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LOCAL LETTER

ここにしかない景色で人を呼ぶ。八ヶ岳の麓で挑む、再建の物語

JUL. 16

NAGANO

拝啓、個性を生かした地域づくりでまちを盛り上げたいアナタへ

観光資源は豊富にある。しかし何を柱にするべきなのだろうか――

広大な土地、どこまでも広がる雄大な自然、地域に根付いた文化や伝統。

どれも地域の“個性”ではあるのに、それらをどう掛け合わせ、どこに光を当てれば、人が訪れる名所となるのか分からない。これは多くの地域が抱える悩みかもしれません。

そんな中、既に持ち合わせた地域の“個性”を見つめ直し、活用方法を考えることから、まちの未来を描き始めた場所があります。

長野県諏訪郡原村にある「八ヶ岳農業大学校」。

1年前、存続の危機を迎えたこの場所は、気候特性や休耕地、歴史が紡ぐ確かな栽培技術といった資源を、“花”という一つの柱で束ね直し、地域活性化の一歩を踏み出し始めました。

人々の心を惹きつける景色は、すでに持っている地域資源の組み合わせから生まれている――同校の挑戦は、そんな気づきを与えてくれます。

※本記事では2025年6月18日(水)に都内で行われた「八ヶ岳農業大学校」の再生プラン記者発表会を通して、同校の取り組みと地域資源を活用した地域活性のヒントをお届けします。

キーワードは『アグリツーリズム』。実習生とともに作る農業経営の新しい可能性

標高約1,300mの八ヶ岳の麓に位置する「八ヶ岳農業大学校」は、農業従事者、並びに農業指導者を育てる機関として1938年に開校しました。

総面積約267ヘクタールもの広大な農場をキャンパスとし、実習生自身が実際の農業経営に関わりながら学ぶ、実践的な教育を展開しています。

実習生は現在12名。野菜・花卉(かき)・酪農・養鶏の4つの部門に分かれ、日々の作業を通して現場の知識と技術を体得しています。

公益財団法人が運営する学校として、約87年の歴史を持つ同校。周辺は美しい大自然に囲まれ、八ヶ岳連峰の山腹、遠く北アルプス連峰を望む位置にある。

地元住民から、「八農(やつのう)」の愛称で呼ばれ、長きに渡り親しまれてきた「八ヶ岳農業大学校」。

しかし、十数年前に補助金が打ち切られて以降、学校の経営は悪化。状況は改善せず、ついには財政破綻寸前に陥るまでに。そんな状況のなか、同校の再建を託されたのが南壮一郎さんでした。

南 壮一郎(Minami Souichirou)氏 八ヶ岳農業大学校 理事長 / 1999年、米・タフツ大学卒業後、モルガン・スタンレーに入社。2004年、楽天イーグルスで新プロ野球球団設立に携わった後、2009年、ビズリーチを創業。2020年、Visionalとしてグループ経営体制に移行後、ビジョナル株式会社 代表取締役社長に就任。同校関係者の熱心な対応や広大なキャンパスに可能性を感じ、個人として学校再建の依頼を請け負う。2024年4月、八ヶ岳農業大学校理事長に就任。

「2024年の4月に当校の理事長に就任してから1年が経ちました。長野県や八ヶ岳地域にゆかりはなく、農業も学校経営も初めて。一人で現地に入り、経営体制の刷新から始めました」(南さん)

新たな体制のもとで同校がまず掲げたのは、“農産物を商品として届けていく”という、学校経営の明確な目標でした。

「重要なのは、学校経営を通じて、きちんと持続可能な形を作ること

新設した花畑の入園料を無料にすることで、まずは当校に来て、その魅力を味わっていただく。その上で、我々の商品を直売所等で購入していただくことを、ビジネスモデルのスタートとしたいと思っております」(南さん)

この新たなビジネスモデルの実現に向けて、まずは農作物の生産・加工・販売に関する基盤づくりから取り掛かります。

「確かな生産力はあるのに、“ただ作るだけだった”のがこれまでの当校でした」と語る南さん。販売の視点から逆算し、品目や時期を見直すなど、農作物の生産計画を抜本的に刷新しました。

確かな歴史に育まれた栽培技術を生かし、“売れるもの”の開発にも注力

「夏の生トウモロコシ、秋のハロウィンカボチャと、メディアでも多く取り上げられてきたユニークな商品の生産に労力を集中化していった」と言います。

今年も15万本ほど収穫できる予定の「生トウモロコシ」。8月には収穫体験が行われ、メロンのように甘いもぎ立てを生で食することができる。

また、閉鎖されていた生乳の加工所や直売所も地域の期待に応えるように再開。長く住民に親しまれていた「八農の牛乳」の販売再開は、再建の象徴として、地域の期待を高める追い風となりました。

生徒が育てた搾乳牛の牛乳を使用したソフトクリーム、アイスクリームなどの乳製品も人気。(「八ヶ岳農業大学校」HPより)

こうした“売る仕組み”の整備と並行して、来訪者を増やすための“仕掛けづくり”にも着手。

冬の閑散期に合わせたクリスマスマーケット、自然や季節とを掛け合わせたイベントや農業体験ワークショップなど、地域資源を活かした体験型コンテンツを展開しています。

週末や夏休みに開催している農場ツアー。ヤギへの餌やりから始まり、牛舎に潜入する酪農体験や鶏のお世話をする養鶏体験、八ヶ岳の豊かな自然に触れる「森さんぽ」など充実したコンテンツに、「リピーターが多い」とのこと。

「キーワードは、農業に観光を組み合わせた『アグリツーリズム』

ただ農業を行うだけではなく、多くの方々にそれを体験し、味わってもらい、一緒に未来を耕していきたい。当校で学ぶ実習生にも農業の新しい可能性を感じ、笑顔を吸収していってもらいたい。

これこそが当校が目指していく新しい教育のモデルです」(南さん)

まっすぐ前を見据え、朗らかに、でも熱く語る南さんの言葉には、“再建”を越えたその先――農業の明るい未来がにじんでいました。

記者発表会で晴れやかな表情とともに、八ヶ岳での新たな挑戦を力強く語る南さん。

人が動くタイミングで花を咲かせる。名所を作る戦略と戦術

2024年から始まった同校の再建の柱となるのが、約10ヘクタールにおよぶ花畑を新設する「八ヶ岳ガーデンプロジェクト」です。

「八ヶ岳ガーデンプロジェクト」の全体マップ。植える花の種類ごとに約2ヘクタールの花畑を5つ新設。7月前半にはワイルドフラワーが、7月後半から8月にはジニアと「カラーズ(COLORS)」が、8〜9月にはサルビアが見頃を迎える予定だ。

同校の校長を務める丸山侑佑さんが、同プロジェクトの構想に至るまでの試行錯誤の経緯を語りました。

丸山 侑佑(Maruyama Yuusuke)氏 八ヶ岳農業大学校 専務理事・校長 / 2013年、ポート株式会社創業期に取締役COOとして参画。プライベートで訪れた八ヶ岳の魅力に惹かれ、2022年、長野県諏訪郡原村に家族と移住。家族でよく訪れていた同校の再建にただの傍観者ではいられず、南さんに直接連絡したことがきっかけで、同校の再建に加わり、2025年4月八ヶ岳農業大学校校長に就任。

再建にあたり、「この土地に由来しないものを外から持って来るのではなく、当校が培ってきた農業技術を生かしたい」と考えた丸山さん。

そこで目を向けたのは、八ヶ岳の“個性”とも言える自然環境でした。

「標高1,300m以上に位置する当校は、高い晴天率と冷涼な気候を特徴とします。

こうした条件が、八ヶ岳だからこそ出せる鮮やかな発色を可能にする。花を育てる環境として恵まれているのではないかと思っています」(丸山さん)

八ヶ岳の立地と気候、そして長年培ってきた花卉栽培の技術。この2つを組み合わせることで、“花”を通じて地域の魅力を届ける構想が生まれました。

今まで使いきれていなかった10ヘクタールもの広大な休耕地も、ダイナミックなスケールの花畑として有効活用。持て余していた資源を、他施設との差別化を図れる強みへと転換させた。

さらに丸山さんは、花によって人を惹きつけ、地域を活性化する「『フラワーツーリズム』にも挑戦していきたい」と語ります。

栽培の技術も、土地も、目指すビジョンも揃った。では、どんな戦略で挑むのか。

 全国約50の花の名所を徹底的に分析し、丸山さんが見つけたのは花で人を呼んでいるのではなく、人が動く時期に花を咲かせているという共通点でした。

「八ヶ岳ガーデンプロジェクト」にかける想いと、トライアンドエラーを繰り返す日々について熱を込めて語る丸山さん。

「全国の人気施設は、一般的に6月に咲くはずのラベンダーを夏休みに咲かせている。『人が動く時期に合わせて花を咲かせる』という法則がありました。

そのため、私たちもゴールデンウィークや夏休みにどのような花を咲かせればいいのか、咲かせることができるのか、が挑戦のポイントとなります」(丸山さん)

1列または数列ずつ異なる品種の花が60列のストライプに咲く「カラーズ(COLORS)」は、八ヶ岳のトップシーズンである7月後半〜8月に見頃を迎える(9月にも楽しめる)予定。数々の公共ガーデンを手掛けるガーデンデザイナーの吉谷 桂子氏がデザインした。同プロジェクトの挑戦はまだまだ続いている。

冬の間はマイナス20℃にまで下がる八ヶ岳。そのような地では、気候との相性を見極める必要があります。そこで同校では、ワイルドフラワーエリアに16種類の花を試験的に栽培し、そのうち半数が、八ヶ岳の環境でもしっかりと開花することがわかりました。

人を呼ぶには、きちんと咲くだけではなく、人を惹きつける“人気の花”であることも大切だと考えた丸山さん。

さらに、来場者数と花の種類の関係性を分析し、八ヶ岳の気候と合致し、かつ集客力がある花として爽やかな青色の花を咲かせる「ネモフィラ」に着目しました。

「八ヶ岳の冷涼な気候を生かし、いかにして、ネモフィラを夏に咲かせるか。暑い日に青い花畑を見るのは、非常に爽快な気持ちになると思います。初めて挑戦する土壌で想定以上に雑草が生えて、残念ながら今年はうまく咲かせることはできませんでしたが、今年学んだことを分析し、来年につなげていきたいです」(丸山さん)

「勝負」という言葉を使いながら、緻密な分析と検証を重ね、導き出した戦略を説明してくださった丸山さん。一見コントロールが難しそうな存在である“花”にも戦略と仮説を持ち込むことで活路は開ける。そんな信念を感じる取り組みでした。

この黄色い花は、6月に見頃を迎えた色鮮やかなポピー。八ヶ岳にも忍び寄る温暖化の波に対して丸山さんは「気候変動の影響を見据え、花の品種を固定せず、育てる花を毎年見直していく柔軟さが必要ではないか」と説明する。

“感動分岐点”を超える園を八ヶ岳に。花と花の掛け合わせが生む、どこにもない景色

「今までとは、求められる花の景色がどんどん変わってきています。一品の時代は終わりました」

そう語るのは、同プロジェクトのプロデューサーを務める塚本こなみさん。これまで数々のフラワーパークを急成長させてきた、いわば、“花で人を呼ぶプロフェッショナル”です。

塚本 こなみ(Tsukamoto Konami)氏 「八ヶ岳ガーデンプロジェクト」プロデューサー / 静岡県磐田市出身。造園業を営む家族の仕事を手伝ううちに、樹木の魅力に惹かれて一級造園施工管理技士・女性初の樹木医の資格を取得。あしかがフラワーパークの大藤の移植成功など多くの実績を残す。徹底したお客目線で来場者を魅了し、同パークでは日本一である来園者100万人、はままつフラワーパークでは理事長就任後2年間で2.5倍増の、77万人を記録した。

「河津桜の足元には菜の花があるように、両方の花がある美しい景色はそこにしかない。

桜だけ、チューリップだけでは他の名所に敵わない。だから、『はままつフラワーパーク』では桜に合わせてチューリップを植えました」(塚本さん)

花と花を掛け合わせて作られた、唯一無二の景色。その美しさが訪れた人の心を動かし、「また来たい」という想いを育てていきます。

「お客様が花の前で涙を流し、体を震わせて、『なんて素敵。なんて美しいんでしょう』と喜んでくださる。心から感動されているのだと伝わってきて、その花を作っている私たちも幸せな時間をいただくわけです。

ビジネスに損益分岐点があるのと同じように、私たちの心の中にも“感動の境目がある”。感動の声をいただく中で、そのことに気付きました。それを私は“感動分岐点”と呼んでいます。

過去の経験から、“感動分岐点”を超える園を作れば、お客様が喜んでくださり、経営としても成り立つのだと学びました。この八ヶ岳にも“感動分岐点”を超える園が出来上がるのではと思っています」(塚本さん)

会見の最後、同プロジェクトへの期待感を「雄大で美しい八ヶ岳の山々を“借景”として、森に囲まれた花畑を皆様にご提供ができると思っています」と話す塚本さん。

まっすぐな眼差しで見つめる先には、美しい花の持つ力を信じるひたむきな想いが宿っていました。

左から南さん、塚本さん、丸山さん

東京都内での記者発表の4日前、2025年6月14日(土)に無事プレオープンを迎えた同プロジェクト。それを力強く支えたのが地域住民の存在でした。

「地域の方々に『一緒に花畑を作っていただけませんか』とお声がけをして、約230人のボランティアが集まってくれました。

当校の職員や実習生、地域の皆さん総掛かりで、暑い中、汗をかきながら、休耕地を綺麗な畑に変えていきました。

『私たちが植えてるのは1つの苗かもしれないが、八ヶ岳に新しい観光施設を作る。そこに訪れてくれる方々の笑顔を作ってるんだ』と合言葉を掲げながら、地域の方々と共に花畑を作ってまいりました」(丸山さん)

雨が続き、足元がぬかるんだためなかなか作業ができなかったが、ボランティアの皆さんの協力の元、プレオープン直前の約2週間で40万株ほどの花を植えることができた。

明確なビジョンと強い想いが生んだ、地域住民からの力強い後押し。再建を目指す同校の歩みに、多くの人が心を重ね、その一歩一歩を後押ししています。

この場所にしか咲かない景色。一輪の花が照らす地域の未来

「八ヶ岳から新しい地方創生のモデルを作っていきたい」

南さんは、理事長を引き受けたときの想いを、かつての経験と重ねてこう語ります。

「楽天イーグルスの本拠地、仙台に初めて降り立った時のこと。球場に向かうまでの景色が灰色だったんです。そこから毎年、だんだんと、球団のチームカラーであるクリムゾンレッド色にまちが染まっていった

そしてまちのみんなが、『今日は負けた』『明日は勝ちたい』と、楽天イーグルスの話をしているんです。

自分たちが携わった事業活動の先にこんな景色があったのかと。こういうものを八ヶ岳でも実現できたなら、全国の再建のモデルケースになるのでは、と思っています」(南さん)

まちの景色は、“目に見えるもの”だけではありません。
そこに込められた感情や誇り、語りたくなる物語が、まちの空気や色をゆっくりと染めていきます。

八ヶ岳農業大学校が咲かせようとしているのは、花そのものではなく、変化のはじまり。
関わる人々の想いが重なり合い、丁寧に育まれた景色は、やがて“まちの色”となって広がっていきます。

冷涼な気候、眠っていた農地、磨かれた栽培技術――
その土地の“個性”を「花」で束ねた挑戦が、今、この場所にしか咲かない景色を生み出しはじめました。

「ここにしかない景色」とは、特別な何かではなく、すでにある“個性”をどう組み合わせ、どう魅せるか。その工夫の積み重ねが、心を惹きつける景色を生み出すのです。

もし、アナタの地域にも「活かしきれていないもの」があるなら。

夏に向けて少しずつ彩り始めた八ヶ岳の花畑。そこに咲く一輪が、アナタの地域の未来を照らすヒントになるかもしれません。

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Editor's Note

編集後記

南さんの力強い言葉と姿勢から滲み出る、たくさんの経験に裏打ちされた自信。丸山さんの発言の端々に感じる八ヶ岳への深い愛情。花の力を信じてやまない塚本さんの揺るぎない確信。夏に迎えるピークシーズンには、どんな景色が八ヶ岳に広がっているのでしょうか。皆さんの熱い想いが形となってあらわれる様子、その過程も含めて大切に見守っていきたいと思います。

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