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LOCAL LETTER

荷台いっぱいの幸せを今日も届ける。どんな日も町をめぐる、移動スーパーの願い

OCT. 17

NAGANO

拝啓、地域で困っている高齢者に、なにかできないかと考えるアナタへ

高齢化が進む日本。「買い物難民」という言葉もよく聞かれるようになりました。買い物難民とは、過疎地域などで高齢者が買い物に行く手段がなく、必要な物を入手できない現象を指します。

ここ長野県信濃町も、買い物難民という社会問題に直面している町のひとつ。そしていま、買い物難民の解決策として注目を集めているのが、「移動スーパー」です。移動スーパーはトラックに品物を積み込み、お宅を訪問してその場で買い物をしてもらう形態のお店のこと。

信濃町の人口は8,000人ほどですが、町にはスーパーがたったひとつしかありません。また、冬は積雪が2mを超えるほどの豪雪地帯。外を歩くこともままなりません。

そんな場所で、暑い夏も寒い冬もどんな日も変わらずに、移動スーパーで地域を回りづつける、安藤陽子さんにお話を伺いました。

安藤 陽子(Ando Yoko)氏 移動スーパーとくし丸販売パートナー / 東京都出身。2004年にご家族とともに信濃町に移住。介護福祉関連の長いキャリアを持ち、信濃町でも役場で福祉部局の仕事に約10年携わる。2019年に第一スーパー古間店と連携し、移動スーパー「とくし丸」を始める。photo by mocchy
安藤 陽子(Ando Yoko)氏 移動スーパーとくし丸販売パートナー / 東京都出身。2004年にご家族とともに信濃町に移住。介護福祉関連の長いキャリアを持ち、信濃町でも役場で福祉部局の仕事に約10年携わる。2019年に第一スーパー古間店と連携し、移動スーパー「とくし丸」を始める。photo by mocchy

地域に密着した移動スーパーの1日は多忙を極める

「実は今日が誕生日なんです。今日も梅雨明けですが、生まれた日も梅雨明けで。だから陽子という名前なんです」(安藤さん)

取材はこんな一言から始まりました。安藤さんは2004年に信濃町に移住、築150年になる古民家を改修し、田んぼや畑で作物をつくり自給自足の暮らしをしています。

さらに地域の人たちを巻き込み、一緒に田んぼを耕したり、ラジオ体操を催すなど、積極的に地域と関わり合っています。

「自分たちの老後をどうしようって考えた時に、 やっぱりコミュニティをつくっておきたくて。助け合える親戚が近くにいるわけではないし。『自分たちが生き残っていくために』という想いが強くあってやっています」(安藤さん)

田植えの様子などをまとめた資料。地域の方たちと楽しそうに関わっている様子が見て取れる。photo by mocchy
田植えの様子などをまとめた資料。地域の方たちと楽しそうに関わっている様子が見て取れる。photo by mocchy

安藤さんが取り組んでいる移動スーパーは、オイシックス・ラ・大地株式会社が主要株主となって運営している、「とくし丸」というサービス。とくし丸と地元のスーパーが提携し、さらに安藤さんのような個人事業主が販売パートナーとなって、そのスーパーと連携するというのがとくし丸の仕組みです。

この仕組みの最大の特徴は、販売パートナーは売れた分に対して一定の手数料をスーパーに支払えば良いという点です。これによって販売パートナーは商品を買い上げる必要がなく、在庫を抱えるリスクがありません。またスーパーとしては店頭に来れないお客さまにも買い物をしてもらえるというメリットがあります。

安藤さんは福祉系の仕事に長年従事していて、高齢者の方と多く接してきました。そのなかで買い物がままならない高齢者を多く目にし、課題感を感じてこの事業をはじめました。

「信濃町のお隣の飯綱町で、『1日3食、365日の宅配弁当』を社会福祉協議会が町の取り組みとしてやっていたことが、始めようと思ったきっかけのひとつです。そこから調べていたときに、『移動スーパーとくし丸』を知って。せっかくやるなら、地域のお店と連携してやりたいと考えて、始めることにしました」(安藤さん)

移動スーパーと言っても、実際には利用したことがなく、イメージが湧かない方も多いのではないでしょうか。そこで、具体的に1日の流れを伺ってみました。

「朝6時半頃に提携スーパーに来て、その日の野菜や肉、魚、 お惣菜を積み込みます。それで9時半に出発してお宅を訪問していきます。

集合ポイントがあるわけではなく、基本的には一軒一軒お宅を回っています。その都度トラックを止めて、荷台を開いて、お客さんと話をして、荷台を片して、という風に。1日に40軒ほど回って、スーパーに帰るのが18時頃。それからお金の処理をして次の日の準備をして、スーパーを出るのが19時過ぎになります」(安藤さん)

photo by mocchy
photo by mocchy

「一人のお客さんのところには週に一度しか行けません。なかには普段喋る相手もいなくてテレビを相手に喋っているような人もいますから、皆さん話したくて仕方がないようで。週に一度の楽しみとして、今か今かと待っているような状況ですね。

それでも一軒にかけられる時間は10分くらいなので、ときには無理やり会話を終わらせざるを得ないことも。だからいつも時間が足りなくて、道中も休憩する暇がありません。お昼ごはんを食べる暇もなくて、おにぎりやパンをかじりながら回り続けています」(安藤さん)

これを夏も冬も、晴れた日も雨の日も雪の日も欠かさず続けています。とくし丸では週に6日働くことが基本ですが、現在安藤さんは週に4日の営業。

「私はもともと足が悪くて義足を使用しているんですが、最近さらに足を怪我してしまって。それもあって特例で週4で働かせてもらっています。それでも年々体力は落ちているし、『働けてあと5年くらいかな』なんて思っています」(安藤さん)

安心感とささやかな楽しみ。移動スーパーを通して届けたいもの

安藤さんはこの仕事の意義をどう捉えているのでしょうか。

「『どんなに雪が降っていても、冷蔵庫に食べ物があるということはすごく安心なんだよ』と言ってくださる方がいて。そういうのを聞くと、やっててよかったなって思います」(安藤さん)

「食べ物が持つ力」はとてつもなく大きいと安藤さんは語ってくれました。特に忘れられないのが、認知症がすすんでしまったお客さまのお話です。

「ご夫婦だったのですが、認知症がすすんで銀行からお金を引き出せなくなってしまって。その状態が2ヶ月くらい続いちゃったんですよ。心配になって何を食べているのかを聞くと、『大丈夫、うどんがあるから』って言うんです。食べたことも忘れちゃうし、食べてないことも忘れちゃったんだと思うんですよね。だから、本当に認知症がすすんじゃった感じで。

そこから支援が入るようになって、お金をおろして、また普通に買い物できるようになって。十分な食事が取れるようになったら、認知力が戻ったんですよ!お金が入るようになって最初のとくし丸での買い物の時に、私の歩き方を見て、『どうしたの?』って。足を骨折している事は忘れられてたんですが、その次の週には、『まだ足悪いの』とか『大変な目にあったわね』と言ってくださって。『えー思い出したの?』ってびっくりしてしまいました。

やっぱりちゃんと3食を食べること、食べ物が胃のなかに入ってお腹が満たされるということはとても大事だなと改めて思いました」(安藤さん)

photo by mocchy
photo by mocchy

また、安藤さんは仕事を通じてお客さまにささやかな楽しみを提供できていると実感しています。

「お寿司などの贅沢品をペルパーさんには頼みづらい気持ちってあるじゃないですか。パンや牛乳なら頼めるけど、贅沢品や嗜好品はちょっと躊躇われる、みたいな。そういうものも、とくし丸であれば気軽に買えます。

菓子パンひとつにしても、自分が食べたいと思うものをその場で見て選んで買うっていうのは本当に楽しいことですよ」(安藤さん)

安藤さんが大事にしている考えのひとつに、「実際に自分の目で見て、手で取って、買ってもらう」というものがあります。だからこそトラック内の品物の積み方をものすごく考えていて、どうしたらより手に取ってもらいやすいかを常に考えて配置しているそうです。

「とくし丸」の荷台の中。ところ狭しと品物が並んでいるが、「実際はもっとぱんぱんに積み込んでいる」とのこと。photo by mocchy
「とくし丸」の荷台の中。ところ狭しと品物が並んでいるが、「実際はもっとぱんぱんに積み込んでいる」とのこと。photo by mocchy

さらに、買う人の意志を尊重して、できるだけ余計な口は出さないように気をつけてもいます。

「この人は病気があって甘いものを食べちゃいけないだろうなと思っても、基本的に私は制限しません。私は栄養士じゃないし、どうしたって欲しいものは他所から買ってきちゃうかもしれないですし。

嫌な思いをするということが1番ストレスになると思うので、楽しく食べてもらえればと思っています。『心臓の薬を飲んでいるからこれは食べちゃダメ』という方もいたりしますので、御本人の申し出がある場合には気をつけますが」(安藤さん)

単なる買い物の場にとどまらない。助け合えるような関係性が未来を紡ぐ

もちろん良い事ばかりではなく、実際に高齢者の方を相手にすることは簡単ではありません。

「当たり前ですが、4年やればみんな4年分歳をとるわけで。お客さまの中でも、『去年できていたけど今年はできない』ということも増えてきます。例えばおはぎ。去年までは小豆を買って自分でつくってたけど、今年はもうあんこ買っちゃおうとか。もっと進むと、『おはぎちょうだい』となってしまって。悲しいですけど、明日はどうなるかわからないということは常々感じています。みんな一緒ですが、来週も元気で会えるといいなっていうのが本音です」(安藤さん)

また、信濃町は海抜700m近い高原地帯で、周囲は山に囲まれています。夏は涼しく快適に感じますが、冬は本当に厳しいと安藤さんは語ります。

「一冬越すと、ガクっときますよ。やっぱり雪は本当に大変。特に去年はものすごい大雪で、転んで骨折してしまいました」(安藤さん)

そんな大変な状況であってもたくさんのお客さまが安藤さんを頼りに待っています。そのときは旦那さんに代わりに配達してもらい、なんとか対応できました。旦那さんは今では朝晩専従者としてとくし丸を手伝ってくれているようです。

ところで、安藤さんはお話の中で協力してくれているスーパーへの感謝をしきりに述べていました。

「他所のとくし丸だと、お惣菜が出来上がるのを待って、出発が10時を過ぎちゃうようなところも多いんです。ところが、私が提携している『第一スーパー』はすごく協力してくださって。皆さんがとくし丸のために朝6時半に出勤して来て、お刺身やお惣菜をつくってくださるんです。

他にも、とくし丸の開業の際には、スーパーのスタッフが1週間の研修に行く決まりがあるのですが、その時もなんと店長を含め上役3人が研修に行ってくださって。今もこうして続けていられるのは、本当に第一スーパーのおかげなんです」(安藤さん)

第一スーパーの西條店長にも話を伺いましたが、安藤さんのことをこう話していました。

「いつも丁寧に接客してくださっていて非常にありがたいなと感じています。スーパーでは届けきれないお客さまに品物を届けて、フォローしてもらって、本当に感謝しています」(西條さん)

「第一スーパー」の西條店長。インタビューに駆けつけて安藤さんのお話をしてくださいました。photo by mocchy
「第一スーパー」の西條店長。インタビューに駆けつけて安藤さんのお話をしてくださいました。photo by mocchy

お話の中で、何度もお互いに感謝を伝えあっていたのが印象に残っています。単なる事業的なつながりを超え、困難を共に乗り越えてきた強い絆を感じました。

最後に、安藤さんに今後実現したいことを語ってもらいました。

「基本的には1軒ずつお宅を回っていくのですが、近所の人が何人か集まってくれる『集合ポイント』も何箇所かあるんです。それがすごくいい形で。私は大体いつも遅れて到着するんですが、その間お客さんがみんなで座って待っていて。買い物が終わったら、ある人が皆さんに『お茶を飲んでけ』って声をかけるんです。それでみんなでお茶して帰るみたいな風になっていて。

これがひとつのコミュニティみたいになっていて、近所の繋がりも復活できるし、おしゃべりできるし。『あれ、今日来てないけどどうしたんだろう』とか、お互いを心配し合ったりしますよね。 

最終的には、この近所付き合いや親戚付き合いというのが大事になってくるんじゃないかなって思っています。私自身、助け合える関係というのをつくっておかないと。いま夫と2人でいますけど、どっちか1人になったら、本当に生きていけないと思うんです。それがやっぱり、雪国の宿命でもあります。雪に埋もれたら、本当に出ていけない。

最近回るようになった団地には子どもが多くいて。その子どもたちがとくし丸を見るとすごく嬉しそうに近寄って来るんです。その姿をみてお年寄りも楽しい気持ちになる。子どもとお年寄りが一緒に買い物したりできるって、すごくいいなって。いい光景だなって。 そんなことをこれから増やしていきたいです」(安藤さん)

「とくし丸」って、ほんとにありがたい商売だなと思うんです。こちらは買ってもらってるんですよ。だけど、お客さまの方が「ありがとう」と言ってくれて。いやいや、こちらこそどうもありがとうっていう感じです。ほんとうに。

自分の取り組みの中に心からの喜びを見出している安藤さん。義務感だけでなく、自分に無理なく続けているからこそ、これまで続けてこれたのだろうと感じました。そして何より、そういう自然体な安藤さんを頼り慕い、多くの人が毎週会えることを楽しみに待っている。安藤さんのお話から、本質的な仕事の在り方を教えていただきました。

Editor's Note

編集後記

インタビューを通して、表層的な取り組みだけでなく、安藤さんの考えの深さや磨かれてきた価値観が随所に垣間見えました。そういう強い人間性がこのタフな取り組みを支えているのだと分かり、自分の場合はどうなのか、と身を正される思いでした。

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