FUKUOKA
福岡
暑い夏。校庭にあるプールで、先生から水泳の授業を受ける。
子どもの頃に経験したその「当たり前」を覆し、地域課題の解決に取り組む自治体があります。
今回の舞台は、博多駅から電車で約20分の位置にある、人口約6万人の自然豊かなまち、古賀市。
古賀市では、2023年度から市内全ての小・中学校で「水泳の授業の民間委託」を始めました。
市内にある既存のプール施設を複数の学校でシェアし、各校舎のプール維持にかかる経費の削減につなげています。
また、これまでプール管理や水泳指導を担っていた教員の負担軽減にも貢献。
水泳専門のインストラクターによる指導により、子どもたちは質の高い教育が受けられています。
その先進的な取り組みが評価され、古賀市は第1回全国シェアリングシティ大賞において、メディアパートナー賞の「LOCAL LETTER賞」を受賞しました。
少子化や財政難、教員の長時間労働といった問題は、多くの地方自治体が同様に頭を悩ませています。
それらの課題解決への一歩として、古賀市の場合はどのように水泳授業の民間委託を進めたのでしょうか。2018年から市長を務める田辺一城さんにお話を伺いました。
前編・後編と2記事に渡って、まちのプールを小・中学校でシェアするまでの経緯や、古賀市の「チルドレンファースト」のまちづくりについてお伝えします。
「水泳の授業の民間委託を、市内全ての小・中学校で行っているのは珍しいんですよ。
色々な事情により1・2校が個別で実施している例は福岡県内でもチラホラありますが、古賀市は11校全部の学校にてやってしまおうと。まちをあげてこのやり方を導入したのは県内では初めてで、全国的にもまだ新しいと思います」(田辺さん)
田辺さんが市長を務める古賀市は、利便性と自然をあわせ持った、福岡市のベッドタウンとして知られるまちです。
市内には小学校が8校、中学校が3校。
各校でのプールの使用をやめ、他施設での民間委託を始めた背景には、いくつかの課題がありました。その1つが、現場で働く教員の負担です。
「毎年プールの水を先生が止め忘れてしまう問題が各地であがっていますが、そもそもプールの維持管理はものすごく大変です。
ちょっと放置するとすぐに水が緑色になりますし、プール内が虫や落ち葉だらけになるので一つひとつ網で掬いあげます。
先生たちは、休み時間も昼休みも、次の時間に水泳の授業が入っていたら掃除をしていました」
かつて古賀市で体育の教員をされていた方は、そう振り返ります。
中学校の授業は教科担任制ですが、小学校では基本的にどの教員もプールの管理業務を担います。他の業務も重なる中で、プールの管理に時間も体力もかけなくてはならない。その負担はより大きなものでした。
さらに近年は、落雷やゲリラ豪雨などの天気の急変が増え、せっかくプールの掃除をしても直前に授業を中止せざるを得ないことも。
計画的に授業が進められない状態に、多くの先生方が悩まされていました。
教育現場の働き方改革が喫緊の課題であったことに加え、水泳授業の委託を後押ししたのは、行政として長い視点からまちづくりを行う上での協議でした。
「自治体はあらゆる公共施設について、30年後、40年後の中長期を見据えてどう管理していくのかを考えています。
税金を納める中心的な稼働年齢層が今後減っていく。こうした中で、今ある施設をそのまま全て持続させたら、市民1人当たりの施設維持・管理コストが上がっていってしまいます。
そのため、公共施設の全体総量を縮小していかなければならないという大きな背景がありました」(田辺さん)
人口減少社会の中で、公共施設をどこまで維持するかは避けて通れないテーマ。
古賀市の施設管理の計画において、議論の一つに上がっていたのが、市内にあるフィットネス施設「クロスパルこが」のプール設備の維持についてでした。この施設は、指定管理者制度によって、民間事業者が運営を代行している市の建物です。
「いわゆる『プール』というものは維持と管理にかなりお金がかかるので、クロスパルこがのプールをなくすべきか検討していました。
そうすれば、プールだった空間をフロアにするなど、違う利用の仕方もできるわけです。
しかし、プール利用者が相当程度いることや、障がいのあるお子さんのスイミングクラスなど、公共施設だからこそ活用しやすくなっている部分もありました。
そうした点も考慮した結果、やはりまだ現段階においてまちがプールを持つ意義はあるし、公共のものとして維持するべきとの結論を最終的に出しました」(田辺さん)
「公共のプールを残す」という、市としてのこの判断が、水泳の授業の民間委託を決める大きなポイントになったと田辺さんは振り返ります。
そして、学校設備の老朽化も全国で共通の課題の一つでしょう。公立学校のプールの多くは、昭和時代のベビーブームを背景に建設されており、修理や建て替えのタイミングは重なってやってくると考えられます。
「今後もし各学校のプールが老朽化して建て直したら、プール1つ当たり2億円規模の莫大な予算が必要になります」(田辺さん)
実際に古賀市では、数年前に市内の1小学校でプールが故障。
その際に、水泳授業の民間委託をクロスパルこがで一時的に行った経験がありました。
「うちには過去に民間委託の事例がありましたし、市の公共施設としてプールを維持するならば、クロスパルこがのプールをより活用したいと考えていました。そこで今度は全小・中学校での水泳授業の民間委託に使えるのではないかという発想になりました。
学校のプールを建て直した場合に想定される、数十億円もの財政負担を避けることもできます」(田辺さん)
結果として全校実施となった1年目の2023年度は、クロスパルこがを運営する民間事業者に水泳授業を委託。市内全ての小・中学生に対して屋内プールでの水泳授業を行いました。
この仕組みを導入して2年目となる2024年現在、古賀市はクロスパルこがを含む2ヵ所の屋内プール施設で水泳授業を実施しています。
子どもたちは、普段授業を受けている学校から、貸切バスでプール施設へ移動。行き帰りの移動と水泳の授業時間を合わせて、各回2コマ分の時間を確保しています。
そのため、子どもたちが実際にプールに入っている時間は、1授業で50分ほどになります。
「学校のプールで授業した場合、例えば1コマ50分の中で泳げる時間は実質20分くらいです。今ではその倍以上の時間を、天候に左右されずに快適な環境で学べています」(田辺さん)
プールの維持・管理の負担なく、計画的に授業を進められるのはもちろんのこと、教員からは「何より子どもたちの安全が担保されているのが大きい利点」との声が上がっています。
現状、子ども10人当たりに1人のインストラクターが付き添って指導や監視を行っているため、教員は余裕を持って、プールサイドから子どもたちの様子を見ることができるようになりました。適時、児童・生徒に声かけをしながら、一人ひとりの学習状況の把握に専念できるようになっています。
授業環境がガラリと変わった子どもたち。かれらの嬉しい変化を市長は感じています。
「現場に行くと、子どもたちが楽しそうなんですよ。バスに乗って行くだけで、ちょっとした遠足気分なんですね。
今年は2年目でインストラクターとも顔見知りだから、来た瞬間ハイタッチをして始まったり、普段学校に来ない子も、水泳の授業がある日は来たりといった事例が出てきています。さらには、放課後のスイミングスクールに通う子も増加傾向にあるようです」(田辺さん)
民間への委託は、プロの指導による泳力の向上に加え、家族や先生以外の大人とのコミュニケーションの機会にもつながっています。
また、指導を行うインストラクター側からも、「学校教育を通して子どもたちにスキルを教えることができるのはやりがいがある」とのコメントをもらえているそう。
市の試算では、この民間委託により、今後50年間で想定される各学校のプール維持費用の半分以下の費用に抑えることができるといいます。年間では、市の財政負担が年3,000万円以上軽減される見込みです。
プール施設やプロのスキルのシェアを通して地域課題を解決し、子ども、教員、民間企業、自治体などの多くの主体へのメリットを生み出した、水泳授業の民間委託の取り組み。
全国シェアリングシティ大賞でも、この持続可能なアイデアが評価されましたが、この取り組み自体は、「シェアリング」の概念を念頭に置いて始まったものではありませんでした。
「結果として水泳授業の民間委託が生まれてきた」と田辺さんが語る、古賀市の前提となる「チルドレン・ファースト」のまちづくりとは。
後編では、市長としての田辺さんの想いに触れながら、古賀市のまちづくりの裏側に迫ります。
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Editor's Note
教員の両親のもとで育ち、現在は地方自治体に勤務しているからこそ、記事で出た地域課題は他人事ではなく、公民が連携したこの取り組みの素晴らしさを実感しながら執筆させていただきました。後編はより濃い内容となっていますのでぜひ。
Hiroka Komatsubara
小松原 啓加