TOYAMA
富山
地域に根ざした魅力を、この先も守り、残していきたいーー
そう思いながらも、地方都市が直面する人口減少の波に、地域の魅力を次世代に繋げていくことができるか、心配する方も多いのではないでしょうか。
しかし、そのような状況の中で、地元を愛し、その魅力を守り、次世代に繋げようと取り組んでいる方がいます。
今回お話を伺ったのは、氷見市で70年以上続く精肉店を継ぎ、「有限会社 細川」として精肉業に加え、飲食業や宿泊施設、サウナ事業まで手掛け、次々に新しい取り組みで氷見を盛り上げている細川好昭(ほそかわよしあき)さんです。
氷見といえば富山湾に面した海のまちであり、「ひみ寒ぶり」など魚介の美味しい土地として知られていますが、実は氷見は富山県最大の肉牛産地でもあります。
1995年から「氷見牛」としてブランド化された黒毛和牛は、肉質・鮮度・脂肪交雑(霜降り度合い)の三拍子が揃った逸品。緑豊かなストレスの少ない環境で、生産者の愛情と真心を込めて育てられています。
「氷見牛を広めたいなと思って、食べ方の提案だったり食べやすい店を作ったりしながら、氷見を盛り上げるためにできることをやっているところです」(細川さん)
氷見牛を中心に据えつつ、様々な事業を展開する中で、細川さんが氷見を守り、次世代に繋げていくために伝えたい思いについて伺いました。
「氷見市で生まれました。僕が生まれたときから母の実家がお肉屋さんを営んでいて、2018年にその店を継ぐ形で2代目社長になりました」(細川さん)
違う人生を選ぶこともできたけど、肉屋の修行に行き、家業を継ぐことを決めた、と語る細川さん。
「大阪の大学をでてから、富山市のお肉屋さんへ修行に行きました。一時期、狂牛病が流行ったことがありましたよね。その時に、母の実家の肉屋ももうダメかな、やめようか、どうしようかという話が出ていたタイミングで富山市から氷見に帰り、僕も一緒にそこで働くことにしたんです。
お店をなんとかやりくりして、卸、小売をやっていきながら、今から15年ほど前に精肉店に併設する形で焼肉店を開業して、そこから飲食業に進出していきました(細川さん)」
今では精肉店、焼肉店3店舗、居酒屋3店舗、そして2024年1月に開業したヴィラ(鉄板焼きレストランと宿泊、サウナがついた施設)と幅広く事業を展開をされている細川さん。そもそもなぜ飲食業に進出したのでしょうか?
「食を通して人々をシアワセにしたい、氷見を盛り上げていきたいと思ってやっています。お肉屋さんとしては、お肉の美味しさで人をシアワセにしたいし、家族団欒でみんながシアワセになれる場をつくりたいと思って焼肉店を作りました。
昔ながらの焼肉屋はありましたけど、今みたいにファミリーで来られるような店は少なかったんですよね。地元の人がたくさん来てくれて、氷見のいい場になっているなと思います」(細川さん)
精肉店ならではの知識と技術を活かしながら、地域に寄り添う焼肉屋を展開する細川さん。地元の人たちだけではなく、県外からいらっしゃるお客様も多いのだといいます。
「氷見は魚がやっぱり強いですよね。氷見牛は生産数が少なく、県外に出にくい商品なのでなかなか知られていないけど、『富山に来たら食べたい』と県外のお客様も来てくれます。昼はお肉で、夜は魚を食べて、と決めていらっしゃる方も結構おられますね」(細川さん)
焼肉店の魅力は、こだわりの仕入れにあるそうです。
「僕らは1頭買いなので、牛のすべての部位を使っています。例えば極上カルビといっても一頭買いでなければいつも同じ部位しか提供できませんが、1頭買いならミスジとかイチボなどその時その時で状態のいい希少な部位も食べられます。
いつ来店しても一緒のメニューじゃない、というのが魅力ですね。生産者にもそれぞれ独自のこだわりがあって、生産者によって肉質がちょっと柔らかいとかあるんですよね。この牛だったらすき焼き向きかな、とか、そのあたりは僕たちが判断しながらやっています」(細川さん)
ちなみに、細川さんの好きな部位はミスジだそうです。
「赤身だし、サシもはいっているし、本当に美味しい。1頭で肩の部分、2キロも取れないくらいですね。人気の部位だから、タイミングを合わせないとなかなか食べられる機会はないかもしれませんね」(細川さん)
にこにこと笑顔で氷見牛の魅力について語ってくださる細川さん。一方で、氷見牛を中心に事業を展開されていくうえで、目下乗り越えなくてはならない課題もあるのだといいます。
「氷見牛の生産者が少なくなっているんです。生産者あっての氷見牛なので、流通や消費を多くすることで、生産者が成り立つような市場を僕らは作らないといけないと思っています」(細川さん)
氷見牛の飼育頭数は、かつての1,300頭から今では300頭*まで減少しているのだそうです。氷見牛の需要と供給のバランスを支え、そして増やしていくため、細川さんは「守り、伝えていく」ことを考え活動をされています。
*参照:「ひみ街物語・「氷見牛」から伝える、氷見の魅力」,https://himi-machi.com/1547
「生産数が少なくなっていることに、僕らも非常に危機感を感じています。氷見牛を盛り上げることにより需要が増え、生産能力を増やす体制を作っていけると思っています。ちゃんと生産者が成り立つような環境作りをしていけば、これから生産をやりたい人も出てくるかもしれないし、なんとか残っていくんじゃないかな。
氷見を守るため、氷見牛を守るために。氷見市外にもお店をだして、それをきっかけに県外からもっともっと氷見に人が来てくれるような、そういう動きをしていきたいなと思っています」(細川さん)
細川さんは、生産者を訪ねて様々な牧場を訪問する中で感じていることがあると言います。
「今は、若い生産者がうまいこと取り組んでくれているなと思いますね。牛を育てる中でも新しいことを取り入れたり、牛の価値を広げるために生産者自らレストランに行き説明をするとか。まさに『生産者の顔がみえるレストラン』ですね。
こうした若い生産者たちの動きも理解しながら、生産者と消費者を繋げられるような仕組みを作り、なんとかして生産数をあげようと今は踏ん張っています。僕ら自身も、生産に取り組まなければいけないかな、と考えたりもしています」(細川さん)
さらに細川さんは、氷見牛だけにとどまらず、様々な地域の生産者とつながりを持ち、生産者の思いを消費者に届ける活動もされていました。
「輸入飼料に頼らず、国内産の穀物で育てている牧場もあるんです。でも、そうした牧場の肉を市場に出しても値段はそんなにつきません。だったら直接僕がとろうと思って何回か仕入れたこともあるかな。
交雑牛(黒毛和牛とホルスタインの交配など品種が交わった牛のこと)だと価値がでにくいからと、生産者がこだわりの育て方をしてみても、その育て方の違いや意味を消費者に伝えきれないこともあります。そういった生産者のこだわりを消費者に伝えていくのも僕らの仕事かなと思ったりしています」(細川さん)
また、細川さんは2024年1月に、宿泊施設とサウナを兼ね備えたプライベートヴィラ「GYU-YA VILA」を開業しました。
心身ともにトトノウ環境となるよう、1日1組に限定し、フィンランド式サウナ(ロウリュと呼ばれ、サウナストーンに柄杓などで水をかけ、湯気や蒸気を立ち昇らせる方法)を満喫できるほか、サウナ飯として「鉄板焼きレストランでの最高の氷見牛を堪能」できるのだそうです。
氷見牛を広めるために、精肉店、飲食店に続いて、宿泊施設を始めることになった細川さん。氷見牛を提供する飲食店を県外に展開していくのではなく、氷見でサウナを取り入れた宿泊業に取り組むことに決めたのには、細川さんの氷見への強い愛がありました。
「氷見は、本当に魅力のあるまちなんですよ。美味しいお肉もあるし、もちろん魚もあるし、景色も良いし、自然も豊か。ただ、氷見にはあまり宿泊するところがないので、1棟1組だけですけど、泊まってもらえるところを増やせれば、と思って作りました。
一泊して、朝の市場の食堂へいったり、山の景色を見にいくとか、海を見にいくとか、氷見の魅力をゆっくり味わってほしいからこそ、ヴィラを始めようと思いました」(細川さん)
細川さんが自身の事業と一見距離があるようにも感じられるサウナを取り入れたことにも、あるきっかけがあったそうです。
「北海道に行った時に、牧場が運営しているミルクサウナというのがありました。サウナの目の前が牧場で、牛たちがそばでゴロゴロしているんです。
乳牛が放牧されている大自然のなかでサウナに入って、ロウリュは水をかけると水蒸気とともに汗がばあっとでるので、めちゃくちゃ気持ちいいんですよ。
そのサウナを経験してしまったので、これはいいなと。そのあとの食事も本当に美味しくて、ビールもとくに美味しく感じました。
サウナに入ることで感覚が研ぎ澄まされて、食事をより美味しくいただくことができます。そうした体験をして、氷見牛をもっと美味しく食べてもらいたい、という思いがあり、サウナを備えたヴィラにすることにしたんです」(細川さん)
自分の好きなこと、やりたいことをどんどん実現しているところだと語る細川さん。
「お客様からも、『なんでこの考えに至ったの?最高だよ!他にはないよ!』って言ってもらえて、ありがたく思っています。
メニューに氷見の魚も取り入れるべきか、などと色々考えましたけど、やっぱり僕らがやるからには肉に特化しようという形で、今は氷見牛だけにしています。
なんでもやってみるって大事ですよね。食を通じて人をシアワセにしたい、食で未来を作りたいという理念でやっているので、それに近付くために動いています」(細川さん)
今後はヴィラの施設も増やしていくのでしょうか。
「最近はペットと一緒にご飯を食べたい、泊まりたいという方が多いので、ヴィラにもペットと一緒に食べられるスペース、泊まれるスペースを作りたいなと思っています。うちにもトイプードルがいるんですが、ペットは家族同様と思われている方も多いと思うので、そんな場所があったらいいなと思っています」(細川さん)
そう、にこやかな笑顔で語る細川さん。そんな細川さんには、氷見牛を中心に様々な商いを行いながら、いつも考えていることがあると言います。
「氷見の魅力を、次世代に伝えていきたいんですよね。氷見は消滅可能性都市(20〜39歳の女性人口が2010年から2040年までに5割以上減少すると推計される市町村のこと)に入っているんですよ。氷見はいいまちで生活しやすいですし、やっぱり故郷はなくしたくないですよね。
僕らは、地域の生産者が大事に育てている氷見牛を通して、氷見そのものの魅力を一緒にPRしていけたらよいなと思っています」(細川さん)
私たちは氷見に泊まり、氷見ならではの食を堪能し、その良さを発信するという形でその魅力を伝えていくことができます。まずは氷見を訪れ、心身ともに最高にトトノウ体験をしてみませんか。
一つずつ、できることから取り組むことで、地域の魅力を守り、次世代へ繋ぐ一歩となるはずです。
本記事はインタビューライター養成講座受講生が執筆いたしました。
Editor's Note
故郷をなくしたくない、という強い思いを持ちながらも、終始楽しそうに事業について語る細川さんが印象的でした。地域に足を運び、地域の食材をいただくことの大切さ。細川さんの氷見牛を通して人をシアワセにしたいという思いと生産者への愛に、心をぎゅっと掴まれるような取材でした。
Natsumi Ishizaki
石﨑 なつみ