公務員
移住に力を入れる地域の中では、「後発的な」取り組みにも関わらず、2018年度の移住者増加率、驚異の300%を達成した愛媛県西条市。
前回、LOCAL LETTERでもその裏側を取材させてもらい、大きな反響を呼びました。
そこで今回は、着任当初から西条市のなかで行政改革に取り組み、前回取材をした西条市役所職員・柏木氏からも絶大な信頼を得ていた、西条市副市長・出口岳人氏を取材。
西条市で次々と行う行政改革の具体例とともに、出口氏の想いや素顔に迫りました。
移住者増加率300%(2018年度)だけでなく、雑誌「田舎暮らしの本」(宝島社)の住みたい田舎ランキング四国部門1位(2019年)・若者世代部門1位(2020年)受賞ほか、2018日本ICT教育アワード最優秀賞(2018年)、第19回テレワーク推進賞の会長賞を受賞(2019年)するなど、数々の功績を出す西条市。
そんな西条市の陰の立役者として存在しているのが、2017年7月より西条市の副市長に着任した出口氏。彼はどんなことを大切にしてきたのだろうか。
「着任当初から、失敗は成功の過程にあるものだと伝えています。そもそも、私が西条市に来るきっかけとなった玉井敏久市長が “勝ち残るまち” を目指しておられて、チャレンジを奨励しているんです。私は市長を補佐する役目として、市長と同じ方向を向いています」(出口氏)
税金を使っているからこそ、失敗は許されない。という風潮がまだまだ強くある行政という組織の中で、果敢にチャレンジをしていく出口副市長ら。恐れといった感情はないのだろうか。
「行政だけが失敗をしないということはあり得ないんですよ。私が意識しているのは、枠から外れないように、大きな方向を示すこと。そして、致命傷にならないように小さく始めて大きく育てていくこと。さらに、ダメだったものはすぐに削っていくことです」(出口氏)
多少の失敗があっても、それは成功の過程だという出口氏は、物事を失敗ありきで考えているともいう。とはいえ、失敗を許容する仕組みはまだまだ少ないと感じる行政という組織において、出口氏は具体的にどんなことを行なったのだろうか。
「西条市としては初めての試みでしたが、“トライアル” という概念を予算に入れました。私はICTを活用してスマートシティを目指す西条市に貢献するために、総務省から派遣されましたが、そもそもこの分野ってやってみなくてはわからないことや、やってみた結果全然結果が出ないってことがたくさんあるんですよ。だからこそ、最初から辞めるという選択肢を残しておかないと心配で始めることができません」(出口氏)
あまりしっかりと計画を固めすぎず、議会で予算説明をする際にも、これはあくまでトライアルであり、途中で内容を変更する可能性もあると予め余白をつくっているという。
「あとは、3年間という期間も約束しています。3年間のうちに検証まで含めて、辞めるか、継続させる(拡大するか)を決めるから、チャレンジさせてくださいとお願いをしています。終期を決めるということも大事かもしれませんね」(出口氏)
3年間という終期を決めていても、試行錯誤する中で、違うと思えば満期終了前に方向転換をすることもあるという。そして、事前に方向転換をする可能性も伝えることで、周りの理解を得られるように準備をしているのだ。
「自分たちの現状を把握した上で、どう戦うのかを考えることも重要です。私が着任した当初、西条市は今以上に知名度がない場所だったにも関わらず、その状況を理解している職員は少なかったと思います。移住フェアに出てもただ座っているだけで、来場者に話しかけにいくこともなければ、せっかく来てくれた人たちの個人情報も入手してないから、その後のコミュニケーションも取れない、そんなことが当たり前でした。この状況に驚いて、部下である柏木を呼んだことは今でも覚えています。(笑)弱者には弱者の戦略があります。西条市はいい場所で有名だなんて思っていてはいけないんです」(出口氏)
移住フェアに出たという行動そのものが評価されていた状況から、成果を追求することを大切にしていこうと働きかけた出口氏。その姿に影響を受けた柏木氏は、知名度がないからこそ、「完全オーダーメイド」の移住体験ツアーをはじめとする、移住検討者一人一人に寄り添ったサポートを打ち出し、2018年度の移住者増加率は驚異の300%を叩き出した。(詳細はこちら)
そんな出口氏の手腕は、新型コロナウイルス発生時にも大きな影響を及ぼした。
「愛媛県西条市と東京や大阪では、コロナの状況も経済状況も、あまりにも違うことが多いので、首都圏と同じことをしてしまってはいけないんです。西条市で完全自粛をすると、2ヶ月後には資金ショートが起こってしまうことは最初から見えていました。だからこそ、いかにギリギリまで持ちこたえるのか、活動を自粛しすぎないというバランスも必要だと考えました」(出口氏)
様々な声が飛び交う中、市民の健康と地域経済のバランスを徹底的に考えながら、ギリギリのラインを持ちこたえた西条市。そのため、他の地域では大きな経済ダメージが出ていた3月も西条市では、ほとんどダメージが出なかったという。
「長丁場になるかもしれないという時に、東京と同じ尺度で、同じペースで進むのではなく、西条市は感染者が確認されていないという状況を把握した上で、寄り添った対応に努めながら、出来るだけギリギリまで持ちこたえようと調整に努めました」(出口氏)
4月16日に緊急事態宣言が全国に拡大されたことを受け、自粛強化に切り替えた西条市。もちろん、飲食店等の売上は落ちているが、それでも廃業にまで追い込まれているお店は0だという。そのほかにも、地域産業を維持するために独自財源を使った支援活動をいち早くはじめている。
「地域活力の源泉は産業にあると考え、産業を維持するために融資枠54億円規模の融資制度を4月20日に開始し、中小事業者の資金繰りを支援するとともに、今回、小規模事業者を対象に10万円の給付金を開始しました。給付金だけでも10億円規模になりますが、できる限り倒産や失業を抑えたいと思っています」(出口氏)
多くの人たちの前に高く分厚く立ちはだかった新型コロナウイルス にただ頭を抱えるのではなく、新たな機転で乗り越えようと奮闘し続ける出口氏は、常に前向きに話をしてくれる。
「ピンチはチャンスでもあると思うようにしています。コロナをきっかけに、例えばとあるイベントの開催は、毎年ではなく2年に1度でいいよねとか、公共施設の開館時間を縮小しても大丈夫だよねとか、本当に必要なものを見つめ直す機会になったとも感じています」(出口氏)
開いていれば十分すぎるくらい良いのかもしれない一方で、多少縮小したとしても困らないことがあり、さらに縮小した分のコストを他に回すことができる。今までは当たり前だと思っていたことをゼロベースで考える機会になったと出口氏は話す。
着任当初から数々の取り組みを行なっている出口氏。いくら市長がチャレンジを奨励しているとはいえ、西条市役所職員全員がチャレンジャーな訳でもなければ、総務省から派遣されたいわゆる「よそ者」である出口氏がどうやって仲間を増やしていったのだろうか。
「これはあくまでも私の憶測ですが、最初に西条市に来た時は、“何年かしたら総務省に帰って行くんでしょ。それまでお手並み拝見だ” と思っていた人もいたかもしれません。だからこそ、徹底的に、西条市の将来のためにやるという覚悟や志が何よりも重要だと思いました。そして自分の志に共感してくれる1割の人たちを味方にすることも大事だと考えています。この1割の人にもそっぽを向かれてしまったらできることはありません。ですが、1割でも味方がいれば、徐々に想いが伝染したり、面白がってくれる人たちが増えたりすることで、残りの7割の職員も少しずつですが同じ方向を向いてくれるようになります」(出口氏)
とはいえ、全員が共感してくれる状況はなく、残りの2割の人からは好かれないこともあるという。それでも、全員に好かれることを大切にするのではなく、自分の志を裏切ってはいけないという出口氏。
「自分の譲れない軸をしっかりと持って仕事をするからこそ、真剣さが伝わることもあります。私は結局、仕事は気持ちが8割だと思っていて、これがいわゆる “当事者意識” と呼ばれているものです」(出口氏)
社会や地域を良くする機会や情報も、反対にそれらを悪くする機会や情報も、日々私たちの目の前を通り過ぎているからこそ、これらを自分事として捉えられるかどうかがポイントであり、自分事として捉えることで、無責任ではいられなくなると出口氏は話す。
「よくプロフェッショナルとか一流と呼ばれる人たちがいますが、それは心の持ちようの違いだと感じていて、私はいま副市長という責任のある立場を務めていますが、自分の熱意が衰えた時が一線から退かないといけない時だと思っています」(出口氏)
何か行動を起こす時、ロジカルシンキングやマーケティングなどのスキルも重要だが、それ以上に、本人の気持ちが大事であり、当事者意識を持って物事を捉えることで、「どうにかしよう」という主体性が生み出されるというのだ。
「当事者意識を持つためには、小さな成功体験をつくることも大事です。例えば、情報発信を担当している職員が、新しくプレスリリースに挑戦して、それが思わぬところで記事になっていたら嬉しいじゃないですか。そうすると、次はどうしたらいいのか、自分事として考えるようになる。こういう成功体験を生み出すために、機会を提供したり、無理なく回る仕組みを整えることも大事にしています」(出口氏)
西条市では、全ての部署・事業が広報の役割も担っているという発想から、各課の課長を全員広報責任者に任命し、最低でも年に1度はプレスリリースを出すようにしているという。
「西条市には50ほどの課があるので、全ての課が年に1回プレスリリースを出せば、毎週プレスリリースを発信することができます。ただ自分の気持ちを大事にするだけでなく、どうしたらその気持ちが実現するのか、仕組みとして回ることまで考えるようにしています」(出口氏)
常に言動一致で、走り続ける出口氏は、最後にこんなメッセージをくれた。
「釈迦に説法ですが、地方創生って地方に新しいことを生み出すという意味なんですよね。行政の予算の組み方やプロジェクトの進め方など、これからはさらに変革が必要だと感じています。今うまくいっているのであれば変化させる必要はありませんが、人口が減り、まちに若い人が戻ってこないなど、西条市にも課題は山積みです。そんな状況でも、まだ余裕がある今だからこそ、対策を講じていくことが大切で、これ以上大きく傾いてしまったらまちの衰退を止めることができなくなります」(出口氏)
うまくいっていない今にきちんと目を向けて、チャレンジしないことがリスクだと認識することも重要なのではないでしょうか。出口 岳人 氏 / 愛媛県西条市副市長
常に新しいアイディアで驚異的な成果を叩き出す愛媛県西条市。そこには、「よそ者」にも関わらず、誰よりも地域のことを自分事として捉え、「本質」をブラさずに走り続ける副市長・出口岳人氏の大きな存在があった。
Editor's Note
とにかくエネルギッシュで、勉強家、アイディアマンである出川さん。ここまで挑戦するなら、私たちも頑張らなくては…!とその姿勢から周りを動かすパワーがある人だと感じる取材でした。
NANA TAKAYAMA
高山 奈々