SAKUHO, NAGANO
長野県佐久穂町
出産したら、自然が豊かな場所で暮らしたい。
子どもが3歳になるまでには、地域に移住したい。
移住希望の中でも、常に上位に入ってくる「子育て」というキーワード。子どもの成長を考えると「自然豊かな場所で子育てしたい」と考える方も多いのではないでしょうか。
ですが、そうはいっても “自然が豊か” な地域は、日本各地に存在し、それだけでは、どの地域が自分たちに合っているのかわからないもの。
そこで今回は、長野県佐久穂町で2012年9月に、森全体を幼稚園と捉え、子どもがのびのびと過ごせる場所として「森のようちえん ちいろば」を開園した内保氏を取材。これまで総勢50名の子どもと、佐久穂町の大自然で過ごす中で内保氏が感じてきた「幼児教育で大切なこと」をまとめました。
内保氏を動かす原動力は、大学院卒業とともに、就職した幼稚園で感じた違和感だった。
「もともと大学院でドイツの児童文学を学んでいました。そこから、実際の現場も知りたいと思い、幼稚園に就職したのですが、幼稚園で過ごす子どもたちと初めて対峙したいとき、 “この子たちの子どもらしさ” はどこにあるんだろう。って思ったんです」(内保氏)
子どもたちの自由時間は30分、それ以外はテキストで決めたらたカリキュラムの通りに時間が進められていく。そんな中で耳に入ってくる「子どもの遊び」「子どもらしさ」という言葉は、内保氏にとって違和感のあるものだった。
「何が正しい、正しくないかは正直わかりません。ですが、僕の感性には合わないと思ったんです。大人都合で、大人が決めたカリキュラムにのっとった “子どもの時間” はもはや子どもたちの時間ではないし、はやく大人をつくりたいのだろうなと感じてしまったんです」(内保氏)
そんなとき、内保氏が出会ったのが「森のようちえん*1」だった。
「森のようちえんは、まさしく子どもが “自分の時間” と “空間” と、“仲間” をしっかり保証してもらった上で、ストレスなく、子ども時代を謳歌していると感じました。そのとき、こういう場を僕もつくりたいと、僕の中で燻っていたものが、うれしい悲鳴をあげたんです」(内保氏)
最初は、すでに全国にある森のようちえんの中で、どこかに就職することも考えていた内保氏。しかし、自分のやりたいことは自分でつくらない限り、いつまでも誰かに依存する形になってしまうと、自ら「森のようちえん ちいろば」を開園することを決める。
「1期生の子たちは特に大変でした。全てが初めてで、3,4歳児はほぼ模倣で生きるのに1期生の子たちはお手本にする先輩がいないし、僕ら自身も首都圏から来たばかりで、森のことはほとんど知らない状態。ですが、僕らは教育的な成果を子どもたちに求めていないので、みんなで森に出かけては “感じてみよう” と、ゆったりと起こる変化を見守り続けていました。子どもたちの裁量で3,4年かけて周りの人や環境を自分の中に受け入れ、心の中に落とし込んでいったらいいと思っています」(内保氏)
そもそも幼稚園に通う3,4歳児は、親をはじめとする周りの環境にすでに大きく影響を受けており、ほとんどの子は自分の価値観がすでに出来上がってしまっているため、パラダイムシフトを起こすのは容易ではない。
「入園する子どもたちの中には、森をみて “ママ!ここには何もない!” と言う子も珍しくありません。その “何もない” というのは、滑り台やブランコ、車のおもちゃやおままごとセットがないということなんです」(内保氏)
公園で決められた道具でしか遊んだことのない子どもたちにとって森は、何もない場所。ですが同時に、何もないはずの森で楽しそうに遊んでいる先輩たちの姿も目にすることで、価値観の転換が起きると内保氏は語ります。
「遊ぶものが何もないと思っている自分自身の感覚と、目の前で楽しそうに遊ぶ子どもたちのギャップに大抵の子どもたちは固まり、考え出すんです。そして(個人差がありますが)、そのギャップを自分自身で整理し、次の瞬間には泥の中に飛び込んでいく。飛び込んだら “はっ!面白い!” って顔をするんです」(内保氏)
森の中で繰り広げられる子どもたちの遊びは、千差万別。電車が好きなとある子は、木の皮や竹で線路や駅を作り、森の中に電車を走らせる。とてもクリエイティビティのある遊びを、園児一人一人が個性豊かに森の中に生み出していくのだ。
「何もないと思っていたところに、実は面白いものがある。次はこんな面白いこともできるんじゃないかと自ら工夫をはじめていく。そんな価値観の転換が起きる瞬間を僕たちはとても大切にしています」(内保氏)
価値観の転換が起こるタイミングは、人それぞれ。ギャップを感じてから10分で瞬時に状況を整理し、変化する子もいれば、1日や2年以上かかる子もいる。だからこそ、内保氏は、それぞれの変化を根気強く待つことも大切にしているのだ。
「時間がかかるのが子どもの世界ですし、子どもたちが自ら価値観の転換を起こすことが、主体性に繋がると考えています」(内保氏)
*1 森のようちえん
森のようちえんは、自然の中での幼児教育を行う運動や団体を指す。森林の中で子供が感性を研ぎ澄ませ、自然との関わりを学ぶことができる。 日本には2011年時点で約70か所存在する。
「森のようちえん ちいろば」を開園し、すでに7年。現在、28名の園児を見守っている内保氏は、子どもとの信頼関係づくりを何よりも大切にしている。
「子どもたちからすれば、保育スキルを持った大人と関わりたいわけではないと思うんです。もちろん保育的な技術も必要ですが、子どもたちからすれば、例えば、自分が “やりたい” と勇気を振り絞って伝えた想いに寄り添ってくれる大人とか、自分のことを思って叱ってくれている大人とか、そういう人間性に出てくる本気が大事」(内保氏)
「一緒に働いてくれているスタッフにも、 “保育士である前に、まずあなた自身でいてください” と伝えています。他の幼稚園だと、子どもたちにどういう言葉遣いで声をかけなくてはいけないか、保育士だからこの言葉は禁句とか、いろんなルールがあるんですが、僕自身は決まったルールよりも、信頼関係が重要だと思っています」(内保氏)
信頼関係があってはじめて伝えられることがあるし、受け入れられる言葉がある。だからこそ、まずは子どもとの信頼関係を大切にしている内保氏。
「子どもとの信頼関係をつくるためには、まず自分自身をさらけ出すことが重要で、自分自身が子どもたちに心を開いて、信用し、さらけ出さない限り、子どもからの信頼を得ることはできません」(内保氏)
他の幼稚園から転職してくる先生は、その大多数が最初、内保氏の方針に戸惑いを見せるという。
「決められたルールではなく、“自分なりの人間性” や “子どもたちとの関わり方” を僕が求めるので、戸惑われる方は多いですね。子どもに “自由に” とか、“自立するように” と言っている大人の大半がそれを体現できていないと思っていて、それでは絶対に子どもたちに良さは伝わりません。自分自身がまず体現していくことが大切なんです。机上の空論を子どもにかざしても、子どもはすぐに気づきますからね」(内保氏)
森のようちえん ちいろばを運営する中で、子どもたちよりも、親御さんたちの方が、最初ちいろばの教育に戸惑いを見せることが少なくないそう。
「義務教育を受けた人たちが今、親になって子どもを幼稚園に預けている方が多いので、正直、今のお父さん、お母さんは、自分が体験したことのない社会に出会った時、眺めることしかできないんです」(内保氏)
子ども以上に多くの経験をしてきたからこそ、大人の目線で考えると、無理かもしれないとすぐに諦めてしまう人が多い。内保氏は、そんな大人たちを見ている中で、大人たちが自分たちの理想を見つけ、自己実現ができるコミュニティづくりを今後行なっていきたいと「0歳〜100歳までのみんなの心の故郷づくり」プロジェクトを立ち上げた。
「僕たちのコミュニティのキーワードは “子ども心”。大人目線で考えると、絶対にできないと頭でっかちに考えてしまうことでも、子どもはいとも簡単に覆すことがあるんです。目の前に面白いことがあれば、想像力を働かせて、何もないところに面白いものを生み出していく。僕たち大人だって子ども時代があったんですから、自分のやりたかったことや、疑問をもう一回紐解き、それを実現していくコミュニティをつくりたいんです」(内保氏)
多くの大人がこれは実現不可能では?と思ってしまうことをみんなで「どうしたら実現できるか」模索し、とにかくまずは形にしてみる。事例を一つ一つみんなで増やしていき、森のようちえんを飛び越えた、コミュニティをつくる。それが、内保氏の思い描く未来。
「今は、森のようちえん ちいろばと保護者が一緒になって、どんなコミュニティになったら面白いかを話しています。ちいろばを中心に、何があったら大人もワクワクできるのかを考えて、そのワクワクを散りばめて行ったら、こんなイメージになりました」(内保氏)
「ケーキ屋さんやカフェ、パン屋さんは、ちいろばの卒園児から出てきた意見なんです。ちいろば、“0歳から100歳までの子ども達と共に” を理念として掲げていて、みんなの故郷になれるよう、子どもたちにも親御さんにもいつでも帰ってきてと伝えているんです。だから、卒園児は、ちいろばでケーキ屋さんやカフェ、パン屋さんをやりたいと言ってくれています」(内保氏)
子どもたちが大人になった時、やりたいことを実現できるようなコミュニティの土台づくりを行いたいと内保氏は嬉しそうに語ります。
「豚を飼うとか、畑や田んぼを作って給食を自給し、ちいろばで循環が回せたら面白いというのは、今関わってくれている大人の子ども心から出てきた意見で、特に保護者の方がエネルギッシュに関わってくださっているんです。皆さん、ワクワクするねと言いながらそれぞれの得意を生かして、設計図を起こしてくれたり、パノラマ写真を撮ってくれたりしています。僕には絶対にできない部分を他の方が楽しんで自主的にやってくれているんです」(内保氏)
いわゆる利害関係ではなく、心からいいものをつくりたいというメンバーで、まさに走り始めたばかりの「0歳〜100歳までのみんなの心の故郷づくり」プロジェクト。子どもと大人の子ども心がぶつかり、出来上がるちいろば。一体、これからどんな化学反応が起こっていくのだろうか。
内保氏のお話を聞きながら、以前とある雑誌で読んだKIT虎ノ門大学院教授 三谷先生の教育論が頭をよぎっていた。
『今後、AIの発展がより加速していく現代。そんなAIが当面できない力として注目を集めているのがリアルでの「試行錯誤力」。新しいものを生み出そうと発見・探究し、自力で調べて選択肢を広げて絞り行動する。失敗しても、めげずに楽しみながら再トライを繰り返す』(KIT虎ノ門大学院教授 三谷宏治 / NEWS PICKS Magazine Winter2019 Vol.3 p.34より)
このリアルな試行錯誤力を構成すると言われている3つの力「発想力(独自の視点でアイディアを生み出す力)」「決める力(自ら選択肢を広げて選び取る力)」「生きる力(失敗にめげず楽しく前に進み続ける力)」を伸ばす環境の一つとして、「森のようちえん ちいろば」があるのかもしれない。
NANA TAKAYAMA
高山 奈々