SINTOMI, MIYAZAKI
宮崎県新富町
とある町に「わずか3ヶ月で、1粒1,000円のライチを生み出し、完売させた男」がいる。
地域に関わるアナタなら一度は、聞いたことがあるかもしれないこの話。たちまち地方創生の立役者となったこの男は、5年間アメリカのシリコンバレーにあるITベンチャーで働いたのち、日本に帰国し、地域ビジネスプロデューサーとして、これまで宮崎県日南市の伝統工芸品「飫肥杉」製品の海外展開や、鹿児島県三島村の特産品「大名筍」のリブランディングなど全国各地で地域資源の商品化やブランディングを多数成功に導いてきた。
そんな輝かしい経歴をもつ立役者こと、齋藤潤一氏がいま、もっとも注力しているのが、宮崎県の中部に位置する新富町。2017年4月に新富町の地域商社・一般財団法人こゆ地域づくり推進機構(通称:こゆ財団)の代表理事に就任して以来、わずか2年で10以上のプロジェクトを立ち上げ、成果を出し続けているというから驚く。。
今回は、国内外で活躍する齋藤氏が「なぜ新富町に注力するのか」、その理由を4つにまとめました。
シリコンバレーから日本に戻ったのは、シリコンバレーで培ったスキルと経験を生かして日本でチャレンジしてみたかったからだという齋藤氏。当時から「地域」に関心があった訳ではなく、シリコンバレーで見てきた起業家の姿に憧れ、シリコンバレーで経験したクリエイティブディレクターのノウハウを活かして広告デザイン会社を起業した。
「起業家は、大変な意思決定を余儀なくされることがたくさんあるんです。リスク背負って、たとえ嫌われても進まなくてはならないから、押しすすめることもあります。そういう先輩起業家たちの姿がすごくかっこよくて、自分のスキルや経験を試してみたかったんです」(齋藤氏)
地域に関心を持ち始めたきっかけは、誰もが忘れない「東日本大震災」だった。
「ボランティアに参加して、被災地に訪れた時、信じられない光景をたくさん見ました。ヘドロの臭いが酷くて、道がズボンと抜け落ちているところもあれば、何もないところが広がっている場所もありました。現代の日本でそんな状況を目の当たりにする日がくるなんて、誰にも想像もできなかったじゃないですか。その時、自分にできることで日本に貢献したいと思い、シリコンバレーで学んだことを活かして、ビジネスで持続可能な地域づくりに貢献することを自分のミッションに掲げました」(齋藤氏)
東日本大震災が起こる前から、日本の様々な地域を巡りながら「補助金に依存している日本の地域は持続可能じゃない」と感じていたという齋藤氏。今でこそ、持続可能なまちづくりは浸透し始めているが、齋藤氏は10年以上も前からビジネスの仕組みを活用した持続可能なまちづくりを目指し、活動を続けている。
「持続可能なまちづくりを行うために必要なのは、ビジネスの仕組みを地域に入れることです。ただ当時は、ほとんどの役場から話も聞いてもらえないような状態でした。“うちはビジネスがやりたい訳ではないから” “ビジネスなんてよくわからないんで” と言われてばかりでしたね」(齋藤氏)
そんな中、齋藤氏を新富町に惹きつける大きなきっかけとなったのが、新富町役場に務める公務員、岡本啓二氏の存在だった。
「岡本くんと出会って、ビジョン・ミッションを共有できたのは大きかったですね。少子高齢化、人口減少が進む中で、地域が今後どうなっていくのかわからないからこそ、地域が持続可能になるためには、きちんとお金を稼ぐ仕組みが必要という危機感が共通していたのは大きかったですね」(齋藤氏)
当時、岡本氏は自身の危機感から地域商社(こゆ財団)の立ち上げを計画しており、地域商社の代表理事を探していた際に齋藤氏と運命的な出会いをしたのだった。
「もちろん、岡本くんとぶつかり合うこともありましたが、ビジョンとミッションを共有できていたからこそ、これだけのスピード感で成果を出せてこれたんだと思っています」(齋藤氏)
こゆ財団が掲げているビジョンは、チャレンジしたい人がいれば「失敗したらどうするんだ?」ではなく「応援するよ」と言い合える文化がある『世界一チャレンジしやすいまち』をつくること。
ミッションは、「世界一チャレンジしやすいまち」というビジョンのもと、行政では成し得なかったスピードで1粒1000円のライチを代表する「特産品販売」と新富ローカルベンチャースクールという「起業家育成塾」を行いながら持続可能な『強い地域経済をつくる』こと。
「創設当時から、世界一チャレンジしやすい町を目指して活動してきたからこそ、今、自分たちにとってもチャレンジしやすい町になってきています。そして今、こゆ財団がイノベーティブなロールモデルになるのではないかと、多くの業界人が注目をしてくれています。限りある自分の人生の時間と、世界をより良くするための最善の方法を照らし合わせた時、新富町でイノベーションを起こし続けることが重要だと思いました」(齋藤氏)
先日、こゆ財団はユニリーバ・ジャパン株式会社と連携協定を結び、今後さらに持続的なまちづくりを目指し活動していく。
「こゆ財団創設当時は、まさかユニリーバ・ジャパンとこゆ財団が持続可能なまちづくりを目指して連携協定を結ぶなんて、想像もできないことでした。これはこゆ財団が世界一チャレンジしやすい町をつくろうとしてきたからこその結果だと思っているので、こゆ財団をロールモデルにして、チャレンジしやすい地域が増えたらいいなと思います」(齋藤氏)
すでに10の事業を走らせているこゆ財団だが、これから新たな領域にチャレンジするという。
「いま最も力を入れているのは、農業分野です。農業は日本の大きな課題であり、今後新富町がぶつかる課題でもあるので、100年先まで持続可能な地域の農業を確立するために、農業およびAI・IoT関連ベンチャー10社を企業誘致し、その10社で日本の農業をアップデートしていきたいと思っています」(齋藤氏)
こゆ財団は、新富町役場、町内農家らとの協力のもと、農家の所得向上を実現し、100年先まで持続可能な地域の農業を確立する「新富アグリバレー」プロジェクトを開始。こゆ財団と連携した10社は、新富町商店街付近の空き店舗を改修した同名の拠点施設に入居し、スマート農業に関する共同研究・開発を進めている。
「僕の大きな夢は、世界の食糧問題を解決し貧困や紛争をなくすこと。スマート農業を推進する10社が集まって、イノベーティブなことをすれば、絶対に世界の食糧問題を解決することができると思っています。ロボットだけでも、IoTだけでもなく、多様性に満ち溢れた世界最先端のスマート農業の町になると良いですよね」(齋藤氏)
常に、自身のミッションである「持続可能な地域づくり」に挑戦する齋藤氏。そんな齋藤氏を惹きつけたのは、危機感を共有する一人の公務員の存在と、チャレンジしやすい町というビジョンを共有することで、集まった仲間たちが生み出す前向きな町の風土があった。
Photo by Waki Hamatsu
Editor's Note
実は今回、齋藤氏の取材を行うのと同時に、齋藤氏を惹きつけた公務員である岡本氏の取材も行わせていただいた。
マイペースで、大きな未来を見据えて突き進む齋藤氏に対して、しっかり者で、現実を着実につくっている岡本氏。
どちらが欠けても、間違いなく今のこゆ財団の活躍は存在しない。と言い切れるほどに、得意な部分も性格も全く違うふたり。
こゆ財団は、100名のメンバーの採用を目指して、ビジョンを共有できる仲間を募集中とのこと。これからメンバーも増え、ますますパワーアップしていくこゆ財団に目が離せません。
NANA TAKAYAMA
高山 奈々