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伝統文化の継承は、守り続けることではない。「池原酒造」の家業をつなぐ道とは

MAY. 16

OKINAWA

拝啓、地域産業の継業に挑むアナタへ

グラスを口にすると感じる濃い香り。口に含むと強い味が広がるが、思いのほか後味にきつさはなく、清涼感が残る。そんな、湿度のある暑い夜が心待ちになるような味わいの琉球泡盛「白百合(しらゆり)」。

72年の伝統を持つ、個性派の琉球泡盛「白百合」は、その名の通り百合のような存在感のある味と香りで多くのファンを抱えています

池原優さんは就職先の東京から石垣島に戻り、2014年に祖父母の営んでいた池原酒蔵を受け継ぎました。伝統的な製法で泡盛を造り続けながら、新たな挑戦を続ける池原さんは、どんな「継業」の道を歩んでいるのでしょうか。

池原優 氏 株式会社池原酒造 代表 / 池原酒造3代目。2020年にはクラウドファンディングを通し、ファンと共に作り上げた新商品『shirayuri inui44』を発売。世界三大スピリッツコンペである「sfwsc2021」で最高金賞や部門トップを獲得。近年は酒×食×音楽を楽しめるイベント「白百合ナイト」を「シラユリスト」と呼ばれるファンと協力して日本各地で開催。泡盛や石垣島の食材の魅力を発信している。
池原 優 氏 株式会社池原酒造 代表 / 池原酒造3代目。2020年にはクラウドファンディングを通し、ファンと共に作り上げた新商品『shirayuri inui44』を発売。世界三大スピリッツコンペである「sfwsc2021」で最高金賞や部門トップを獲得。近年は酒×食×音楽を楽しめるイベント「白百合ナイト」を「シラユリスト」と呼ばれるファンと協力して日本各地で開催。泡盛や石垣島の食材の魅力を発信している。

伝統の「個性派」泡盛の魅力

泡盛は、原料の米を麹菌と混ぜて麹にし、そこに酵母菌を混ぜて発酵させたものを蒸留して造られるお酒です。焼酎のようにロック・水割り・ソーダ割りなど様々な飲み方で楽しむことができます。焼酎と異なる特徴は、芋や麦などの二次原料を加えず、最初に作る米麹だけで造るという全麹仕込みです。

原料がシンプルだからこそ、麹菌と酵母菌の組み合わせで風味が大きく変化します。池原酒造の造る泡盛「白百合」は独特で、他の泡盛と香りも味も全て違うといいます。

「昔白百合、臭くて飲めないみたいなポジションだったんです。今ちょっとマイルドになってきています。何十年来のファンからは、あれをもう1回出してほしい言われるんですよ。僕にはその昔の味わかないので教えてほしいですね」(池原さん)

きっかけは東日本大震災。帰れる時に地元へ帰る

池原さんは家業である池原酒造を継ぐ意志を持ちながら、都内の大学で経済学を専攻、卒業後は都内で就職しました。

もともと、お酒造りがしたいわけではありませんでした。会社を創りたいなと思ってたんですけど。家業があるから、まずは家業をやってみようっていう感じでした。それがたまたま酒造業だった。
だから今は酒造業ですけど、お酒業界軌道に乗せたら他のこともやってみたいな思ってます」(池原さん)

そんな池原さんが継業へ一歩進むきっかけとなったのは、2011年に発生した東日本大震災でした。

「当時の職場には東北出身者の方もいらっしゃって、 東日本大震災の発生時に地元に行けないことが辛そうでした。東京にいる東北の人たちは、ルートを確保できないなどを理由に地元に戻れないことも多かったかったんですよ。被災地とは1週間ぐらい音信不通だったり、家族がどうなっているかわからなかったり。地元に行ってなにかしたいけどできない人たちを多く見ていました

そのとき、帰れる自分は地元にいた方がいいかなと思ったんです。このまま都内で働いていたら、地元へ帰るタイミングを見失いそうだなとも思って2012年に石垣島に帰りました」(池原さん)

「コロナ禍を経て確信に変わりましたが、その頃から、 石垣にいても東京にいても同じ生活ができると感じていました。石垣でも仕事はできるし、家業もあるし、 東京も遊びに行ける。石垣に帰ることへ抵抗はなかったです」(池原さん)

当時の池原酒造は、池原さんの祖母の池原信子さんが2代目として長年守り続けていました。池原さんのご両親に継業の意向はなく、祖母の高齢化に伴い廃業の選択肢もあったといいます。そのタイミングで池原さんが石垣島に戻る決断をしました。

せっかくだし廃業しなくてもいいんじゃないか、僕やるんで。といった感じでした
ばあちゃんが個人事業でやっていた酒造所なので、事業継承したというより、新しく会社を作った形。今も設備を借りている状態です。

法人で土地や設備を買い取ると何千万、何億円と費用が必要になってしまうため、祖母個人の建物・ 土地・設備を法人として借りています。資本金はわずか300万円からのスタートでした」(池原さん)

ここから、石垣島にUターンした池原さんの挑戦が始まりました。

技術をつなぐという壁

実は、酒造りに関わったことはほとんどなかったという池原さん。継業を目指す中で、まず直面したのは酒づくりの技術継承でした。データベースもなく、当時85歳の祖父から技術を受け継ぐしかない状態。手探りの日々が続きます。

「手書きの帳面ありますが、 温度管理や発酵の時間など、どうやったらこういう味になるのか具体的にはわからない。五感でやっていた人たちなので、それを受け継ぐのはなかなか大変でした」(池原さん)

形として残っていなかった酒造りの方法をデータ化し、現在は各商品の製法をすべて管理しています。しかし、そこに至るまで一筋縄にはいきません。酒造りの手法は多くの料理のようにYouTubeやインターネット検索で学べるものではなく、やりながら学んでいくしかありませんでした。
わからないことは周りの力を借りながら、目の前にある酒造りと地道に向き合いました。

「大学生の時の自分には、経営学学ぶ前に酒造り学べって言いたいですね
わからないことは、先輩の酒蔵所の社長や他のメーカーの社長に聞いていました。当初は、本当に毎日電話していました。
『池原酒造の池原ですけど社長いますか』電話して、『この機材どうやって使うんですか』と聞いたりだとか
泡盛業界全体で47社ありますが、私はその中で1番年下(当時26歳)の社長だったので、めっちゃ可愛がってもらってました」(池原さん)

石垣に戻った池原さんは青年会議所や、商工会の活動にも積極的に参加。泡盛を広めるためにも、地元の人に顔を売っていきました。
まずやってみよう、その思いから走り出した酒蔵の継業。技術の継承という最初の課題を乗り越えることが、重要な一歩となりました。

つないだ「白百合」は、伝統的であり、新しくもある

酒造りの経験がない状態から、伝統の技法を受け継いだ池原さん。ご自身の経験から「ゼロからやって5年あればある程度のお酒は造れる」と言います。
一度は廃業を考えた池原酒造も、現在は池原さんが三代目として継業し「白百合」が造り続けられています。しかし、受け継いだ伝統の「白百合」は以前の味、香りと同じものではありません。

味は、僕が継いでから徐々に変わっていますね。伝統の味は受け継げなかった復活させたいと思っています

でも、僕の中では受け継ぐ、伝統文化を継承するということは、守り続けることではないと思ってるんですよ例えば千年の歴史があるものでも、千年間同じことやっているのではない100年50年の単位で進化していったうえでの千年だと思うんですね。 一定を保つではなくて、よりその時代合わせていくことが継承かなと。

今僕が進化させていることも、僕の次の世代には守り続けてきたって言われると思うんですよ。進化させたではなくて(池原さん)

「『縄の泡盛』ではなくて、『石垣島の泡盛』を造りたいです。宮古島とか沖縄本島とは違うポジションの泡盛にしたい。『石垣島だけちょっと違うんじゃない』みたいな状態に持っていきたいです

石垣には県内で1番高い山があって、水脈が豊かで、仕込み水も軟水でできているんです
あとは、蒸留方法も他の地域とは違います。直火蒸留という、火を使って蒸留する伝統的な蒸留方法。これやってるのは石垣島だけなんですよ。もう宮古島でも沖縄本島でもやっていないらしいんです。ボイラーを使った方が効率いいので。ただ、直火の方が濃い味が出るし、個性が出るのでうちは続けています。泡盛を造っている会社が47社ある中で、八重山地方にある数社だけが直火蒸留」(池原さん)

伝統の守るべきところ、変えていくべきところ、どちらも大切にしながら、「白百合」の魅力を高めるために池原さんはこれからも挑戦し続けます。冒頭で筆者が記した「白百合」の味わいは、あくまでも今のもの。50年前に飲めた「白百合」と比較したら革新の味、さらに50年経ったらこの味を乗り越えた次世代の「白百合」が現れるかもしれません。

この記事では、沖縄の伝統的な産業である琉球泡盛の酒蔵を継業した池原さんの挑戦についてまとめました。後編では、継業後の池原さんの行動によって、「白百合」が大きく注目を浴びるようになったプロセスをお伝えします。

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Editor's Note

編集後記

そんなに特別な味がするんだろうか、とつい好奇心に誘われて、東京都内で「白百合」を探し回りました。確かに知っている泡盛とは違う香り、濃いめに主張してくる味でしたが、後味のさわやかさにひかれてつい次の一口が欲しくなってしまいます。
伝統の味。「伝統」があることそのものが重要というわけではないけれど、つないでいきたいと思った誰かがいること、つないでいくことを望む人がいること、その事実は紛れもない「伝統」の価値だと感じました。

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