IBARAKI,JOSO
茨城県常総市
老朽化した公共施設――。
景気の良いバブル時代、全国各地に建築された公共施設、いわゆる「ハコモノ」。建設することが目的となり、施設の運営や地域への役割をおろそかにした結果、誰も活用しなくなりました。さらに維持管理費が行政財政を圧迫。バブル以降、自治体のお荷物化している施設は少なくありません。
では指をくわえ時が経つのを待てば、この問題は解決するのでしょうか。
残念ながら特効薬はなく、施設の利活用を決める職員側からみたときに、異動が数年で行われる公務員の性質上、前のめりになって本気でこの課題に取り組む人はどれだけいるのか、そして公務員のアイデアだけで解決できるのかという問題にぶち当たります。
しかし、この問題に正面から立ち向かった公務員が茨城県常総市にいます。
「トライアル・サウンディング」を日本で初めて行った常総市。その仕掛け人、平塚さんです。
「トライアル・サウンディングというのは、公共施設などの暫定利用を希望する民間事業者を募集し、一定期間、実際に使用してもらう制度です。簡単に言うと、市の施設を無償でお試し利用してもらい、手ごたえがあったら本腰を入れて指定管理など関わってもらう。実験の場を市が提供するようなイメージですね」という平塚さん。
意外なことに、平成30年に平塚さんが日本で初めて仕掛けるまでは、どの自治体もトライアル・サウンディングを行っているところはありませんでした。その要因として行政によくある前例踏襲やどこかがやるまでは動かないという「お役所仕事」があると考えられます。
民間の力を借りて、行政の課題を一緒に乗り越えていく――。
行政、公務員の枠を超えてそう発想の転換をすることができた平塚さん。その原点を紐解いていくと、柔軟に物事を判断して行動に移すことができた背景の解像度が上がっていきます。
「公務員人生のスタートは茨城県庁。2013年に入庁し、最初は農業関係の部署にいて、レンコン担当やそば担当をしてきました。公務員になったきっかけは、スーパー公務員として有名な元羽咋市の高野誠鮮さんが夢の扉に出ているのをテレビで見て「公務員って百貨店のようにいろんなことに挑戦できるんだ」と思うようになったからです。それで、当時付き合っていた彼女が公務員説明会があるというので一緒についていったら、僕だけが公務員になったという(笑)」と公務員になったきっかけを話す平塚さんの横で奥さんが微笑みます。
「その時の彼女が妻なんです」。
照れ笑いを浮かべる平塚さん。「妻はフォトグラファー。私も触発されて写真を撮るようになり、常総市の魅力を切り取って配信しています」フォロワーが5千人を超えるほどの人気を見せる平塚さんのインスタ。写真から伝わる小さなところまで目が届く気配りと地域に飛び出す行動力。平塚さんの性格上、地域にもっと関わりたいと思うのは必然で、2年で茨城県庁を退庁し、地元の常総市に転職することになりました。
「県は事務仕事が中心で、地域の人との距離が遠いと感じていました。当時25歳のときで、まだまだやり直しがきく、と思い地元の常総市に転職することを決めました」という平塚さん。晴れて常総市に合格し入庁。産業振興部農政課に配属となりましたが、入庁からわずか数か月後に突然思いがけない困難が待ち受けていました。
2015年9月10日。豪雨が関東東北地方を襲い常総市内を流れる鬼怒川の堤防が決壊し家屋市域の3分の1が浸水するなど甚大な被害に遭い、常総市役所職員として対応に追われることに。
「当初は土嚢づくりをしていましたが、それが終わると今度は住民の命と日常を守る段階に。とにかく水や食料を地域に配布する日々でした」
国や都道府県の公務員と地方公務員の差。それは地域住民との距離の近さ。「豪雨被害のときに『言葉』が大事であると学びました。どの地域に何が不足しているのか、そしてどうすればそれを補完できるのかを交渉したり折衝したりしていくのですが、その時に鍵となるのは言葉。自分の想いを相手に伝えて納得してもらう能力は、今の仕事に活かされています。その原動力は地域住民の声、言葉。県にいた時とは一線を画し、住民との距離が近い地方公務員だからこそ感じることができました」。
そして数年が経ち、市内にある学童農園施設「あすなろの里」を担当することになった平塚さん。この施設は元々は国が作ったもので、子ども向けの農業体験できる場所。宿泊施設もあり約40年前に作られました。
施設内を巡ると、まるで学校のよう。扉が低く、大人になってから母校に行ったときに「あれ、こんなに小さかったっけ」と思うときに似た感覚と、ノスタルジックな雰囲気は、子どものころに戻った気持ちにさせてくれます。小学生の時「林間学校」でキャンプファイヤーをしたり、枕を投げ合ったり、昆虫を探したり……。大人になって忘れかけていた記憶が時を超えて蘇ってきました。
筆者が訪れたとき、オープンしたばかりのカフェに若い世代がたくさん訪れていたのが印象的でしたが、以前はよくあるハコモノそのもの。人口減少、少子高齢化も相まって、特徴のない施設が淘汰されるのは必然と言え、あすなろの里も以前は、どこもがやっている事業を淡々とこなすにすぎませんでした。
なぜ何もしないのかと思うかもしれません。どの自治体も悪気があって指をくわえて待っているのではなく、しっかり考えています。しかし行政のなかだけで考えてしまう、つまり井の中の蛙状態で、民間からみたら「ええ……」と思うようなことや、「とりあえずやる」という目的が不明瞭、やることが目的化することが常態化している、それは当たり前で仕方のないことだと思ってしまう。これが大きな課題であり、ハコモノがそのままになってしまう、または運営がうまくいかない要因であると言えるのではないでしょうか。
視点を変え、付加価値をつければ人はやってくる
「公共施設は総じて利用料金が安い。利用料を運営資金に充てる前提で考えると儲けはないどころか赤字になってしまいます。しかし、優良なコンテンツであれば安く設定する必要もないですし、何より納得もしてくれると思います。でも、民間が思いつくようなアイデアを私たちが考えたところで限界を感じていました」という平塚さん。
あすなろの里をどうすれば「稼ぐ」施設に生き返らせられるのか――。すぐに行動を起こした平塚さん。市の資産管理担当とともに、プロの視点を学ぶため、公共サービスに民間が参画し、民間の手法で効率化や公共サービスの向上を目指すPPP(Public Private Partnership)、俗に官民連携とも言われる取り組みをしている企業のアドバイザーを招いた会議を2年前に行いました。
生き返らせることができそうだ――。
見学を終えたアドバイザーはそう呟きました。「あすなろの里は、ドラマなどのロケ地として使われたり、ダイヤの原石がたくさんあったりするんです。でも、それを活かしきれていないだけで、磨けば価値が生まれる可能性がある。嬉しかったですね」。
例えば目の前いっぱいに広がる草原。何もない広いだけの場所も視点を変えれば親子で楽しめるキャンプ場として活用できる。発想転換すれば、無から有の価値が生まれる。自信が確信に変わった平塚さんですが、いざ民間に任せよう!と思っても提案が、事案を得ようとするだけで非現実的な机上の空論だったりするケースが多々あったと言います。
「~だろう、という仮説で動き出しても、実際に動いてみたら失敗に終わることって多い。それは行政も民間もリスクが伴うんです。どうしたものかと考えていたとき、とある民間の企画書を見ていたら『トライアル・サウンディング』という文字が目に飛び込んできたんです」。
日常でよくある「一週間利用無料」のようなお試し利用を公共施設で行うことができたら、失敗したら止めてもいいし、上手くいったら本事業化すればよい。リスクを最小限に抑えることができ行政も民間もWIN=WINになるのではないか、そう考えました。これはやるしかない!と思い1か月で要綱をまとめて公募までこぎつけました」という平塚さん。
なぜここまで民間も内部職員も協力するのか。それはきっと豪雨災害で学んだ「交渉術」と平塚さんの言葉がしっかり職員に伝わり、一緒にやろうと思ったからではないでしょうか。
「公募を始めたら、すぐに反応があり驚きました。民間にもニーズがしっかりあるんだと。そして、かけっこ教室とグランピングを掛け合わせた「かけっこキャンプ」というイベントをトライアル・サウンディングで行いました。何の変哲のない広場。しかも1人1万円。この価格設定で申し込みがくるのかと心配していましたが、わずか3日で定員60人が埋まったんです。市場のニーズを知っていること、何もないところに価値を与えることができるアイデアは、やっぱり民間の大きな力だなと痛感しました」。
民間との視点の違いを「行政はあすなろの里は農業学習ができる児童たちの場としか見ていませんでしたが、民間からみたら『場』でしかない。不純物(まじりけ)がないからこそ、場の価値を俯瞰で見ることができる」と言います。
そして住民のコンセンサスを取ることも重要なポイント。「住民への理解を浸透させることってとても大事なことで、いきなり行政が民間と組んでこんな事業を始めました!といった時に、逆風が吹いたとしても、事業化してしまっていたら後に戻れません。でもトライアルで行っていたら、住民からのご意見をいただき、軌道修正をしながら打開策を考えていくことで改善し、納得してもらってから本事業化する。そうすれば三方よし、になりますから」。
「トライアル・サウンディングを行う数年前、音楽イベントを行った際に「音がうるさい」と住民の苦情があり、それ以降鳴り物イベントは自粛せざるを得ませんでした。今回のトライアル・サウンディングでは、意見を出し合い周辺住民に配慮した形でキャンプ×音楽フェス「ロマンチストとシャングリラ」を実施したところ、苦情は全くなかった」と平塚さんが語るエピソードは、トライアンドエラーで前に進んでいくこの取り組みのよい例かもしれません。
次々と施設が持つダイヤの原石を発掘しトライアル・サウンディングで研磨していく平塚さん。今後はどんなことにチャレンジしていくのでしょうか。
「あすなろの里だけでなく、市内を研磨していきたいです。この時期はメロンやズッキーニなどとっても美味しい農作物があるのでそれを知ってほしい。そこで朝一番に新鮮なものを届け、日常の朝をプロデュースする『常総あさいち』という取り組みも始めました。新型コロナウイルスの影響で中止・延期をせざるを得ない状況ですが、市内の素敵なもの、場所、イベントを応援していきたいです。好きな写真をインスタなどにアップして、それがきっかけで常総市の魅力に気づいていただくお手伝いができたらな、と思います。常総市という未開の地を耕して豊かにしていく。そんなイメージで地域の人が自分のまちを知り、興味を持ち、好きになる総数を増やしていければ」。
「公共施設は無限の可能性がある。もっともっと使えるということを伝えていきたい。そしてそのノウハウは常総市だけでなく近隣自治体にも広げていき、連携していき切磋琢磨することで相乗効果が生まれると思っています」という平塚さん。
「企業は同業他社にノウハウを教えることはご法度ですが、行政にはそうしたものはありません。行政・自治体間に垣根はない。だから日本全国で共有しあって、素敵なまち、日本をつくっていきたいです」
新型コロナウイルスの影響でイベントなどが中止となるなど新たな困難に立ち向かう平塚さんの横で奥さんが微笑む光景は、お互いを支えあう行政と民間の姿と重なりました。
草々
Editor's Note
平塚さんの風格。最初にお会いしたとき、20代と聞いて耳を疑いました。落ち着き、話し方からにじみ出る自信は、転職、豪雨被害など困難を乗り越えた経験、普段から地域やまち、そして職場の組織をどのように改善していけばよいのかを常に考えているからこそ醸し出されているのだろうと感じました。
そして、あすなろの里を散策しているとき、何人もの人が平塚さんに声をかけているのが印象的で「ああ、やっぱり伝わる言葉でコミュニケーションをとれる人なんだ」と再認識。
一方、奥さんととっても仲良し。いつも一緒で大学生のころからのお付き合いとのこと。そしてお互い共通のカメラという趣味を持つことで、共通の言語で話せるのが夫婦円満の秘訣なんだと思いました。お二人の撮影されている写真はとても温かく素敵なものばかりです。ぜひご覧ください。
TOMOYUKI SAKUMA
佐久間 智之