題。
世界初の超高齢化社会となった日本の働き手の人口は、少子化とも相まって、 今後も右肩下がりに減っていくことが予想されています。早急な少子高齢化対策が求められる中、高齢者に対して「救う」ではない新たな選択肢を見出し、挑み続けている一人の挑戦者がいます。その名は大熊充さん。
大熊さんは少子高齢化社会の中で、 “協動” をキーワードに「高齢者と若者が協力して働く未来」を目指し、75歳以上の高齢者が知識や経験を活かして働ける会社を設立。
「高齢者が働き続けるための変革期に入った」と話す『うきはの宝株式会社』代表取締役の大熊さんに、「主役はおばあちゃん」と会社の軸を振り切った理由、そして全国展開に向けた新たな仕組みづくりについて伺いました。
福岡県を代表する農業地帯の「うきは市」は、“日本の棚田百選” にも選ばれた「つづら棚田」や2㎞に及ぶ桜並木がある、自然と共存する美しい農業の町。そんな農業の町で全国から注目を集めているのが、2019年10月に設立された『うきはの宝』です。
今でこそ60歳、65歳といった定年退職後のセカンドキャリアが注目されていますが、うきはの宝で働くのはその上を行く “75歳以上のおばあちゃんたち” 。「ただ労働するための場」ではなく、「おばあちゃんたちが主役として働く場」というから驚きです。
そんな、うきはの宝の仕掛け人となった大熊さんとおばあちゃんたちの年齢差は、実に30歳以上!元々デザイナーで、おじいちゃんおばあちゃんっ子だった大熊さんは、「自分の職能を活かして地域に貢献したい」と考え、高齢者を無料で送迎するボランティアをはじめます。
「送迎する際にじいちゃんばあちゃんの困りごとを聞き取りをしていたのですが、よく言っていたのが『年金にあと2〜3万円あれば生活が楽になるのに』という言葉だったんです。独り暮らしで寂しい想いをしてるばあちゃんたちも多かったので、ばあちゃんたちの生きがいと収入をつくれるような会社をつくれないかなって」(大熊さん)
“高齢者=(イコール)守るべきもの” という発想が多い中、高齢者と協力して働く『協働』で会社を経営することに辿り付いた大熊さん。
「僕たちの世代は子どもの頃から高齢化社会への問題意識が植え付けられていて、『若い世代が高齢者を救うべき』という圧力を常に感じていました。ですが、そもそもの人口が減ってしまった、うきは市では、高齢者を助けられるほどのマンパワーも財源もない。だったら僕らが高齢者と協力して働ける場をつくれば、高齢者を “救う” 以外の選択肢が生まれるのではと考えたんです」(大熊さん)
自身のボランティア活動の経験から、継続した仕組みをつくりだすには財源をしっかり考えられるビジネスという形が最適と考えた大熊さん。おばあちゃんたちの知識や経験を形にし、生きがいと収入を得てもらうための会社「うきはの宝」を設立しました。
うきはの宝で働くおばあちゃんたちの呼び方は非常にユニーク。75歳以上のおばあちゃんたちを「ばあちゃん」、70~75歳までの方々を「ばあちゃんジュニア」、それより下の方々は「かあちゃん」と呼び、世代間を超えた和気あいあいとした空気が流れています。
ここで注目すべき「うきはの宝」の個性は、おばあちゃんたちを主役に立てながらも、サポートする若いスタッフとともに多世代が協力して働く「多世代型協働モデル」になっていること。
「これまでの高齢者が働く場は、 “経営者もスタッフも全員が高齢者” という場合が多かった。でも、僕らの目的は、ばあちゃんたちの知財を活かし、生きがいをつくりながら、給料を払い続けられる環境を作ること。僕らは、ばあちゃんたちのやりたいことを叶えるため、サポートを行っていく。そうすることで、数年間だけではなく継続的にばあちゃんたちの生活を支える仕組ができるんです」(大熊さん)
社名の「うきはの宝」という言葉に込められたのは、大熊さんが抱くおばあちゃんたちへの尊敬の念。会社の柱となるおばあちゃんたちの知的財産が「うきは市の宝になる」という意味で命名したのだとか。
実際、労働だけを目的にするのであれば、どんな仕事でもいいのかもしれません。でも、ばあちゃんたちが大事にしてきた知的財産を後世に伝えていくことが、ばあちゃんたちの喜びや生きがいにもなるし、収入にも繋がると思ったんです。大熊 充 うきはの宝株式会社
高齢者と “協動” することで収入と生きがいを創出するという、うきはの宝の画期的な取り組みもさることながら、注目すべきは「思わず買いたくなるような」ほっこりした気持ちになる商品の数々。
うきはの宝のメイン事業である「ばあちゃん食堂」では、「懐かしい」と声に出したくなるような、おばあちゃんたちの愛情たっぷり栄養満点のおかずが楽しめる、「気まぐれ定食」が人気です。
また、おばあちゃんスマイル印が印象的なパッケージと、「墓までもっていくのはもったいなか!」と謳われた、どんな料理にもあう「ばあちゃん食堂の万能まぶし」は、クラウドファンディング目標金額をはるかに上回る430万円もの支援金額を獲得。商品化された今では注文が殺到してしまい、数ヶ月待ちの状態だと言います。
「人との繋がりを感じられるような前向きな姿勢が、支援をしてくださる要因ではないか」と話す大熊さん。
おばあちゃんたちのかわいらいしいポジティブな側面が際立つうきはの宝の影響力は福岡だけに留まらず、令和2年度の農林水産省のビジネスコンテストINACOME(イナカム)では最優秀賞を受賞。
令和4年3月22日には、ばあちゃん食堂初のフランチャイズ店として「海のばあちゃん食堂」を岡山県下津井漁港でオープンさせます。
「僕らの活動がきっかけに、うきは市だけでなく全国の高齢者との関わり方に対する問題提起になれば嬉しい」と話す大熊さん。今後、栃木県の那須高原にもフランチャイズ店のオープンを予定しているうきはの宝の活動ですが、「継続のために見直すべき点がたくさんある」と先ほどまでの笑顔とは一転、どこか苦しそうな、もどかしそうな表情で話しをする大熊さんの姿が。
その表情の裏側には、オープン以来おばあちゃんファーストで走り続けてきた、大熊さんの愛情深い想いが隠されていました。
「今まではばあちゃんたちのしたいことを軸に、自由にのびのびと活動をしてきました。『その自由な発想がいい!』とお褒め頂くこともありましたが、3年間やってきて思うことは、今が変革期だということです。先ほども述べましたが、うきはの宝の活動がたくさん注目されることで、『うちの町にも!』と言ってくださる方々が増えてきました。
だからこそ、『僕と、うきは市のばあちゃんだからこそ実現できた』といったような再現性の低さではダメ。この取り組みがうきは市のばあちゃんだけではなく、少しでも多くの地域のばあちゃんに届けられるように、自由だけではない、再現性の高いものへと変換していく時だと感じています」(大熊さん)
自由を超えた仕組みづくりが高齢者問題への布石になると話す大熊さん。現在コロナの影響を受けばあちゃん食堂を閉めていますが、今後はうきはのおばあちゃんたちと手作り加工品の製造や通販を行いながら、飲食店とは違う業態で営業再開を目指すと言います。
未来を見据えた大熊さんの取り組み。
必ず誰しもが歳を取る中で、うきはの宝のように「自分たちの歩んできた道がいずれ知財として活用でき、それが収入にも生きがいにもなる」と思わせてくれる未来があるとすれば、これほどの希望はありません。
ばあちゃんたちが働ける会社を存続させるため、日々模索中です。大熊 充 うきはの宝株式会社
そう笑う大熊さんたちの挑戦は、うきは市だけに留まらず、全国の高齢者と若者を巻き込み前進中。
「おじいちゃんおばあちゃんの為、地域における福祉の可能性を追及したい」と考えている皆様に、「救う」ではなく「新しい福祉の未来の選択」はいかがでしょうか。
Editor's Note
おばあちゃんたちの笑顔がたくさんのうきはの宝のHP。
高齢者の中には独りで暮らしている方も多く、うきはの宝を通して「人との繋がりが増えた」と話す方も多いのだとか。
自分のためだけに作っていた料理や品物が、うきはの宝を通じることで、誰かの笑顔に変わる。この笑顔の連鎖こそが、地方の新しい福祉の形になると強く願います。
YURIKA YOSHIMURA
芳村 百里香