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LOCAL LETTER

自遊人代表 岩佐十良氏を取材。生きる知恵にあふれるメディア型宿泊施設「里山十帖」が地域内外から愛されるワケ

MAY. 19

拝啓、対立ではなく、お互いの価値観を受け入れ合う世界を目指すアナタへ

2020年5月14日。
新型コロナウイルス特別措置法に基づく「緊急事態宣言」が39県で解除された。

今回の緊急事態宣言の一部解除によって、社会・経済活動の再開の道筋が見えてきたことは、ポジティブに捉えられる。

一方で今後、順調に経済がV字回復を果たすと言えるのだろうか?

緊急事態宣言が発表されてから1ヶ月以上が経過し、巣ごもり消費、オンラインサービスの活用、テレワークなど生活様式が変化していると同時に、完全にウイルスが終息していない今、気軽に旅行や外食ができないという声も多く聞こえる。

まだまだ先が見通せない中、経済へのダメージは想像以上に大きいことは言うまでもない。

そんな中、自分の好きなお店や旅館を応援しようと、ファンが主体となって立ち上げる「#応援させてプロジェクト」を活用したクラウドファンディングがスタート。

今回はその中でも、わずか1週間で200人以上から応援を受ける宿「里山十帖」を新潟県南魚沼市にオープンさせた、株式会社自遊人代表の岩佐十良氏を取材。取材をする中で見えてきた「里山十帖が地域内外から愛されるワケ」をまとめました。

岩佐 十良(Toru Iwasa)氏  株式会社自遊人代表取締役・クリエイティブ・ディレクター  / 1967年、東京・池袋生まれ。武蔵野美術大学でインテリアデザインを専攻。在学中の1989年にデザイン会社を創業し、のちに編集者に転身。2000年、温泉や食に関する記事が人気の雑誌「自遊人」を創刊。受賞歴:2014年グッドデザイン賞BEST100・中小企業庁長官賞(里山十帖)、2015年シンガポールグッドデザイン賞(里山十帖)、2015年グッドデザイン賞(新潟伝統織物・亀田縞保存プロジェクト)。2016年には食のプロデュースを行ったレストラン列車、えちごトキめき鉄道「雪月花」が数々の賞を受賞したほか、2019年にもグッドデザイン賞BEST100(箱根本箱)を受賞。2018年にはグッドデザイン賞審査員、フォーカスイシューディレクターも務めた。
岩佐 十良(Toru Iwasa)氏  株式会社自遊人代表取締役、クリエイティブ・ディレクター  / 1967年、東京・池袋生まれ。武蔵野美術大学でインテリアデザインを専攻。在学中の1989年にデザイン会社を創業し、のちに編集者に転身。2000年、温泉や食に関する記事が人気の雑誌「自遊人」を創刊。受賞歴:2014年グッドデザイン賞BEST100・中小企業庁長官賞(里山十帖)、2015年シンガポールグッドデザイン賞(里山十帖)、2015年グッドデザイン賞(新潟伝統織物・亀田縞保存プロジェクト)。2016年には食のプロデュースを行ったレストラン列車、えちごトキめき鉄道「雪月花」が数々の賞を受賞したほか、2019年にもグッドデザイン賞BEST100(箱根本箱)を受賞。2018年にはグッドデザイン賞審査員、フォーカスイシューディレクターも務めた。

1. 何をどう伝えるか「細かい部分にまで」こだわり続ける

#応援させて」に賛同し支援をしている方の中には、常連さんもいれば、里山十帖に行きたいと思っていたというお客様も多くいる。まだ訪れたことがないという方にまで「里山十帖」が応援される理由は、一体何なのだろうか。

「まずは、こんなに応援してくださる方がいることが本当に嬉しいと感じています。クラウドファンディングをお客様が立ち上げてくださり、リターンも少ない中で多くの方が支援してくださる。僕も社員も本当に嬉しいと思っていて、今までやってきたことが間違ってなかったのかなとも感じています」(岩佐氏)

「嬉しい」という言葉を何度も噛みしめるように伝えてくれた岩佐氏。そんな岩佐氏が今まで大切にしてきたことを探ってみると、そこには岩佐氏の強烈なまでのこだわりがあった。

「僕はこれまで30年、ずっと雑誌をつくってきました。宿泊業を始めたのは今から8年前なので、雑誌の編集者としての歴史の方が長いんです。会社を創業してから10年間くらいは、ありがたいことに一斉を風靡した、東京のグルメ・トレンド雑誌『東京ウォーカー』の制作プロダクションをしていました。当時は、部数競争の荒波に勝つかということを徹底して叩き込まれましたし、部数を売るとはどんなことかをひたすら考えていましたね」(岩佐氏)

当時も今も『東京ウォーカー』や、岩佐氏が2000年に創刊した『自人』の類似雑誌を他社が数多く販売している中、それでも岩佐氏が手がける雑誌は、いつも圧倒的発行部数を誇る。

「部数を売るために重要なこととして、多くの人が思い浮かべるのは、企画やネタ、切り口かもしれませんが、実はそれだけではないんです。いちばん重要なのは、どこまで細かい部分を気にするか。読者のことを思い浮かべ、どうやったら伝わるのかを考え、写真のトリミング方法や見出しの付け方、写真の配置にこだわる。そんなの関係ないんじゃないのと言われる方もいるかもしれませんが、この些細な変化で発行部数は圧倒的に変わるんです」(岩佐氏)

岩佐氏は雑誌の編集者として大切にしてきたことを、宿づくりにも活かしていた。

「僕は、宿はメディアだと思ってますから、雑誌でも宿でも変わらず、お客様に対して何をしたら伝えたいことが伝えられるのか、何をしたら伝わらないのかを徹底的に考える必要があるんですよ。それを積み重ねたからこそ、今があると思っています」(岩佐氏)

一般的に、旅館ではお客様に「どうやったら休んでもらえるか」「くつろいでもらえるか」を考えるのに対し、宿をメディアと捉えている岩佐氏は、雑誌づくりと変わらず「何をどう伝えるか」に一貫した軸を持っている。

「社内でも、そこまでやるんですか?って言われることがありますが、細かいところにまでこだわることは、僕にとっては当たり前のことなんですよ。そこまでやらなくては、お客様に伝えたいことを伝えることはできませんからね」(岩佐氏)

細かい部分にまでこだわり抜くという岩佐氏の高い基準は、会社の文化として大切に社員にも受け継がれている。

「僕らが会社でやっている研修って、一般的なホテル業界の研修みたいなことはあまりしていなくて、どちらかというと編集会議みたいなことをしているんです。例えば、料理ひとつとっても、どこが伝わりにくくて、どこを変えたら伝えることができるのかを話し合いますし、お客様に伝わるプレゼンテーションをするために相手の属性や思考によってどう変えていったらいいかとかも議論します」(岩佐氏)

里山十帖には、サービスマニュアルがない。それは、スタッフ一人一人が目の前のお客様のことを考え寄り添うことで、新しいサービスやオペレーションが次々生まれるからだ。そのために「どうやって伝えるか」「何をするべきなのか」を、会議でも現場でも常に考え続けているのだ。

2. 来るかもしれないお客様のために「明かりを灯し続ける」

そんな里山十帖も一瞬で絶望に襲われた。新型コロナウイルスだ。

「影響がで始めた当初は、本当にありえないという感じで、今までの人生で経験をしたことがないような経験をしました。ある日突然、売上が消えてなくなったんです。まるでパニック映画の中にいるみたいに、飛行機の時刻表パネルが上から一気に欠航に変わるような恐怖が目の前で起こりました」(岩佐氏)

2月から予約パネルに「キャンセル」が多くなり、それは3月に入っても止むことはなく、4月になると一気に激化。一瞬にして5,6,7,8,9月と次々にキャンセルが出て、満室続きだった里山十帖は「空室」の2文字で溢れていった。

「緊急事態宣言の解除という話もありますが、それでもまだ新規予約よりも圧倒的にキャンセルの方が多い状態です。正直、これから何が起きるのかわかりませんし、今月頑張ればいいという短期的な話で済むものでもありません。売上が一瞬にして消えてしまった今、これはどうなっていくのだろうという恐怖に襲われました」(岩佐氏)

それでも、今でも里山十帖の営業を止めずに続けている岩佐氏。お客様がゼロの日も当然のように存在するにも関わらず、それでも館内をすみずみまで清掃し、暖房して、お湯を温め、食材を仕入れ、料理を仕込んでいる。

正直、売上と稼働率を考えれば、休業するという選択肢もある中で、それでも岩佐氏が宿に明かりを灯し続ける理由はなんなのだろうか。

「僕は、宿をメディアとして捉えて運営していますが、最初に宿を始めると決めた時、たくさんの先輩方に “宿屋とは何たるか” ということを聞いて回りました。そして全ての人に共通していたことが “宿屋とはシェルターである ということだったんです」(岩佐氏)

「旅をして困っている人に屋根を貸し、暖かい布団を貸し、美味しい食事を提供する」「来るお客様は拒まず、必ず泊めて安らぎを与えなくてはならない」そう先輩方から教わったという岩佐氏は、その教えを開業当初からとても大切にしていた。

「簡単にお伝えすると、宿屋にはお客様の宿泊を断ってはいけないという法律があるんです。宿屋には、困っている人を助ける義務があります。ただ唯一、お客様が感染病を持っている場合は、他のお客様の安全性を考えてお断りすることができるんです」(岩佐氏)

「例えば、江戸時代にもいろんな疫病がありましたが、宿屋で働く人たちは、それなりの覚悟を持ちながら、営業をしていたはずですし、お客様に感染しないよう臨機応変にいろんな対策をしていたはずなんです。

お客様が来る来ないはお客様次第ですが、だからって宿屋がお店を閉じてしまうのは、おかしな話だと思うんです。お客様同士が感染しないように対策をする。従業員も感染しないように対策をする。そうやって臨機応変に対策をしながら、困っている人がいつきてもいいように宿に明かりを灯し続けることが、宿屋として重要だと僕は思っています」(岩佐氏)

自粛には、感染拡大を抑えるべく「休業を選択する」という考え方と、感染拡大を抑えるべく「徹底的な対策を考え実践する」という2つの考え方があるという岩佐氏。その中で、どちらが良い悪いではなく、里山十帖としてはやって来るかもしれないお客様のために、最大限の準備をして向かい入れるという選択をしているのだ。

「不測の事態が起きた時って、頭で考えているだけでは対処できないことがほとんどなんです。実際に起きている問題と対峙して考えなければわからないことが出てきます。だからこそ、どうしたら感染拡大が防げるのかを、毎日シュミレーションして検証していくことを大切にしたのが里山十帖の考え方です」(岩佐氏)

お客様が減った分、どうしたらより感染対策ができるか、今だからこそ自分たちが伝えられることはなんなのかを、今まで以上に考え続けているという岩佐氏。これまでもまるで生き物のように学びを吸収し活かすことで成長してきた里山十帖は、いま大きな成長痛を起こしている状態なのだろう。

3. 分断のない社会をつくるために日々、自分たちに磨きをかける

徹底的に伝えることに磨きをかけてきた岩佐氏だが、コロナの影響で、社会そのものが大きな変化を遂げようとしているいま、これからの「里山十帖」をどんな場所にしていこうと考えているのだろうか。

「今回のコロナの影響で、僕自身、遠隔での会議が圧倒的に増えました。増えれば増えるだけ、リアルの感動はより大きくなると思っています。これはひとつ、ポジティブな兆しだとも感じていて、コロナ以前から観光はVRで代替できると言われてきました。中には、コロナをきっかけにやっぱりVRで良いじゃないかという方もいらっしゃると思うんですが、本当の味わいや肌触り、微妙な差を求める人間らしい人もたくさん出てくると感じています。僕は人間として、その肌感覚は重視するべきだと思っていますし、これからはよりリアルが求められると思っていますね」(岩佐氏)

便利な世の中になっていくからこそ、生き物としてより本質的な感覚や、繋がりを求めるようになってくると考える岩佐氏は、さらに自分たちに磨きをかけ始めている。

「これからよりリアルが求められるとなると、今まで以上に体感をしてもらうためにはどんなことをしたら良いのかということに、磨きをかけなくてはいけません。そのために今までは1ヶ月に1回と年に2回の集中講義で行なっていた全員参加の社員研修を、今は毎週行なっています。研修では、どうやったら伝わるのか、僕らは何を目指すべきなのかというディスカッションを社員同士がしています」(岩佐氏)

そこまで伝えることに熱中している岩佐氏らは、どんなことを伝えたいと思っているのだろうか。

「いろんなことを伝えたいと思っているんですが、全てのことにおいて、僕らが何かを提案するというよりは、考えるベースを提供する施設でありたいと思っていますお客様によって価値観も思考も違うので、僕らが何かを押し付けるのではなく、この時代に何を考えたら良いのか、考えるきっかけの時間を提供したいんです。考えるきっかけを提供するためにはどうしたら良いのかをひたすら考えている感じですね」(岩佐氏)

例えば、岩佐氏が里山十帖の次に箱根で手がけた書店とホテルが融合した施設「箱根本箱」では、今まで自分が知らなかったジャンルの本を手に取ってもらい、触れてもらうことで世界を広げていってほしいという願いが込められている。

箱根本箱
箱根本箱

「昔は駅前の本屋さんがお客さんの知見を広げる役割を担っていたんですよ。友達の待ち合わせ時間にふらっと本屋に立ち寄って、書店員さんの手書きポップを見て、立ち読みして、 “意外と面白いじゃん” と思って購入する、みたいなね。ですが近年は本屋が次々と姿を消してしまっています。だからこそ、箱根本箱が本屋と同じ役割を担おうとしているんです」(岩佐氏)

インターネットやSNSが普及した現代では、求める情報に素早く、簡単にアクセスすることができるようになった反面、自らの興味がない情報を目にする機会が激減した。新しい発見や気づきを得ずらい状況になっているのだ。

「コロナ騒動で開業延期になっている長野県松本市の “松本十帖” も “学ぶ” ことをテーマにした複合施設です。ブックホテル “松本本箱” のほか、コワーキングスペースでもあり本屋でもありカフェでもある、自分と向き合う場所 “哲学と甘いもの” 、信州の食を千曲川から考察したレストラン “365+2” などが開業予定ですが、全てに共通しているのは “学ぶ” こと。本だけでなく、食の提案の仕方ひとつとっても、地域の文化や風土、歴史を伝えることはできると思っています。

そして僕らが1番やりたいことは、分断のない社会をつくること。いま、日本でも世界でもいろんな分断や言い争いが起こっていますが、多様性の社会の中で、争うことに違和感があるんです。ですがその違和感をそのまま伝えていても、伝わりません。1番わかりやすく伝える方法が、本人が持っている固定概念を覆すことだと思うんです」(岩佐氏)

里山十帖がある南魚沼って思っていた場所と全然違ったという発見や、山菜の味を知ること、日本酒を味わって飲むことで気づく美味しさや、何でもない自然の中を歩くことで癒しを感じること、そういう新たな発見を通じて、いろんな視点があること、体感することこそが分断をなくすことに繋がると岩佐氏は話す。

「いろんな視点があるということを、どうしたら押し付けがましくなく、お客様に伝えられるのかということを僕たちは日々考えています。何かひとつでもお客様が新しい発見をしてくだされば僕はそれだけで嬉しいんです。だからこそ、細かいところにまでこだわっていろんなことを仕込んでいるんです」(岩佐氏)

社会が大きく揺れ動く状況だからこそ、状況をただ嘆くのではなく、どうしたらお客様に伝えたいことを伝えられるのかを考え、自らに磨きをかけ続ける里山十帖。「宿はメディアである」という岩佐氏の一貫した強い意思と伝えることへの執念を感じる。

取材の最後には、岩佐氏がこんな言葉をくれた。

どうかもう、争いごとや揉め事はやめましょう。お互いにそれぞれの考え方があり、「いろんな価値観を認め合うという価値観」を大変な時だからこそ、持つべきだと僕は感じていますし、そんな世の中になったら嬉しいなと思います。
岩佐 十良 株式会社自遊人代表取締役、クリエイティブ・ディレクター

世界各地で起こる二項対立に、果たして正解はあるのだろうか。どちらも大切、ではいけないのだろうか。

地域内外から愛され続ける里山十帖の裏側には、自らの信念に貪欲になりながらも、誰一人否定することなく、支え合おうとする、とても人間臭く偉大な「岩佐十良」という大きな存在があった。

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Editor's Note

編集後記

パニック映画の中にいながらも、社会変動から学び、成長し続けていく「里山十帖」は、まるで生き物のよう。多様性を大切にする岩佐さんだからこそ、そんな岩佐さんの元に集まった人たちだからこそ、伝えられるメディアなのだと強く感じる取材でした。

これからも里山十帖の応援をよろしくお願いいたします!

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